8 / 80
第一章
鍛錬の時間
しおりを挟む
ムージェスト王国王都にあるクルームハイト公爵家の屋敷は、最高位貴族だけあってとても大きく、その敷地も非常に広い。だから敷地内で剣術の鍛錬をすることも余裕でできる。
レオナルドの剣術を見てくれているのは公爵家に仕える騎士の一人であるアレン=ヴァートルだ。短い茶色の髪に精悍な顔つきをした彼は、約一年前、当時まだ十九歳と騎士の中では若手だったが、その実力は確かで、フォルステッドからの指南役選出の依頼に騎士団長が推薦した人物だ。
まずは素振りからとアレンの掛け声に合わせて、レオナルドが一振り一振り集中して木剣を振るう。その表情は真剣そのものだ。
準備運動を兼ねた素振りが終わると互いに木剣を持ち、体術も交えた実戦形式での鍛錬が始まった。木剣同士がぶつかり合う度にカーンと軽い音が鳴り、その音は徐々に激しさを増していく。
セレナリーゼはテーブルセットに座ってレオナルドの鍛錬する姿を見つめていた。近くにはミレーネが控えており、セレナリーゼに紅茶を淹れた後は、少し下がり、同じく視線をレオナルドに向け、じっと立っている。
セレナリーゼは鍛錬というものを初めて見たが、こんなに激しいものだとは思っていなかった。
(すごい……)
これをレオナルドは毎日やっているのかと思うとただただそんな言葉しか出てこない。セレナリーゼの感想は普通のもので、他の貴族家で十歳からこれほど本格的な厳しい鍛錬をしているところはないと言っていい。
どうして今日セレナリーゼは鍛錬を見たいなんて言ったのか。
それは今日のレオナルドがすごく柔らかく感じたからだった。幼い頃から年子の兄であるレオナルドとはいつも一緒にいるのが当たり前で、一緒に遊ぶのも大好きだった。レオナルドは幼い頃から神童と言われ、何でもできるような人なのに優しくて、そんなレオナルドにセレナリーゼは憧れにも似た尊敬の気持ちを抱いていた。
けれど、レオナルドが十歳のとき。正確には魔力測定をしたときから一緒に遊んでくれなくなってしまった。その時間を鍛錬に当てるようになったからだ。それだけじゃない。レオナルドは全然笑わなくなった。険しい表情をすることも増え、そんなレオナルドが少し怖かった。勉強を一緒にするときもセレナリーゼのことなど目に入っていないようだった。それほど一心不乱だった。ダンスや礼儀作法などそれまではよく気にかけてくれていたのに……。
魔力がないと判明してからのレオナルドがすごく頑張っていることはそうして近くで見ていたからよくわかっているつもりだ。だから仕方のないことだと思っていた。
それから月日が経ち、セレナリーゼが魔力測定をしてからは明らかに避けられるようになった。セレナリーゼにはそう感じた。理由はこれしかない。レオナルドには魔力がなかったというのに、自分には大きな魔力があったからだ……。自分でも驚くようなこの結果に、セレナリーゼ自身レオナルドに対して気まずくなった。
そうした思いから最近は挨拶くらいで碌に話すこともなくなってしまった。
そんなレオナルドが今日、算術の授業のときに自分を気にかけてくれたのだ。
びっくりしたけど、すごく嬉しかった。その後も、魔力測定をする前までのようにセレナリーゼを気にかけてくれた。
だから自分からも何かしたくて、気づけばレオナルドに鍛錬を見せてほしいとお願いしていた。自分にできることなんてないかもしれないが少なくとも応援はできると思ったから。それでレオナルドが喜んでくれたら妹としてすごく嬉しい。また以前のような兄妹に戻れたら……。セレナリーゼにはそんな淡い期待があった。
セレナリーゼとミレーネが見守る中、アレンがレオナルドの木剣を大きく弾く。それに対しレオナルドは瞬時に蹴りを放ち距離を取ろうとするが、アレンには見切られ僅かな動きで躱されてしまい、首筋に木剣を寸止めされてしまった。そこで二人は木剣を収めた。一撃を入れられるか、こうして余裕を持って寸止めされたら一区切りし、これを何度か繰り返すのだ。ちなみに、レオナルドは今まで一撃を入れたことはもちろん、入れられたこともない。すべて寸止めだ。それだけの実力差が二人の間にはあった。
「レオナルド様は日に日に強くなっていきますね」
休憩になったとき、眩しいものを見るようにしてアレンが言った。アレンの言葉は本心だった。大人とはまだ筋力などの差があるが、同年代でレオナルドに勝てる者はいないだろうと思っている。この一年でそれほどに強くなっていた。
「ありがとう。けど、まだまだ全然足りない。もっと……、もっと強くならないと」
そう言ってレオナルドは苦笑した。
ゲームでレオナルドは学園に入る頃には、剣術だけなら王国最強の騎士にも匹敵するのでは、と侮蔑を込めて言われていた。
なぜそれが侮蔑なのか、魔力のないレオナルドには、身体強化魔法を使うこともできない。つまり、魔法分の実力差をつけなければ実戦では全く歯が立たないからだ。
その上、今はゲームではなく現実。ステータスなんてものを見ることも当然できない。だから余計にレオナルドは自分の実力に自信が持てなかった。こう言っては何だが、ゲームではアレンは名前もないモブだ。自分はまだ十一歳とはいえ、そんな相手にも剣術だけでの実戦形式で全く歯が立たないのだから先が思いやられる。死の運命を打ち破るには全然足らない。それでも精霊についてはまだ決心がつかないため、今はゲーム開始時点のレオナルドを目指して剣術を頑張るしかないのだ。
けれど、今のレオナルドの言葉を聞いて、アレンはおや、と思った。以前と言葉は似ているのに今日は随分と雰囲気が違っていたから。
レオナルドの剣術を見てくれているのは公爵家に仕える騎士の一人であるアレン=ヴァートルだ。短い茶色の髪に精悍な顔つきをした彼は、約一年前、当時まだ十九歳と騎士の中では若手だったが、その実力は確かで、フォルステッドからの指南役選出の依頼に騎士団長が推薦した人物だ。
まずは素振りからとアレンの掛け声に合わせて、レオナルドが一振り一振り集中して木剣を振るう。その表情は真剣そのものだ。
