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第一章
勉強の時間
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ダイニングを出たレオナルドはスキップをしながら自室へと戻った。
少なくともこの一年は一度も見なかったその浮かれた様子に、すれ違った使用人達が目を見開いているが、レオナルドは気にしない。
自室に到着し、扉を閉めると、
「よっしゃー!やった!これで一歩前進だ!」
天に向かって両手でガッツポーズをしながらレオナルドは歓喜した。
これでレオナルドの人生はゲームとは大幅に変わってくるはずだ。
この世界がどのルートに進むのかそれはまだ未知数だが、レオナルドが次期当主のままでいるより自分の死亡は少なからず遠ざかった、はずだ。
まだまだ安心はできないが、確かな一歩がレオナルドは嬉しかった。記憶を取り戻した初日にしては上々のスタートだろう。これからについてもやる気が出るというものだ。レオナルドはポジティブな気持ちで勉強や剣術など今後のことに思いを馳せる。
(さぁ、セレナと一緒に勉強するぞー!)
そして勉強の時間になったレオナルドは軽やかな足取りで勉強部屋へと向かうのだった。
この世界では平民であろうと貴族であろうと十歳という年齢が一つの節目となっている。仕事でも学業でも年度で動いているため、レオナルドとセレナリーゼにとっては、去年の四月からということだ。
まず大きな違いが、平民の場合、その年から見習いなどで働きに出ることが多い。そして貴族の場合は、将来のための勉強が各家で本格的に行われ始める。
学問はもちろん、礼儀作法、ダンスなどその勉強は多岐にわたる。
学園に入るまでにある程度のことを身につけるのが目的だが、その前に社交の場へのデビューがあるため、礼儀作法やダンスはもっと前から学び始めている者も多い。
レオナルドとセレナリーゼも基礎的な文字や算術、歴史、礼儀作法やダンスなどもっと幼い頃から少しずつ習っていたが、本格的に習い始めたのは一年程前からだ。
そうやって幼い頃から二人はいつも一緒だった。一緒に励んできた。だが、レオナルドは自身に魔力がないとわかって以降自分のことだけでいっぱいいっぱいになってしまい、セレナリーゼを全く気に掛けなくなった。
そしてもう一つ、大きな出来事がある。それが魔力測定だ。
ムージェスト王国では魔力量の大小が一つのステータスとなっている。特に貴族の中では時に家柄を凌ぐほど重要なものだ。
なぜならムージェスト王国は隣国との緊張状態が長年続いており、王家の方針で、魔力量が多い者を優遇してきた経緯があるからだ。魔力量が多い者はそれだけ強力な魔法を使えるようになる。
その者の魔力量は各地にある教会で行われる魔力測定の儀でわかる。王侯貴族の子供は十歳になったらこれを受けるのが慣例となっており、教会にある水晶のような球体に触れ、その光の強さによって魔力量がわかる、というものだ。なぜ十歳かというと体内の魔力が安定するかららしい。
ちなみに、魔法を操れる者は、魔法を使えるようになるとその魔法名と効果がなんとなくわかる、らしい。これについては、ゲームだからそこまで具体的な設定はないのだろう、と前世の記憶を取り戻したレオナルドは特に気にしていない。自分で経験できないのだから仕方がないだろう。
約一年前。当然レオナルドは十歳になってすぐ王都にある教会で魔力測定を行った。結果、レオナルドには魔力がなかった。球体がまったく光らなかったのだ。魔力が全くない人間というのは平民でもかなり珍しい。ゲームでも学園内に魔力のない人間はレオナルドただ一人だった。
この世界では魔力は遺伝するものと考えられており、基本的に、平民よりも貴族の方が大きな魔力を保有している。ただ、そんな中、平民でも大きな魔力を保有する者が生まれることがある。そういった者は神の祝福を受けし者、ギフテッドと言われている。だが、そもそも平民は魔力量なんかに興味がない者がほとんどで、わざわざ魔力測定をする人数自体が極端に少ない。
つまるところ、レオナルドは魔力量という貴族にとって重要なステータスにおいて、他の追随を許さないほどの落ちこぼれということだ。
随分とこのことを気にしていたフォルステッドとフェーリスは、必死にレオナルドを慰めていた。けれどレオナルドは深く深く傷つき、それが大きなコンプレックスとなった。
以来、レオナルドは自分が次期当主に相応しくあれるようにと、我武者羅に…、いや何かに憑りつかれたように勉学と剣術の鍛錬に心血を注いできた。今の自分の気持ちなんて誰にもわからないと自分の世界に閉じこもるように、誰にも打ち明けられない思いを抱えて、孤独に。
