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第一章
強くなる
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レオナルドの事情はアレンも知っていた。正直、騎士団長から指南役に指名されたときは、無駄なことに時間を取られたくない、という思いがあった。魔力の有無はそれほど重要なのだ。お遊び程度なら自分達騎士がわざわざ相手をする必要もないと思ったし、仮に本気だとしても、剣術だけをいくら伸ばそうと魔法を併用されればそれでお終いだ。最低でも身体強化魔法は必須と言っていい。騎士の実戦は剣と魔法の複合だから。それを覆そうと思ったら相当の実力差をつけなければならない。だがそんなものは現実的ではないのだ。それよりも次期公爵として戦術などを学び、いざという時に指揮をできるようにする方がいいのではないかと思っていたくらいだ。
そんな考えがあったから、アレンは鍛錬初日に失礼にならないよう慎重に尋ねた。剣術を習ってどうなりたいのですか?と。
「僕は剣術で誰にも負けない力をつける必要がある。…僕は強くならなきゃいけないんだ」
このときのレオナルドは何かを必死に抑え込んでいるような暗い表情をしていた。なりたい、ではなくならなきゃいけない。張りつめた糸のようにいつ切れてもおかしくない危うさがあった。
そんなレオナルドにアレンは当初同情の気持ちがあったことを否定できない。
けれどレオナルドは強くなることに貪欲で、一生懸命だった。肩に力が入り過ぎて痛々しいほどに。
そうして鍛錬を続けるうちに、アレンの意識は変わっていった。
だから今レオナルドがしている稽古はとても十歳、十一歳という年齢の子がやるような内容ではない。それでもレオナルドは弱音一つ吐かず全身全霊で取り組んでいる。本当にすごいことだ。不敬な言い方だが、アレンは十も年下の少年に尊敬の念すら抱いた。それにレオナルドには間違いなく剣術の才能がある。勿体ないほどに。
「レオナルド様はどれほど強くなりたいのですか?」
あらためてアレンは訊いてみた。訊いてみたくなったのだ。
「ん?前にも言ったと思うけど、とりあえずは剣術で誰にも負けないくらいに、かな。まだまだだけど」
やっぱり、今のレオナルドは何だかいい感じに肩の力が抜けている。それでいて言葉には力があり、その瞳はまっすぐ目標に向かっている。簡単に言えば、とてもいい精神状態にあると感じた。今朝の次期当主交代の話は騎士団長からアレンも聞いている。もしやそれが理由なのだろうか。アレンにはとても精神状態がよくなるような話ではない気がするのだが、変化と言えばそれくらいだろう。もしかしたら一皮むけたというやつなのかもしれない。
とりあえずで立てるような目標ではない。けれど本人がそれほど高い目標を持って、全力で頑張っているのだから、その手助けをして差し上げたい、アレンは本気でそう思った。
「なるほど。ではまずは私に勝てるようにならないといけませんね?」
「もちろん、すぐにアレンを追い抜いてやる!」
「はははっ。では、追い抜かれないように私も精進します。続きを始めますか?」
「うん。ふぅ……、よろしくお願いします!」
アレンは今後のレオナルドの成長がさらに楽しみになった。
それからレオナルドの体力が尽きるまで鍛錬は続いた。
「今日はここまでとしましょうか」
「はぁ、はぁ、はぁ……。ふぅ………、ありがとう、ございました」
レオナルドは地面に倒れて荒い息を吐いていたが、何とか立ち上がり、礼をした。
アレンはこの後も仕事があるため、レオナルド、そしてずっと見ていたセレナリーゼに挨拶をしてその場を去っていった。
「レオ兄さま。お疲れさまでした」
セレナリーゼがレオナルドの元までやってきて、手に持っていたタオルを渡す。後ろからはミレーネもついてきている。
「ああ、ありがとう、セレナ」
受け取ったタオルで汗を拭きながら、
「けどカッコ悪いところばかり見せちゃったね」
レオナルドは肩を竦めて言うが、
「そんなことないです!すごいと思いました!」
強めの反論がセレナリーゼから返ってきた。
「そ、そう?」
「あ、えっと、はい……」
自分が興奮気味で、レオナルドが引いていると感じたセレナリーゼは恥ずかしくなってしまい頬を赤らめる。
「ふふっ、ありがとう。嬉しいよ。これからも頑張れそうだ」
「はい!私応援してます!」
セレナリーゼは胸の辺りで両手をぐっと握ると力強く言った。このときのセレナリーゼの笑顔はとても可愛らしいものだった。
(もっと仲が悪いものだと思ってたから、めちゃくちゃ嬉しいなぁ)
そんな感想を抱いたからか、レオナルドの表情はふやけたものになっていた。死なないことが一番の目標だが、できれば身近な人と不仲になりたくもない。
