浜薔薇の耳掃除

Toki Jijyaku 時 自若

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逃れられない、その…呪い。

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その部屋の本棚は何故か何も入れられてないのだ。
「叔父さん、この本棚には何も置かないの?」
「ああ、この本棚だけはね、不思議と何も入れる気は起きないんだよね」
「ふぅん」
他の棚には本や物が置いてあるのに、本当にこの棚だけなのだ。
「何か理由はあるの?」
「あるよ~でもまだ早いから、大人になってからかな」
なんて話をしたのを覚えている。


ふと、棚に目をやる。
何もない棚、でも何かがあったような気もする。
「年だからかな」
なんて言葉が出たので、そこで終わる。
つい立ち上がるとき、「よっこいしょ」なんて言葉もよく出るようになった。
(でも何か…あったはずなのに、あっ、昔は…写真かな、飾っていたな、なんか俺はやけにはしゃいでいる奴、ああ、あった一生大事にするよって誓った奴)
…………
…………
(?)
今、ふと言葉が出たのだけども、自分でも驚いている。
なんだっけかな、確かにあったんだけども、あの写真を捨てる?まさか、捨てるはずはない、捨てて、それこそずっと忘れないと、だって俺、あの日は式場で緊張してて、そして彼女も… 
(彼女って誰だったかな)
えっ?そんな年だっけ?何か記憶に問題がある病気にかかっているとか?
そもそもなんで俺はこの家に住んでいるんっだっけ?
生まれてから育った家には違いない、ここは俺の部屋だけども…
(…)
女の姿が浮かび、何かを言ってるが思い出せない。
ああ、そうだ、彼女だ。
彼女がいたのだ、唯一俺がこの部屋に呼んだことがある女性…のはずだ。
なんで今、いない?
なんで…だっけ?
ああ、そうか、棚には彼女との写真が飾ってあった、俺がなんかはしゃいでいるところを撮影された奴、俺はタキシードで、彼女はウエディングドレス。
これだけは自分達で決めれたものを身につけて、撮影できたはずなのに。
あの写真はどこに行ったのだろう。
俺が捨てるはずなどないのに、それなら誰かが持っていった?誰が?それは取り返さなきゃ!
と思った瞬間。
『君は約束を破っちゃったからな』
男の声がしたという。

「おはよう」
「ああ、おはよう」
親父は年を取った今でも元気である。
「なんかそっちは顔色優れねえな、夏バテか?」
「まあ、どうしても暑いからね」
しょうがないよね。
この暑さなのだから。

「ずいぶんと不思議な話があるものだね」
「そうだよな、やっぱりちょっと変だなって思うんだ」
食堂で友人と話をした時にも、そんな話になった。
もっと面白い話をすればいいのに、たまたまそうなった。
「誰かにもらった大事な棚っていうの?そういうのなの?」
「いや、そこは何も…ただ」
「ただ?」
「うちの親がな、なんかその話をしてたっぽいんだよな」
「じゃあ、気になるなら聞いてみたら」
「でもわざわざそんな話するの変じゃない?」
「そうだけどもね、まっ、その話の続きがあるのならば教えてよ」
「わかった」