そうしたレオナルドの態度から、両親を始め、屋敷の使用人達にも徐々に腫れ物扱いされるようになっていったのだ。
そうしてレオナルドは今日という日を迎えたのだった。
そんな訳で、現在二人は机を並べて、家庭教師の授業を聞いている。
ただ、今は算術の時間で、セレナリーゼは真剣な表情だが、正直今のレオナルドにとっては退屈な時間だった。前世で言うところの小学生の算数レベルだからだ。こういう内容ではなく、もっとこの世界のことについてレオナルドは知りたいのだがこればかりは言っても仕方がない。
授業を終えた家庭教師は今日の仕上げにと練習問題を二人に配る。
レオナルドはすぐに終わってしまい、視線を横に向けると、隣ではセレナリーゼが悩ましげな表情を浮かべて問題を解いていた。
前世の記憶があるレオナルドにとっては簡単でも彼女にとっては難しいのだろうか?中々手が進んでいない。
「セレナ、どこかわからないところがある?」
「えっ?」
レオナルドから話しかけてきたことが意外だったのか、セレナリーゼは肩をビクッとさせると目を大きくしてまじまじとレオナルドを見た。
そんなセレナリーゼの様子に苦笑してしまう。妹ではなく一人の女の子なのだと知ってしまった最近は特に、魔力量でのコンプレックスもあり彼女にどう接したらいいかわからなくて避けていたことを自覚しているから。
本来のレオナルドはそのまま少しずつ彼女とすれ違っていき、ゲーム開始時点を迎えたのだろう。最初から二人の間には他人に等しいほどの距離があった。
「いや、セレナ手が止まってるみたいだったから」
セレナリーゼは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「はい。この問題がわからなくて……」
そう言ってセレナリーゼが示したのは、二桁同士の掛け算だった。今日の授業内容を考えるとここは復習問題だろう。
ゲームでのセレナリーゼは何でもそつなくこなす、まさに才色兼備の令嬢といった感じだったので、少し意外だ。今はまだ勉強はそこまで得意ではないらしい。今までのレオナルドは自分の殻に閉じこもるばかりでそんなことにも気づいていなかったようだ。新しい発見ができてよかったと思う。
こうして気づけるのも前世の記憶を思い出したことで自分へのコンプレックスが薄らいだことが大きい。事実は事実としてそこにあるだけなのだから、それを気にしすぎても意味がない。そう割り切れるようになった。というか今は、死の運命を回避するという大きな目標の前にそんなことでくよくよと悩んでなんていられないという思いが強い。
「ああ、その問題なら―――」
レオナルドは問題の解き方を丁寧に教えるのだった。
家庭教師はレオナルドがセレナリーゼに教えているのを初めて見て驚いていた。これまでレオナルドは自分のことに精一杯で他は目に入っていないようだったから。家庭教師は微笑ましいものを見るようにして兄妹の会話を見守っていた。教え合いも大事というスタンスなのかもしれない。
二人が練習問題を解き終えたところで今日の算術の授業は終わった。
それから昼食をはさんで、昼過ぎまで授業を受けた後、レオナルドは剣術の鍛錬を行うことになっている。
ただ、最後の授業が終わった後、
「あの、レオ兄さま」
珍しくセレナリーゼからレオナルドに話しかけてきた。
「なに?セレナ」
それがちょっぴり嬉しいレオナルド。自然と笑みが浮かぶ。
「その、よければ兄さまの鍛錬を見学してもいいですか?」
「いいけど……きっと見ててもつまらないよ?」
「いえ、見てみたいんです!ダメ、ですか?」
セレナリーゼは少し緊張しているのか、肩に力が入っている。
(……その上目遣いは反則だセレナ。断れる訳がない)
「わかった。じゃあ今日はいつも以上に気合を入れなきゃだね。そんなことセレナが言ってくれたの初めてだし」
「っ、ありがとうございます!」
セレナリーゼはぱっと笑顔になるのだった。
少なくともこの一年は一度も見なかったその浮かれた様子に、すれ違った使用人達が目を見開いているが、レオナルドは気にしない。
自室に到着し、扉を閉めると、
「よっしゃー!やった!これで一歩前進だ!」
天に向かって両手でガッツポーズをしながらレオナルドは歓喜した。
これでレオナルドの人生はゲームとは大幅に変わってくるはずだ。
この世界がどのルートに進むのかそれはまだ未知数だが、レオナルドが次期当主のままでいるより自分の死亡は少なからず遠ざかった、はずだ。
まだまだ安心はできないが、確かな一歩がレオナルドは嬉しかった。記憶を取り戻した初日にしては上々のスタートだろう。これからについてもやる気が出るというものだ。レオナルドはポジティブな気持ちで勉強や剣術など今後のことに思いを馳せる。
(さぁ、セレナと一緒に勉強するぞー!)