するとミレーネがすすすっとレオナルドに近づき、耳元に顔を寄せてレオナルドにしか聞こえないように囁いた。
「格好いい姿をお見せしたいなら、もう少しきりっとしたお顔をされた方がよろしいですよ?坊ちゃま」
「っ!?ミ、ミレーネ!」
ぼん、と一瞬で顔を赤くするレオナルド。咄嗟には、咎めるように名前を呼ぶことしかできないほど、かなり恥ずかしいツッコミだった。ここ一年ほどのことだろうか。ミレーネはこんな風に時々些細なことでレオナルドを揶揄ってくる。そんなときは決まってレオナルドのことを坊ちゃまと呼んで。何度その呼び方はやめてくれと頼んでもやめてくれない。だけどセレナリーゼもいるこんなところでまで揶揄ってこなくてもいいではないか。
「おっと、失礼致しました、レオナルド様」
ミレーネは片手で口元を押さえて、心のこもっていない謝罪を口にする。
「ぐぬぬ……」
手の隙間から見えたミレーネの口元に笑みが浮かんでいたのを見逃さなかったレオナルドは、ミレーネを睨むように見つめながら唸ることしかできなかった。
「レオ兄さま、どうされたのですか?」
セレナリーゼはそんな二人のやり取りが不思議だったのか首を傾げる。
「いや、何でもないよセレナ」
笑って答えながらレオナルドは思った。セレナリーゼにはミレーネのように人を揶揄って楽しむような人間にはならないでほしいと。
本来のレオナルドは、思い詰めるタイプだった。そして悩みを一人で抱え込むタイプだった。そんなレオナルドは、自分に魔力がないとわかり、自分自身に絶望してしまった。そして、このままでは両親に申し訳ない、公爵家の人間に相応しくない、と自分を追い込んでしまった。さらには、セレナリーゼの魔力量がわかり、自分は次期当主になれないかもしれないと考えるようになった。クルームハイト公爵家はセレナリーゼが継ぐのではないか、と。今まで疑いもしていなかった自分の将来が足元から崩れていってしまったのだ。結果、誰にも心を開かず、態度もよそよそしくなっていき、家の中でもどんどん孤立していった。そうして成長したのがゲームのレオナルドだ。
けれど、今のレオナルドは違った。現代日本で才能なんて特になくても、普通に学生生活を送り、ブラック企業に入ってからも、やれることをやるという精神で生きてきた。私生活は趣味で充実していて、それなりに楽しい人生だったと思っている。
そんな記憶を持っている今のレオナルドは自分に絶望していない。彼は死なないために全力を尽くすと目標を定めて、そのために懸命に、前向きに今を生きようとしていた。それに正直今は当主になりたいとも思っていない。名誉なことだとは思うが、そんなものは皆に望まれているであろうセレナリーゼがなって、自分は公爵領にあるどこかの町で代官にでもなって、本気で悠々自適な生活、スローライフを送りたいと思っているのだ。
記憶を取り戻してまだ一日目だ。だが、このレオナルドの精神性の違いが少しだけ、だが確実に周囲にも影響し始めていた。
そんな考えがあったから、アレンは鍛錬初日に失礼にならないよう慎重に尋ねた。剣術を習ってどうなりたいのですか?と。
「僕は剣術で誰にも負けない力をつける必要がある。…僕は強くならなきゃいけないんだ」
このときのレオナルドは何かを必死に抑え込んでいるような暗い表情をしていた。なりたい、ではなくならなきゃいけない。張りつめた糸のようにいつ切れてもおかしくない危うさがあった。
そんなレオナルドにアレンは当初同情の気持ちがあったことを否定できない。
けれどレオナルドは強くなることに貪欲で、一生懸命だった。肩に力が入り過ぎて痛々しいほどに。
そうして鍛錬を続けるうちに、アレンの意識は変わっていった。
だから今レオナルドがしている稽古はとても十歳、十一歳という年齢の子がやるような内容ではない。それでもレオナルドは弱音一つ吐かず全身全霊で取り組んでいる。本当にすごいことだ。不敬な言い方だが、アレンは十も年下の少年に尊敬の念すら抱いた。それにレオナルドには間違いなく剣術の才能がある。勿体ないほどに。
「レオナルド様はどれほど強くなりたいのですか?」
あらためてアレンは訊いてみた。訊いてみたくなったのだ。
「ん?前にも言ったと思うけど、とりあえずは剣術で誰にも負けないくらいに、かな。まだまだだけど」
やっぱり、今のレオナルドは何だかいい感じに肩の力が抜けている。それでいて言葉には力があり、その瞳はまっすぐ目標に向かっている。簡単に言えば、とてもいい精神状態にあると感じた。今朝の次期当主交代の話は騎士団長からアレンも聞いている。もしやそれが理由なのだろうか。アレンにはとても精神状態がよくなるような話ではない気がするのだが、変化と言えばそれくらいだろう。もしかしたら一皮むけたというやつなのかもしれない。
とりあえずで立てるような目標ではない。けれど本人がそれほど高い目標を持って、全力で頑張っているのだから、その手助けをして差し上げたい、アレンは本気でそう思った。