「あれ?親父、ここにあったのは?」
「忘れたのか、処分するって話だっただろ?」
「ああ、そういえばそうだった」



別の日
「暑いからさ、涼しいところ行かない?」
友達が誘ってきた。
「いいよ、どこに行く?」
「書庫」
「図書館?」
「いいや、書庫だよ、薄暗くて涼しいよ」
「まあ、それならいいか」
なんかこう、今まで立ち入ったことない建物に。
「一般です」
と受け付けに伝えると、ゲートがガーと開いた。
「こっちだよ」
へぇ~と辺りを見渡していると、友人は先に書庫の入り口に立つ。
「ここね、いろんな本があるんだよ、それこほ大分昔のものからね」
「研究者とかいる感じだもんな」
テーブルスペースには何か調べものをする学生の姿が見受けられる。
「宿題をするのはぴったりだと思うよ」
書庫は薄暗い、なんか探検が始まるようで面白い。
「あ~そういえば叔父さんの話、なんか前に言ってた、棚の奴、あれはどうだった?」
「ああ、あれか、特に何もないよ、しかし変な奴だよな、そんなこと気になるだなんて」
「何が起これていたか気になるじゃないか」
「おい、これって何階あるんだ?」
「七階だよ」
「えっ?本当に本ばっかだし、何ここ」
なんかすごいところ知ってんなという感じ。
「四階からは食堂にも行けるよ」
「そこ上手いの?」
「ラーメン絶品!!」
「それはいいな」
「じゃあ、奢るから手伝ってみたりしない?」
「何を手伝うの?」
「本を棚に仕舞うんだよ」
「整理って奴?」
「そうそう、本って結構思いから、それを棚に仕舞う、わりかし面倒くさいから、それならラーメンは大盛でもいいよ」
「わかった、のった!」
そういって六階までやってくる。
「こっち」
梯子を引っ張っておろしたあとに。
「ここに箱の中にある本を移動させたいんだよ、一人じゃ大変なので誘った」
「それでか、確かに梯子があったら、面倒だな」
「じゃあ、俺が下から手渡すから、上で受け取って、棚に積めていくってことで」
「わかった」
そういってやけに豪華な装丁の本が、下からどんどん渡されるので、空いている棚に積めていく感じで、棚はどんどん埋まっていくが。
「後どのぐらいあるんだ?」
「その棚に全部入るぐらいだから、もう少しだね」
それぐらいでラーメン大盛ならば悪くない。
「はい、ラスト」
「サンキュー」
そういって渡された本を受け取り、一番上に積めると、カンカンと友達が梯子を登ってきた。
「お疲れ」
さっきまで本の入ってた段ホールを持って登ってきたみたいだ。
それを置きながら。
「先に降りて」
「おう」
そういって梯子から降りようとすると、あいつ、何か箱の中から出してないか?光って何がかはわからないが、写真立てのような感じだったな。
「お待たせ、ラーメン食べに行こうよ」
「楽しみだな」


「本当にまあ、ずいぶんと笑顔だこと」
本を移動させた後の棚の前に男が一人いて、写真立ての写真を眺めていた。
「全く…間違いを犯すことはたぶんないだろうなと思い込んだのが、間違った」
写真の、笑顔を見てる顔は悲痛である。
「お越しになられていたんですか?」
「まあな、それもまた責任、見届ける必要はあるが、すまないな、全部やらせた」
「いえ、構いませんよ」
「まさか帰ってきてすぐに惚れる男が出るとは思わなかった」
「運命とはおかしなものですね」
「本当にそうだ、弄ぶ方のはずなのに、それでも弄ばれることもある」
「俺はその写真嫌いです」
「奇遇だね、私も好きではない」
「なんですぐに捨てさせなかったんですか?」
「あそこで捨てると、本当に捨てたことにはならないなら、心に焼き付いてしまうからダメなんだ」
「難しいものです」
「そうだな、本当に難しいし、しかしヒヤヒヤしたぞ、よくもまあ、バレずに、どう考えてもこの写真立てでおかしさがわかるだろうに」
「いや~上手くいったものです、ラーメン大盛程度で運び出せましたし」 
「お前さんの度胸はどうなっているんだ」
「よく言われますよ」
ため息をつきながら。
「まあ、これで荷物はないな」
「ないとは思います、思い出しそうにはなってましたが」
「思い出すぐらいならば、愛し続ければいいのに」
「それについては俺としては、ほら、俺も好きなので」
「そうだけどもさ、一回でも泣かれて、いや、泣いてはなかった、だけども、諦めていた顔をさせるのは何か違うだろう」
「聞いたんですよね、どこが好きなの?今でも好きなの?って、そしたら何て言ったと思います?」
「うわっ、聞くの怖い」
「『あんなことしなければ今も好き』ですってよ、さすがにちょっとね、それはイライラしますね」
「君がイライラするとは珍しい」
「普段はしないようにはしているんですが、これも惚れた弱味なのでしょうか」
「だろうね、私にはわからないが」
「えっ?そうなんですか?」
「わからないよ、そんな気にならないというか浮わつけない」
「恋は良いものですよ」
「わざわざそんなこと言わなくてもいいさ」
写真立てを伏せるように置いた。