そして勉強の時間になったレオナルドは軽やかな足取りで勉強部屋へと向かうのだった。
この世界では平民であろうと貴族であろうと十歳という年齢が一つの節目となっている。仕事でも学業でも年度で動いているため、レオナルドとセレナリーゼにとっては、去年の四月からということだ。
まず大きな違いが、平民の場合、その年から見習いなどで働きに出ることが多い。そして貴族の場合は、将来のための勉強が各家で本格的に行われ始める。
学問はもちろん、礼儀作法、ダンスなどその勉強は多岐にわたる。
学園に入るまでにある程度のことを身につけるのが目的だが、その前に社交の場へのデビューがあるため、礼儀作法やダンスはもっと前から学び始めている者も多い。
レオナルドとセレナリーゼも基礎的な文字や算術、歴史、礼儀作法やダンスなどもっと幼い頃から少しずつ習っていたが、本格的に習い始めたのは一年程前からだ。
そうやって幼い頃から二人はいつも一緒だった。一緒に励んできた。だが、レオナルドは自身に魔力がないとわかって以降自分のことだけでいっぱいいっぱいになってしまい、セレナリーゼを全く気に掛けなくなった。
そしてもう一つ、大きな出来事がある。それが魔力測定だ。
ムージェスト王国では魔力量の大小が一つのステータスとなっている。特に貴族の中では時に家柄を凌ぐほど重要なものだ。
なぜならムージェスト王国は隣国との緊張状態が長年続いており、王家の方針で、魔力量が多い者を優遇してきた経緯があるからだ。魔力量が多い者はそれだけ強力な魔法を使えるようになる。
その者の魔力量は各地にある教会で行われる魔力測定の儀でわかる。王侯貴族の子供は十歳になったらこれを受けるのが慣例となっており、教会にある水晶のような球体に触れ、その光の強さによって魔力量がわかる、というものだ。なぜ十歳かというと体内の魔力が安定するかららしい。
ちなみに、魔法を操れる者は、魔法を使えるようになるとその魔法名と効果がなんとなくわかる、らしい。これについては、ゲームだからそこまで具体的な設定はないのだろう、と前世の記憶を取り戻したレオナルドは特に気にしていない。自分で経験できないのだから仕方がないだろう。
約一年前。当然レオナルドは十歳になってすぐ王都にある教会で魔力測定を行った。結果、レオナルドには魔力がなかった。球体がまったく光らなかったのだ。魔力が全くない人間というのは平民でもかなり珍しい。ゲームでも学園内に魔力のない人間はレオナルドただ一人だった。
この世界では魔力は遺伝するものと考えられており、基本的に、平民よりも貴族の方が大きな魔力を保有している。ただ、そんな中、平民でも大きな魔力を保有する者が生まれることがある。そういった者は神の祝福を受けし者、ギフテッドと言われている。だが、そもそも平民は魔力量なんかに興味がない者がほとんどで、わざわざ魔力測定をする人数自体が極端に少ない。
つまるところ、レオナルドは魔力量という貴族にとって重要なステータスにおいて、他の追随を許さないほどの落ちこぼれということだ。
随分とこのことを気にしていたフォルステッドとフェーリスは、必死にレオナルドを慰めていた。けれどレオナルドは深く深く傷つき、それが大きなコンプレックスとなった。
以来、レオナルドは自分が次期当主に相応しくあれるようにと、我武者羅に…、いや何かに憑りつかれたように勉学と剣術の鍛錬に心血を注いできた。今の自分の気持ちなんて誰にもわからないと自分の世界に閉じこもるように、誰にも打ち明けられない思いを抱えて、孤独に。
そうしたレオナルドの態度から、両親を始め、屋敷の使用人達にも徐々に腫れ物扱いされるようになっていったのだ。
そうしてレオナルドは今日という日を迎えたのだった。
