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第一章

鍛錬の時間

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 ムージェスト王国王都にあるクルームハイト公爵こうしゃく家の屋敷は、最高位さいこうい貴族だけあってとても大きく、その敷地しきちも非常に広い。だから敷地内で剣術の鍛錬たんれんをすることも余裕よゆうでできる。
 レオナルドの剣術を見てくれているのは公爵家につかえる騎士きしの一人であるアレン=ヴァートルだ。短い茶色の髪に精悍せいかんな顔つきをした彼は、約一年前、当時まだ十九歳と騎士の中では若手わかてだったが、その実力は確かで、フォルステッドからの指南役しなんやく選出せんしゅつ依頼いらいに騎士団長が推薦すいせんした人物だ。

 まずは素振すぶりからとアレンのけ声に合わせて、レオナルドが一振ひとふり一振り集中しゅうちゅうして木剣ぼっけんを振るう。その表情は真剣しんけんそのものだ。

 準備運動をねた素振りが終わるとたがいに木剣を持ち、体術たいじゅつまじえた実戦形式での鍛錬が始まった。木剣同士がぶつかり合う度にカーンと軽い音がり、その音は徐々じょじょはげしさをしていく。

 セレナリーゼはテーブルセットにすわってレオナルドの鍛錬する姿を見つめていた。近くにはミレーネがひかえており、セレナリーゼに紅茶をれた後は、少し下がり、同じく視線をレオナルドに向け、じっと立っている。
 セレナリーゼは鍛錬というものを初めて見たが、こんなに激しいものだとは思っていなかった。
(すごい……)
 これをレオナルドは毎日やっているのかと思うとただただそんな言葉しか出てこない。セレナリーゼの感想は普通ふつうのもので、他の貴族家で十歳からこれほど本格的なきびしい鍛錬をしているところはないと言っていい。

 どうして今日セレナリーゼは鍛錬を見たいなんて言ったのか。
 それは今日のレオナルドがすごくやわらかく感じたからだった。おさない頃から年子としごの兄であるレオナルドとはいつも一緒にいるのが当たり前で、一緒に遊ぶのも大好きだった。レオナルドは幼い頃から神童しんどうと言われ、何でもできるような人なのにやさしくて、そんなレオナルドにセレナリーゼはあこがれにも似た尊敬そんけいの気持ちをいだいていた。
 けれど、レオナルドが十歳のとき。正確には魔力測定をしたときから一緒に遊んでくれなくなってしまった。その時間を鍛錬に当てるようになったからだ。それだけじゃない。レオナルドは全然笑わなくなった。けわしい表情をすることもえ、そんなレオナルドが少しこわかった。勉強を一緒にするときもセレナリーゼのことなど目に入っていないようだった。それほど一心不乱いっしんふらんだった。ダンスや礼儀作法れいぎさほうなどそれまではよく気にかけてくれていたのに……。
 魔力がないと判明してからのレオナルドがすごく頑張がんばっていることはそうして近くで見ていたからよくわかっているつもりだ。だから仕方しかたのないことだと思っていた。

 それから月日つきひち、セレナリーゼが魔力測定をしてからは明らかにけられるようになった。セレナリーゼにはそう感じた。理由はこれしかない。レオナルドには魔力がなかったというのに、自分には大きな魔力があったからだ……。自分でもおどろくようなこの結果に、セレナリーゼ自身レオナルドに対して気まずくなった。
 そうした思いから最近は挨拶あいさつくらいでろくに話すこともなくなってしまった。

 そんなレオナルドが今日、算術さんじゅつの授業のときに自分を気にかけてくれたのだ。
 びっくりしたけど、すごくうれしかった。その後も、魔力測定をする前までのようにセレナリーゼを気にかけてくれた。
 だから自分からも何かしたくて、気づけばレオナルドに鍛錬を見せてほしいとお願いしていた。自分にできることなんてないかもしれないが少なくとも応援おうえんはできると思ったから。それでレオナルドがよろこんでくれたら妹としてすごく嬉しい。また以前のような兄妹に戻れたら……。セレナリーゼにはそんなあわ期待きたいがあった。

 セレナリーゼとミレーネが見守る中、アレンがレオナルドの木剣を大きくはじく。それに対しレオナルドは瞬時しゅんじりを放ち距離きょりを取ろうとするが、アレンには見切られわずかな動きでかわされてしまい、首筋くびすじに木剣を寸止すんどめされてしまった。そこで二人は木剣をおさめた。一撃いちげきを入れられるか、こうして余裕を持って寸止めされたら一区切ひとくぎりし、これを何度かり返すのだ。ちなみに、レオナルドは今まで一撃を入れたことはもちろん、入れられたこともない。すべて寸止めだ。それだけの実力差が二人の間にはあった。

「レオナルド様は日に日に強くなっていきますね」
 休憩きゅうけいになったとき、まぶしいものを見るようにしてアレンが言った。アレンの言葉は本心だった。大人とはまだ筋力きんりょくなどの差があるが、同年代でレオナルドに勝てる者はいないだろうと思っている。この一年でそれほどに強くなっていた。
「ありがとう。けど、まだまだ全然りない。もっと……、もっと強くならないと」
 そう言ってレオナルドは苦笑くしょうした。

 ゲームでレオナルドは学園に入る頃には、王国最強の騎士にも匹敵ひってきするのでは、と侮蔑ぶべつを込めて言われていた。
 なぜそれが侮蔑なのか、魔力のないレオナルドには、身体強化しんたいきょうか魔法を使うこともできない。つまり、魔法分の実力差をつけなければ実戦ではまったが立たないからだ。

 その上、今はゲームではなく現実。ステータスなんてものを見ることも当然できない。だから余計にレオナルドは自分の実力に自信が持てなかった。こう言っては何だが、ゲームではアレンは名前もないモブだ。自分はまだ十一歳とはいえ、そんな相手にも剣術だけでの実戦形式で全く歯が立たないのだから先が思いやられる。死の運命を打ちやぶるには全然足らない。それでも精霊についてはまだ決心がつかないため、今はゲーム開始時点のレオナルドを目指めざして剣術を頑張がんばるしかないのだ。

 けれど、今のレオナルドの言葉を聞いて、アレンはおや、と思った。以前いぜんと言葉はているのに今日は随分ずいぶん雰囲気ふんいきちがっていたから。
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