「これはもしかしたら、もしかしたらなんですよね」
「えっ?どうしたの?」
「いや~わかったら、教えるんで」
「気味が悪いな、まっ、そういうことならば」
たまたま書庫を歩いてて、気づいた。
最初は新しい本が来たのかなって思っていたが、なんか違う。寄贈されたもの?それならばおもしろいものが見つかるんじゃないかな、そんな興味である。
六階の書庫の、梯子を引っ張り出したその先に本棚はあった。
タイトルを見る限り、郷土史なのかな、随筆、研究している人がいたから、遺族からのものなのだろうか?なんて手に取るが…
(読めない)
えっ?これ古い書体なのかな、読めないんですが、参ったな、ああ、でも解読のアプリが…持ち込みには手続きしてこなくちゃ。
そういって本を棚に戻し、それこそ書庫を出て受付まで向かう。
そこでスマホの持ち込みと理由を提出して、また先程の書庫まで向かうと…
「あれ?」
ない。
棚には本がない、あれ?間違ったか?迷ったか?梯子で一回降りてみる、いや、間違ってはいないな、さすがに同じような本棚が並んでいるとはいえ、間違うには無理がある。
えっ?でもなんで?
そう思って、受け付けに、六階の奥にある梯子を引っ張り出した先の本棚について聞くと。
「そこには蔵書がありませんが」
「えっ?そんなまさか」
「あそこは作業用で使ったりする場所なので、本は置いてないはずなんですが、見間違えでは?」
「寄贈されてすぐっぽい本で」
「今月の寄贈はありませんし、、寄付はいつでも受け付けてますよ」
「???、あっすいません、勘違いだったみたいです」
変な人扱いされるので、ここで話を切り上げた。
なんだったんだろう、あの本は、でもああいう本って書いてあることが面白かったりするんだよな。
もしかしたら、書庫か、図書館コーナーのどこかにあるんだろうか、ああ、それならばおもしろいな、暇潰しにでもなるだろう。