準備運動を兼ねた素振りが終わると互いに木剣を持ち、体術も交えた実戦形式での鍛錬が始まった。木剣同士がぶつかり合う度にカーンと軽い音が鳴り、その音は徐々に激しさを増していく。
セレナリーゼはテーブルセットに座ってレオナルドの鍛錬する姿を見つめていた。近くにはミレーネが控えており、セレナリーゼに紅茶を淹れた後は、少し下がり、同じく視線をレオナルドに向け、じっと立っている。
セレナリーゼは鍛錬というものを初めて見たが、こんなに激しいものだとは思っていなかった。
(すごい……)
これをレオナルドは毎日やっているのかと思うとただただそんな言葉しか出てこない。セレナリーゼの感想は普通のもので、他の貴族家で十歳からこれほど本格的な厳しい鍛錬をしているところはないと言っていい。
どうして今日セレナリーゼは鍛錬を見たいなんて言ったのか。
それは今日のレオナルドがすごく柔らかく感じたからだった。幼い頃から年子の兄であるレオナルドとはいつも一緒にいるのが当たり前で、一緒に遊ぶのも大好きだった。レオナルドは幼い頃から神童と言われ、何でもできるような人なのに優しくて、そんなレオナルドにセレナリーゼは憧れにも似た尊敬の気持ちを抱いていた。
けれど、レオナルドが十歳のとき。正確には魔力測定をしたときから一緒に遊んでくれなくなってしまった。その時間を鍛錬に当てるようになったからだ。それだけじゃない。レオナルドは全然笑わなくなった。険しい表情をすることも増え、そんなレオナルドが少し怖かった。勉強を一緒にするときもセレナリーゼのことなど目に入っていないようだった。それほど一心不乱だった。ダンスや礼儀作法などそれまではよく気にかけてくれていたのに……。
魔力がないと判明してからのレオナルドがすごく頑張っていることはそうして近くで見ていたからよくわかっているつもりだ。だから仕方のないことだと思っていた。
それから月日が経ち、セレナリーゼが魔力測定をしてからは明らかに避けられるようになった。セレナリーゼにはそう感じた。理由はこれしかない。レオナルドには魔力がなかったというのに、自分には大きな魔力があったからだ……。自分でも驚くようなこの結果に、セレナリーゼ自身レオナルドに対して気まずくなった。
そうした思いから最近は挨拶くらいで碌に話すこともなくなってしまった。
そんなレオナルドが今日、算術の授業のときに自分を気にかけてくれたのだ。
びっくりしたけど、すごく嬉しかった。その後も、魔力測定をする前までのようにセレナリーゼを気にかけてくれた。
だから自分からも何かしたくて、気づけばレオナルドに鍛錬を見せてほしいとお願いしていた。自分にできることなんてないかもしれないが少なくとも応援はできると思ったから。それでレオナルドが喜んでくれたら妹としてすごく嬉しい。また以前のような兄妹に戻れたら……。セレナリーゼにはそんな淡い期待があった。
セレナリーゼとミレーネが見守る中、アレンがレオナルドの木剣を大きく弾く。それに対しレオナルドは瞬時に蹴りを放ち距離を取ろうとするが、アレンには見切られ僅かな動きで躱されてしまい、首筋に木剣を寸止めされてしまった。そこで二人は木剣を収めた。一撃を入れられるか、こうして余裕を持って寸止めされたら一区切りし、これを何度か繰り返すのだ。ちなみに、レオナルドは今まで一撃を入れたことはもちろん、入れられたこともない。すべて寸止めだ。それだけの実力差が二人の間にはあった。
「レオナルド様は日に日に強くなっていきますね」
休憩になったとき、眩しいものを見るようにしてアレンが言った。アレンの言葉は本心だった。大人とはまだ筋力などの差があるが、同年代でレオナルドに勝てる者はいないだろうと思っている。この一年でそれほどに強くなっていた。
「ありがとう。けど、まだまだ全然足りない。もっと……、もっと強くならないと」
そう言ってレオナルドは苦笑した。
ゲームでレオナルドは学園に入る頃には、剣術だけなら王国最強の騎士にも匹敵するのでは、と侮蔑を込めて言われていた。
なぜそれが侮蔑なのか、魔力のないレオナルドには、身体強化魔法を使うこともできない。つまり、魔法分の実力差をつけなければ実戦では全く歯が立たないからだ。
その上、今はゲームではなく現実。ステータスなんてものを見ることも当然できない。だから余計にレオナルドは自分の実力に自信が持てなかった。こう言っては何だが、ゲームではアレンは名前もないモブだ。自分はまだ十一歳とはいえ、そんな相手にも剣術だけでの実戦形式で全く歯が立たないのだから先が思いやられる。死の運命を打ち破るには全然足らない。それでも精霊についてはまだ決心がつかないため、今はゲーム開始時点のレオナルドを目指して剣術を頑張るしかないのだ。
けれど、今のレオナルドの言葉を聞いて、アレンはおや、と思った。以前と言葉は似ているのに今日は随分と雰囲気が違っていたから。
415
お気に入りに追加
881
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした
高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!?
これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。
日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。
底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです
かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。
強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。
これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?
異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる