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退職剣士と失恋魔王
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『おや?』
珍しい気配がした。
シャキン
『剣士さんか、これはこれは失礼、敵対する気はないよ』
「そういっても鞘に仕舞う気はないよ」
『それもそうだ、気まぐれに話そうかと思ったが、危険を感じるのならばこのまま去ってくれないか?』
すると剣士は。
「そんな気も今は起きん」
そういって座り込んだ。
『肝試しをするようなタイプにも見えないし、的確な助言でも探しにわけでもない』
「そんな小難しい理由じゃないさ、ただまあ、仕えていた、人生をそこに賭けようと思ってたところから、いらないって言われたのさ」
『へぇ~』
そういって声の主、彼女は現れた。
「腕もしっかり磨いているし、真面目そうなのに、何故にいらないと?」
「もっといい男の方がいいってさ」
『?不思議な人間もいるもんだな』
「そうか?」
『そうだよ、そんなもんで剣士を選んだら、後で悔やむことになるぞ』
「そうは思ってはいないようだ」
『そうか、それならば近いうちにそこはダメになるだろうな、森羅万象、人間の物差しで測れるものではないさ』
「君は何者なんだ?」
『私か?ただの失恋した女さ』
チラッ
石には魔王の縁である文章が刻まれている。
「つまりは失恋魔王」
『ちょっとその言い方はやめてくれ、私は相手に無理強いしないだけなんだ』
「それと奥手とは違うんじゃないの?ちゃんと好きだって言わないと、相手は気づかないよ」
『古傷を抉り方が剣士というよりは、ボクサーか何かね』
「新しい恋なんてしないの?」
『あの男よりいい男なんていない』
「そんなに好きだったんだ」
『そりゃあね、世界を相手にするぐらいあの人が好きだったんだけどもね』
どうも気持ちは薄れているようだ。
「何かをずっと好きでいるってことは難しいよ」
『あなたは一回好きになったら、ずっと好きでいそう』
「かもね」
『久しぶりに誰かと話して楽しかったわ、あっ、そうそう』
ジャラリ
そういって彼女は身に付けていた宝飾の一部を渡してくる。
『自棄を起こしているようだけども、これをお金にして、真面目に生きていけばいいわ、それじゃあね』
彼女はかき消えるように消えた。
それは夢か幻か、けども、掌に残った古い宝飾品が彼女に出会った証拠であった。
彼女はお金として使えばいいとはいったけども、そんな気にはならなかった。
いらない、そう言われてしまったことは噂になっていた、だから友人たちは心配はしていたのだが、大丈夫だよっていって笑ってた。
いつもとは様子は違うが、そこまで思い詰めてなかったので、友人もとりあえずは見守ることにしたのだろう。
あの夜に彼女と話したことは、誰にも言ってない、そしてもらったものはお守り代りに身に付けていた。
それを寝る前に、取り出して、じっと見ては、眠くなるまで習慣とした。
自分の身に起きたことは非常にショックな事ではあるが、守られているような気がしたのだ。
向こうからすれば本当に他愛ない、それこそ魔王の気まぐれなのだろうが、その気まぐれがたまらなかった。
彼女の事が知りたくなった、何があったのだろうか?と、すると予言があったという、勇ましい子が生き残るか、魔に魅入られたものが蔓延るのか。
だが運命に人々は勝ち、結果としては勇ましき子が残ったとだけある。
こういう物語はよくある、本物もあれば、都合のいい話に仕立てるためのものもある、この文章だけではよくわからない。
だけども彼女があの形でまだいるのならば、世界が崩壊してなければ話が合わないので、何かしら都合が悪かったからこのお話にしたのではないかは見えてくる。
「自称魔王の方がまだ可愛い話だった」
という結論をつけた。
日が暮れて、薄闇の道、あの日のように、また会いたくて行ってみることにする。
この間はこの場所だった、さて、どうすれば会えるのだろうと思ってみると。
『なんだ?小銭でもせびりに来たのか?』
「それはないってわかるでしょ?」
『金に変えなかったのか?なんだ?収集癖があったのか?あなたにそうは見えなかったんだけども?』
「顔を見せてよ、顔を見たくてきた」
『やだよぉ、そんな風に言われたら、顔なんて見せてやるものか』
「話もしたくてね、さすがにこの間のことは友人達にも話しにくい事がある」
『ああ、そっちか、聞くだけならば聞くわよ、それであなたが前向きになれるならね』