「あの本もまだ廃棄してないんですか?」
「してないよ、俺が預かってる」
「そうでしたか…」
「早く捨てたい?」
「捨てた方がいいんじゃないでしょうか」
「それは思うよ、でも何事にも廃棄するタイミングというのがある」
「ということはあの写真も見たんですね」
「見たよ、とても可愛かった」
「そうですか」
「今度は俺と一緒に撮ろうよ」
「もう誰かと撮ることはありませんよ」
「どうしてさ」
「どうしてもです」
「寂しいな」
「何がです?」
「俺なら幸せにするよ」
「そんなのどうでもいい」
「えっ?そうなの?」
「そうですよ」
「なんで?」
「なんででも!」
「そんなに好きだったんだ」
「好きじゃなければ、あんな格好はしませんよ」
「そうか…」
「やはり特別なものなんですよ、そうでなければね、着ようとも思えませんよ、この人ならば着てもいいかなって思ったので着ましたから、まっ、こんな結果になるとは思いませんでしたがね」
「幸せを誓ったら、永遠であることを望むものだよ」
「そうてす、だな、次の誓いはあってはいけないんですよ」
「そんなことはないよ、やり直し!やり直し!」
「軽いな~そんな調子では進みませんよ」
「写真まで持ってきたのは、余計だった?」
「いえ、そうは思いませんよ。思い出すものがなければ忘れるでしょ」
「でも忘れさせられる方はたまったもんじゃないけどもね」
「現実逃避傾向ならば、すぐに忘れますよ」
「そっか…」
「はい」
「じゃあ、早速俺と恋でもする?」
「無理でしょ」
「なんでよ」
「距離の詰め方がおかしい」
「だって好きになったんだからしょうがない」
「好きになる要素がどこに」
「ええ、たくさんあるよ、知らないの?」
「知りませんよ、そんなの」
「でもこれから長い付き合いにはなるよ」
「そこは否定はしませんがね」
「でしょ?」
「けども、これはこれ」
「え~」
「全然好きではありませんので」
「じゃあ、好きなってもらおう」
「そんな日は来ませんよ」
「でもあいつのことは忘れたがっているでしょ?」
「そうですけど」
「何が良かったの?」
「何がですか?色々といいところはありますよ」
「そこは知ってる、間違いなく悪い人間ではないだろうね、でも道を踏み外したけどもさ、人間はそういう意味ではとても愚かだ、そこで満足していけば良かった、そのまま頑張っていけば良かったのに」
「そこまで人はね、強くないんですよ」
「知ってる、でも強くなれる存在でもある」
「まっ、最初は乗り気じゃなかったんだけど、本気になった私の負けですから」
「どこが良かったの?」
「色々とね」
「あ~やだな、そういうところ、私だけが知っている彼の良いところっぽくて」
「ただ全部消えましたからね」
真顔になる。
「私が見ていたのはなんだったのか、楽しそうな笑顔は嘘だったのか、信じられないことというのはあるものなのだなって」
「無理に忘れることはないよ、ただ俺としてはそのままゴミ箱に捨ててもらいたい記憶ではある」
「そのうち暴れそうなぐらいお怒りのようですが」
「それで話が早いならばそれでもいいかなって」
「あなたが暴れたらどうなるか、私では止めれませんし、関係ない人たちまで避難支持かな」
「紫の奴になるね」
「もう5じゃん!」
「でも明るくはなってきて良かったと思う、早く君が過去のことを忘れれる日を待ってる」
「そんなもん待たないでくださいよ」
「だってそうじゃなきゃ俺のこと見てくれないでしょ、なんで俺じゃダメなの?俺も結構強いよ」
「強いからいいというわけではありませんよ」
「え~でも俺は真面目だよ」
「それが揃っても、まっ、それが誰かを愛してしまうという恐ろしさなんでしょうね」
「そこはわかる、君のためなら何でもしたくなっていく気持ちがわかるから」
「落ち着いてくださいよ、あなたが気ままに振る舞っても何もいいことはない」
「それこそ、終わった後で知り合いになれて良かったとは思う、名前は知ってたよ、でも実際に会ったのは、先日の挨拶ではじめてだったし、運命って素敵だね」
「そうですかね?」
「そうだよ、それとも今は、恋なんてしなければ、愛さなければ良かった期とか?」
「もうそうですね、それがピッタリでしょうね」
「タイムスリップしたら?」
「それは野暮でしょ、変える気はないです」
「やっぱりまだ好きじゃないか」
「そうですね」

「人間というのはなんて愚かなものだろうね」
「可愛そうですよ」
「ダメだよ、ちゃんと見なくちゃ。これが人間の正体でもあるわけだしさ」
「人間が嫌いなんですか?」
「…最近は嫌い」
「最近はって」
「君を悲しい顔させたから、すんごい嫌い」
「それは事情があったんですよ」
「その事情は君をそんな目に合わせることになっても優先されるもの?」
「そこは…でも苦労はしておりましたからね」
「苦労しているけども、誰かを傷つけない人間はいるのはわかるし、知っているでしょ」
「ただあの人がそうでなかっただけですよ」
「そうそう、わかっているじゃないか、で
次は、これなんかどう?大分憂鬱になれるんじゃない?」
「もうそういうのを積極的に見せないでくださいよ」
「君の好みは、悲惨な目にあっても、前を向いて歩くような話であるのは知ってはいるけどもね」
「そんな話に憧れていたわけでは、でもね、そうなってしまったら、負けないでいてほしかった」
「人間って弱いんだよ、というかね、あそこでどうして負けるかね、そんなに寂しかったのかな」
「私では埋めれなかったんですよ」
「そんなことないさ、確かに君の言葉は心に届くし、受け止める側の問題だよ」
「そうでしょうか」
「そうだよ、だから気にしないで」
「…」
(まだダメかな)
「お願いします、先程の人は助けてあげ手ください、もしもダメならば私が行きます」
「君は待ってて、少し行ってくるから」
そういって姿形を人の姿にして、泣いている人間の前に現れた。