そんな訳で、現在二人は机を並べて、家庭教師の授業を聞いている。
ただ、今は算術の時間で、セレナリーゼは真剣な表情だが、正直今のレオナルドにとっては退屈な時間だった。前世で言うところの小学生の算数レベルだからだ。こういう内容ではなく、もっとこの世界のことについてレオナルドは知りたいのだがこればかりは言っても仕方がない。
授業を終えた家庭教師は今日の仕上げにと練習問題を二人に配る。
レオナルドはすぐに終わってしまい、視線を横に向けると、隣ではセレナリーゼが悩ましげな表情を浮かべて問題を解いていた。
前世の記憶があるレオナルドにとっては簡単でも彼女にとっては難しいのだろうか?中々手が進んでいない。
「セレナ、どこかわからないところがある?」
「えっ?」
レオナルドから話しかけてきたことが意外だったのか、セレナリーゼは肩をビクッとさせると目を大きくしてまじまじとレオナルドを見た。
そんなセレナリーゼの様子に苦笑してしまう。妹ではなく一人の女の子なのだと知ってしまった最近は特に、魔力量でのコンプレックスもあり彼女にどう接したらいいかわからなくて避けていたことを自覚しているから。
本来のレオナルドはそのまま少しずつ彼女とすれ違っていき、ゲーム開始時点を迎えたのだろう。最初から二人の間には他人に等しいほどの距離があった。
「いや、セレナ手が止まってるみたいだったから」
セレナリーゼは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「はい。この問題がわからなくて……」
そう言ってセレナリーゼが示したのは、二桁同士の掛け算だった。今日の授業内容を考えるとここは復習問題だろう。
ゲームでのセレナリーゼは何でもそつなくこなす、まさに才色兼備の令嬢といった感じだったので、少し意外だ。今はまだ勉強はそこまで得意ではないらしい。今までのレオナルドは自分の殻に閉じこもるばかりでそんなことにも気づいていなかったようだ。新しい発見ができてよかったと思う。
こうして気づけるのも前世の記憶を思い出したことで自分へのコンプレックスが薄らいだことが大きい。事実は事実としてそこにあるだけなのだから、それを気にしすぎても意味がない。そう割り切れるようになった。というか今は、死の運命を回避するという大きな目標の前にそんなことでくよくよと悩んでなんていられないという思いが強い。
「ああ、その問題なら―――」
レオナルドは問題の解き方を丁寧に教えるのだった。
家庭教師はレオナルドがセレナリーゼに教えているのを初めて見て驚いていた。これまでレオナルドは自分のことに精一杯で他は目に入っていないようだったから。家庭教師は微笑ましいものを見るようにして兄妹の会話を見守っていた。教え合いも大事というスタンスなのかもしれない。
二人が練習問題を解き終えたところで今日の算術の授業は終わった。
それから昼食をはさんで、昼過ぎまで授業を受けた後、レオナルドは剣術の鍛錬を行うことになっている。
ただ、最後の授業が終わった後、
「あの、レオ兄さま」
珍しくセレナリーゼからレオナルドに話しかけてきた。
「なに?セレナ」
それがちょっぴり嬉しいレオナルド。自然と笑みが浮かぶ。
「その、よければ兄さまの鍛錬を見学してもいいですか?」
「いいけど……きっと見ててもつまらないよ?」
「いえ、見てみたいんです!ダメ、ですか?」
セレナリーゼは少し緊張しているのか、肩に力が入っている。
(……その上目遣いは反則だセレナ。断れる訳がない)
「わかった。じゃあ今日はいつも以上に気合を入れなきゃだね。そんなことセレナが言ってくれたの初めてだし」
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