上 下
43 / 60

流浪の運命 3

しおりを挟む
「三島市民文化会館で天野さんと会ったのは、何時でしたか」

「……駅前の駐車場に着いたのが、18時15分くらいだったと思います」
 山本は、大木の顔色を伺いながら話し始めた。
「そのあとスマホで連絡を入れてから……彼女からは直ぐに返信があり、その後コンサート会場に向かいました。会ったのは……18時半過ぎくらいだったかと……」

「連絡には、ショートメールを使っていますね」

「はい……そうですが」

「返信を読んで、何か感じましたか」

「えっ、どういうことでしょうか……」

 大木には、ショートメールの二人の会話に少しばかり違和感があった。山本が到着したあとの、礼子が最後にした返信文にである。それ以前の会話には、礼子は絵文字を多用していたが、それには使用されていなかった。その違和感を、山本自身が感じていたのかを確かめたかったのだ。

「いえ、別に意味はありません」
(誘導尋問にならぬ様、これ以上は聞かぬ方がよいか……)

「あぁ、絵文字がなかったことですね。なんだか、それまでは会うのが楽しみな様子でしたが、あっさりした返信に少し拍子抜けしたのを覚えています。緊張してるのかな、と解釈しましたが」

「そうですか……」
大木は山本の答えに納得し、質問を続けた。

「会場前で、天野さんに会われた時の印象をお聞かせ下さい」

「はい、会場入り口前の階段を上った所に彼女が立っていて……最初はわからなかったんですが、肩から提げたショルダーバッグを見て、私から声を掛けたんです。私をちらっと見た後、軽く頭を下げてから、おもむろに、はいとチケットを手渡されて……」

「その時の会話は、何か話されましたか」

「お互い本人確認をしただけで、チケットを貰って私が代金を支払う間もなく、彼女はどんどん会場に入って行くものですから、私はただ後ろをついて歩きました」

「チケットは、天野さんが用意していたんですね。会場に入ってからはどんなでしたか」

「彼女は入ってすぐの売店で、コンサートパンフレットを買ってました。バッグから財布を出すのを制して、パンフレット代金は私が支払いしました」

「あなたも一緒に買わなかったのですか」

「なんと言ったかな、(Wolfgang)ウルフ……ガングですか、もともと興味は無かったですからね。ジャズも好きではないし」

「……えっ、どういうことですか……」
 大木は少しばかり戸惑った。
「知りもしないアーティストのコンサートに行ったんですか……」

「私はコンサート自体どうでも良かったんです、彼女に会えさえすれば」

「ちょっと待って下さい……」
(どういうことだ、山本が誘ったのではないのか……)
「話をサイトメールに戻します。サイト内でのやりとりですが……」

「だから、最初から言ってるだろう、誘ったのはエロスからだと!」
 大木の困惑を悟った山本は、大声で言い放った。
「全てエロスからなんだよ!  それまでは、こちらが誘ったって見向きもしなかったくせに、突然サイトメールに連絡が来て、それまでとは打って変わって、甘い口調で私を誘ったんだ!」
 山本は、タガが外れたかの様に怒鳴り散らす。
 興奮した山本を大木が制したところで、コンコンと取調室のドアが静かにノックされた。

 振り返り、ゆっくりと開くドアを見た大木は一瞬固まる。

「新見……警部……」
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

むすび。

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

秋桜に誓った愛

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

小説【それでも、僕が外せない腕時計】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...