「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「あぁ、その大丈夫です」
泣いている私の前に現れたのは…この人すごく美形、イケメン、何なの。
涙も止まるぐらいであった。
「ちょっと今、大変なことがあって、あのあなたのお名前は?」
(困ったな)
さっきまで泣いていたはずなのに、もうこれである。
そして女は身なりも見ている、これはどこぞの御曹司!高いものを身に付けているから間違いはないだろう。
「すいません、大丈夫でしたら…、私は彼女を待たせているので」
そこで御曹司の彼女とやらに視線を送ると
(えっ?何あの女、大したことないじゃん、ババアじゃない?)
「ああ、なんか私、調子が悪くて」
「困ったな」
「すいませんが、よろしくお願いできます?」
甘えた声になった。
彼女の方は、ほほう?それで君はどうするんだい?と興味本位モードだ。
くっ、ここで彼女の好感度を下げるわけにもいかない。
「そんなに悪いのでしたら、医者に、私の知り合いで良ければすぐに手筈を整えましょう」
「お医者様にもお知り合いがいるんですか?すごーい」
今のはちょっと減点ですね、力業で返そうとして、かえって女性が食いついてますね。
なんでか採点した。
そして途中で気づく。
というか、この人は…嘆いていたから気づかなかった。
どうも知り合いだったようだ。
こんなことがあるから、運命は侮れない、っていうか、そうか、あなたの好みの顔ってこういう人なのか。
その好みは人それぞれだし、んでもってあの人もなかなか味があるのにな~
この言い方から大変近いというか、向こうももっと近づいていれば彼女の方に気づいていたのではないだろうか、だがもう御曹司のような彼にしか目が言ってない。
「私も実はですね」
どこそこの令嬢であるのを口にすると。
「えっ?君って」
「私のことご存知なんですか?これはやっぱり運命ですよ」
「…そうだね」
御曹司の、このトーンの落ち方に気にせずに、意気揚々としゃべり始める。
「結婚しろとは言われてましたが、なかなか釣り合いが取れたかたというのが今まで現れてませんでしたの」
「そうですか」
「はい、どうかこれを機会に私と結婚してくれませんか?」
「…」
さぁ、どうする?楽しくなって参りました。
ちょっと遠くの彼女は俄然楽しくなってきたようだ。
(俺の気持ちも知らないで)
「ごめんね、そういうのはすぐには決めれないんだ」
「家同士の繋がりもありますもんね、でもうちならば…」
「もちろん四桁ぐらい歴史はあるよね?」
「えっ?」
そこで彼女は大爆笑。
「四桁?」
「ああ、元気になったみたいだし、俺は行くから、そっちも体に気を付けてね」