「自分の失恋の傷は全然治せないのに、なんでそういうのだけは上手なの?」
『喧嘩を売りに来てるのかな?でもあなたみたいな人が確かに珍しい、普段そんなことを言わないような人物だと思われるが、本当に世の中どうなってるの?』
「今はとっても荒れている」
『荒れているのは今に始まったことじゃないさ』
「そうだね、そう思うよ」
『落ち込んでるの?』
「少しね」
『というか、夜は寒いだろうし』
すると彼女はいつの間にか外に出て、しかもテントを張って明かりを灯している。
「テントというよりは、ちゃんと生活ができるようにはなっているわよ」
上下水道、トイレ、お風呂、電気、防虫など生活が快適になる仮設住宅といった方が正しいかもしれない。
「お邪魔します」
『どうぞ、どうぞ、まっ、こういうのをきっちり作って生活をするのが魔王を長くやるコツね』
「でもあんまり魔王っぽくはない」
『よく言われるわ、人から成ったからしょうがないね』
「魔王ってどんな仕事なの?」
『強いものに媚を売っては来るけども、隙あらば闇討ちしてくる奴らの対処をしながら、権力を維持する仕事』
「大変だね、俺なら三日で飽きそう」
『三日ももつの?すごいわね、私はなる前に面倒って思ったわ』
「魔王になったのなんで?好きな人がいたから?」
『そうじゃないと生きていけなかったから、死ぬか、魔王になるか、じゃあ、魔王になるかって』
「そう簡単になれないよね」
『なれないわね、大分色んなものを削って、費やしてなったから、お前が慣れるのならば私でも慣れるとかはよく言われたわ』
「その人たちはなったの?」
『知らない、でも交流はその後ないから、なってたら、話は聞こえてくるか、敵か味方かになるとはどうんだけども、どれでもなかったから、よくわからない、そんなことをしている暇がないぐらいこちらも忙しくなってしまったから』
「面白いね」
『そう?』
「君の話はみんな面白く聞こえるだけかもしれないけど」
『変な人ね』
「なんか君の事があれから気になっちゃってね、会いに来たんだ、キャ!恥ずかしい」
『そういう時にふざけるのって癖なの?』
「うん、真面目に話して、軽く扱われたらすんごい嫌だから」
『それもそうね』
「俺のそういうのも君はわかるのか」
『わかりやすくない?でも、あなたにそんなに無理をさせているのに気づかない人たちもどうかしていると思うわ』
「…」
『変なこと言った?』
「いや、別に」
『そう…私もあまり人の心がわかる方ではないから』
「人心じゃないけども、掌握は大事なお仕事では?」
『仕事とプライベートは別よ、それは持ち込まないようにしたいし、それで誰かと仲良くなっても、メッキは剥げてしまうものよ』
「そうだね」
『でしょ?』
「君が本音を話してくれて凄く嬉しいよ」
『まあ、あなたには言葉も飾らない方がいいでしょうよ、剣士の怖さは知ってるから』
「そうなの?」
『剣士という人たちは、裏切りを本当に許さないから、そうなったら、討ちいってくるじゃない』
「そういう人たちもいるね」
『それなら最初からそのまま話した方がいいわよ』
「俺はそういう風に話してくれるのがとてもありがたいと思うよ」
『ああ、あなたの魅力がわかってないところは、そういうのもわからない社会っぽそうだし』
「それでもそこで生きていくと、生きてみたいと思ったんだけどもね」
『今からでも生きていけなくもない』
「えっ?」
『どうする?』
「それだと君と話す時間が無くなっちゃうね」
『えっ?』
「たぶん君のことだから、お金とか知り合いのツテを貸してくれそうだけども、そういうのはいいや」
『あら、いいの?』
「うん、君の力をそのために使うのは嫌だなって思って」
『へぇ~珍しい、欲がないというか、なんというか』
「それよりかは君の信頼の方が上だし、大事だからね」
「これからどうするの?」
「志願前に生活は戻るだけだよ」
『ちょっと待ちなさい』
すると何か呪文を唱えて。
『しばらくは新しいことをしないこと』
「何?占いか何か?」
『たぶんここですぐに何かを真面目にしていると、面白くないと思われて、邪魔が入るから、しばらくは新しいことはしない、稽古に、生活費が足りないならば、この近くで依頼を受けなさい』
「…」
『あっ、気になるならば信じなくてもいいわ、そこは任せる、急にこういっても、自分の人生だからね』
「う~ん、訳がなく君がそういうことを言う人ではないだろうとは思うよ、でも訳を聞かせてくれない?」