「なるほど。ではまずは私に勝てるようにならないといけませんね?」
「もちろん、すぐにアレンを追い抜いてやる!」
「はははっ。では、追い抜かれないように私も精進します。続きを始めますか?」
「うん。ふぅ……、よろしくお願いします!」
アレンは今後のレオナルドの成長がさらに楽しみになった。
それからレオナルドの体力が尽きるまで鍛錬は続いた。
「今日はここまでとしましょうか」
「はぁ、はぁ、はぁ……。ふぅ………、ありがとう、ございました」
レオナルドは地面に倒れて荒い息を吐いていたが、何とか立ち上がり、礼をした。
アレンはこの後も仕事があるため、レオナルド、そしてずっと見ていたセレナリーゼに挨拶をしてその場を去っていった。
「レオ兄さま。お疲れさまでした」
セレナリーゼがレオナルドの元までやってきて、手に持っていたタオルを渡す。後ろからはミレーネもついてきている。
「ああ、ありがとう、セレナ」
受け取ったタオルで汗を拭きながら、
「けどカッコ悪いところばかり見せちゃったね」
レオナルドは肩を竦めて言うが、
「そんなことないです!すごいと思いました!」
強めの反論がセレナリーゼから返ってきた。
「そ、そう?」
「あ、えっと、はい……」
自分が興奮気味で、レオナルドが引いていると感じたセレナリーゼは恥ずかしくなってしまい頬を赤らめる。
「ふふっ、ありがとう。嬉しいよ。これからも頑張れそうだ」
「はい!私応援してます!」
セレナリーゼは胸の辺りで両手をぐっと握ると力強く言った。このときのセレナリーゼの笑顔はとても可愛らしいものだった。
(もっと仲が悪いものだと思ってたから、めちゃくちゃ嬉しいなぁ)
そんな感想を抱いたからか、レオナルドの表情はふやけたものになっていた。死なないことが一番の目標だが、できれば身近な人と不仲になりたくもない。
するとミレーネがすすすっとレオナルドに近づき、耳元に顔を寄せてレオナルドにしか聞こえないように囁いた。
「格好いい姿をお見せしたいなら、もう少しきりっとしたお顔をされた方がよろしいですよ?坊ちゃま」
「っ!?ミ、ミレーネ!」
ぼん、と一瞬で顔を赤くするレオナルド。咄嗟には、咎めるように名前を呼ぶことしかできないほど、かなり恥ずかしいツッコミだった。ここ一年ほどのことだろうか。ミレーネはこんな風に時々些細なことでレオナルドを揶揄ってくる。そんなときは決まってレオナルドのことを坊ちゃまと呼んで。何度その呼び方はやめてくれと頼んでもやめてくれない。だけどセレナリーゼもいるこんなところでまで揶揄ってこなくてもいいではないか。
「おっと、失礼致しました、レオナルド様」
ミレーネは片手で口元を押さえて、心のこもっていない謝罪を口にする。
「ぐぬぬ……」
手の隙間から見えたミレーネの口元に笑みが浮かんでいたのを見逃さなかったレオナルドは、ミレーネを睨むように見つめながら唸ることしかできなかった。
「レオ兄さま、どうされたのですか?」
セレナリーゼはそんな二人のやり取りが不思議だったのか首を傾げる。
「いや、何でもないよセレナ」
笑って答えながらレオナルドは思った。セレナリーゼにはミレーネのように人を揶揄って楽しむような人間にはならないでほしいと。
本来のレオナルドは、思い詰めるタイプだった。そして悩みを一人で抱え込むタイプだった。そんなレオナルドは、自分に魔力がないとわかり、自分自身に絶望してしまった。そして、このままでは両親に申し訳ない、公爵家の人間に相応しくない、と自分を追い込んでしまった。さらには、セレナリーゼの魔力量がわかり、自分は次期当主になれないかもしれないと考えるようになった。クルームハイト公爵家はセレナリーゼが継ぐのではないか、と。今まで疑いもしていなかった自分の将来が足元から崩れていってしまったのだ。結果、誰にも心を開かず、態度もよそよそしくなっていき、家の中でもどんどん孤立していった。そうして成長したのがゲームのレオナルドだ。
けれど、今のレオナルドは違った。現代日本で才能なんて特になくても、普通に学生生活を送り、ブラック企業に入ってからも、やれることをやるという精神で生きてきた。私生活は趣味で充実していて、それなりに楽しい人生だったと思っている。
そんな記憶を持っている今のレオナルドは自分に絶望していない。彼は死なないために全力を尽くすと目標を定めて、そのために懸命に、前向きに今を生きようとしていた。それに正直今は当主になりたいとも思っていない。名誉なことだとは思うが、そんなものは皆に望まれているであろうセレナリーゼがなって、自分は公爵領にあるどこかの町で代官にでもなって、本気で悠々自適な生活、スローライフを送りたいと思っているのだ。
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