「なかなか最高だったんですけども」
「そこまでおもしろいことなの?」
「私には、とても、今まであなたは堅物だと思っていたのに、酷い男だな」
「う~ん、そうかな」
「面白かった…しかし、まっ、ここで知り合いに会うとは」
「やっぱり彼女は?」
「そうです、そうです、ご存知の通りです」
「顔の選り好みは激しそうな子だね」
「ですね、まさかここまでとは、まっ、あなたは見た目は物凄くいいですから」
「あんまり嬉しくないな」
「人に化けているといっても、元をそのまま変換しているから、見目麗しいには違いないですからね」
「美女に惚れるという話はよく聞くが、まさか男の俺に、そんな話になるとは…」
「自分の容姿がどう見られているのか、気になるのでしたら、人通りの多いところを歩いてごらんなさいよ、おそらく女性はみなあなたの顔を見ることでしょうよ」
「そう言われると歩きたくないな」
「いや~でも、会ってすぐに結婚を申し込むだなんて、ずいぶんと好かれたものじゃないですか」
「君は俺にそんなことが起こってずいぶんと楽しいそうだ」
「滑稽ですよ、どんな中身かも知らないでってことで」
「そばに君がいなければ、人になんて優しくはしないよ」
「あら?そうなんですか?そんなことないと思いますが、あなたも人に恋をしてみたら?気持ちが変わりますよ」
「なんで好きな相手からそう言われなければならないのさ」
「いや~こんな女と共にいるよりかは、いいんじゃないですかね?」
「そうは…思えないよ」
(このままあの子じゃなくてもいいから、人を好きになってくれないものかな)
「また変なことを考えている」
「どういうのがあなたの好みなんですか?」
「えっ?俺の好み?失恋して、泣くのを我慢して、でもちょっと頑張っちゃって、笑顔を作る子かな」
「変わってますね」
「しょうがないでしょ、あれで好きになっちゃったんだから」
「後…あれを見てたんですか?」
「見てたよ、悪いと思ったけどもさ」
「うわ~見られたくない、だってすごい顔してますよ、たぶん化粧も溶けてる」
「そんなに化粧してないじゃん」
「プルプルお肌クリームぐらいはね、つけてますよ」
普通肌にも鱗肌にもお使いいただけます。
「なかなか人肌用のが合わないんですが、本当ね…これもね、不思議なことがあったんですよ」
「不思議なこと?」
「戻ってくる理由になった日にね、今までこういうのを探しても見つかったことがなくて、あれ?なんかこれ潤うなって、これでお肌綺麗になっちゃうなって喜んでいたんですよ」
でもその日は遅く帰ってきた。
「いつもはね、毎日同じ時間にね、帰ってくるんですよ、だからその日もね、そう…だから珍しく遅かったから、大丈夫ですか?何かあったんですか?って、何もないよって、そのまま次の日からまた同じ時間にね…まあ、その日はそういう日だったんですよ」
「うわ~」
「それで、私が怪しんだから、同じ時間に帰ってくることにして、数日後…まあ、そのバレたと」
「そこで八つ裂きとか考えなかったの?」
「いいえ、ないですね、そんなこと考えても、人間の方が早く死んでしまいますからね、それを考えたら、大抵のことが許せてしまう」
「ずいぶんと優しいね、俺は無理だな、そんなことされた日には」
「やはり紫の避難指示出ちゃうか…」
「出す自信はある」
「そこは出さないで、他の人も巻き込まれちゃうから」
「そんなことどうだっていいのに、なんで気にするんだい?」
「いい人もいれば、悪い人もいる、我々だって同じでしょうに」
「でもこれだけは覚えておいて、君に何かあれば俺は止まることなく、山河を海に帰するから」
「こりゃあ、参ったね、愛が深くて重すぎる」
「愛は重いぐらいがちょうどいいんだよ」
「それは知らなかった」
「あ~やっぱり腹立ってきたな」
「何がです?」
「君の苦労したことが見えたからだよ」
「その事ですか」
「うん、そのことだ、暴れない代わりに何かを用意してほしい」
「何かですか?」
「君の愛なんて現実味のないことは言わない、ただ、この怒りを鎮める理由がいるから」
「わかりました、この辺で妥協しましょう」
「うん、ただそれとは別にデータはしてね、もちろん、ちゃんと手順は踏むから、無理強いもしないよ」
「全く男というのは…教えておきますよ、あの人は同じようなことを言ってこうなりました」
「えっ?」
「だからね、あなたは自分の言葉として言うかもしれないけども、私には時折思い出してしまってしょうがない」
「それはゴメン」
「そしてこれも言う気はありませんでしたよ、ほら、私のことが嫌いになったでしょ」
「いや、全然」
「今はそうでなくても、あなたもそのうちそうなりますよ」
「人間と同じ感覚で見ないでくれるかな」
「はっはっはっ、恋をすると種族とか関係なく似たような状態になるんだね」


そういう意味では恋というのは逃れられない、その…呪いみたいなものかもしれない。
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