『あなたの悪口をいってる人たちに、燃料を与えてどうするの?』
「あいつら俺のことを酒の肴にしてたか」
『そういうこと、だからしばらくはおとなしくね、できれば年単位がいいのだけども、このぐらいの腕を持つ剣士をそのままってのももったないないから』
「なんかいい方法はあるの?」
『いい方法ね、この辺のパトロールという表向きはあんまり面白くもなさそうな仕事を受けてくれるのならば、私も動けるけども』
「じゃあそうする」
『早いわよ、そんなに人生早くに決断しちゃダメ、きちんと契約や約束ごとは裏とか読みなさい』
「普通はそうする、でも君が持ってきた話だからさ、いいかなって」
『もう、あんまりそういう顔をするとイタズラしたくなるわよ』
「君にならいいよ」
その時見せた表情はなんだかさっきまでても違う顔をしていて…
『??』
困惑した後に。
『ではこちらからそういう依頼は出しておきます、まっ、他の人が受けないとは思いますが』
「ここで誰かが受けたら、この後の話を潰す最大のチャンスなんだけどもね」
二人からすると一番の難所がここだったのだが。
「リハビリだと思われてた」
『まあ、2日ぐらいはそのままの内容で、今は準備しているから、あなたの宿屋ともこちらの仮設住宅繋げているから』
部屋を個室では用意するぐらいのメリットしかない見回りのお仕事という内容ではあるが。
「確保した個室もまあまあ普通だしね、夜は誰もいれないでっていう約束も宿屋は守っているみたいだし」
『あっちからノックしたら、こっちにも聞こえるから、すぐに戻れるわよ』
実際の本拠地は前回の仮設住宅よりも広いものになっていた。
『きちんと生活環境整えてないといい仕事なんてできないわよ』
聞けば吸血鬼とも交流があったそうで。
「人間にはない長期的な目線で蓄財をする能力は吸血鬼の強みね」
ここでいう長期的なは、一年とかそういう単位らしい。
『吸血鬼からするとせっかちらしいわよ、他の種族の時間で生きているから』
「知り合いにも人間と結婚した吸血鬼いましたけどもね、そんな感じかな」
『へぇ、どんな方なの?』
「奥さん大好きですよ、どういう方なんですか?って俺も聞いたことはあって、その時に」
赤い血、白い肌、青い肺のとても素敵な方なんです。
「その時は結婚前の一目惚れの時の話だっかな」
『その奥さまになられた方、瑠璃肺の患者さんなのね』
「写真だと青っぽく見えるから、瑠璃肺でしたっけ」
『そうそう、そうなのや、それは人に生まれても、人と生きるのは難しいものね』
「だから今は本当に毎週新婚旅行に出掛けているとか」
『そこまで行くと浮かれすぎだけども、よっぽどいい相手と知り合われたのね』
「だと思うよ、あんなに嬉しそうな姿を見るとこっちまで楽しくなる」
『そういえばあなたはどうするの?』
「どうとは?」
『そのうちいい縁談話も探しておくから、どういう条件がいいのかまとめておいてね』
「そういうのはまだ早いというか」
『こういうのは早いうちよ』
「そうかな」
『そうよ、年の離れた娘さんでもちゃんと来てもらえるようにぐらいは用意するから』
「年の離れた」
『あら?やっぱりそっちは興味があるんじゃないの』
「いや、その…」
『でもそれだけじゃないから、ちゃんとあなたをどんな時でも味方になって、支えてくれるぐらい譲らない条件として入れておくわよ』
「魔王様の方は、次のお恋については?」
『(お恋?)私はいいのよ、もうそういうのに縁がないから、行ける人から行きなさいよ』
「意外と縁というのは身近なところにあるかもしれませんよ」
『それだったら、こんなに前の恋を引き摺ってるもんか』
「最近は前の恋についてどう思ってます?」
『えっ?そうね、今はあなたのことをまずやらなきゃならないから、思い出すこともこの頃はないわね』
「そのまま忘れちゃいなよ」
『忘れさせてくんねぇんだよ』
「どれだけヒドい男なんだよ」
『酷かったら良かったんですが、本当にそのまま幸せになるんだろうなって思ってたので、えっ、なんでそんな、あれか、砂糖がいらないコーヒーか、ごめん、気づかなくて』
「そうじゃないけども…」
『そういう話苦手なのね、ごめん』
「その男に会ってみたいな」
『会ってみる?』
「俺…どんな顔すればいいかわからなくなる」
『そうか、そうだね、いきなり上役の失恋相手とか言われても困るわね』
その後、退職剣士と失恋魔王はどうなったかというと…
「ちゃんと彼氏彼女で、最近は結婚の話も現実的に出ていますよ」
詳しい話を聞きたかったのだが、お相手とのエピソードなどは全く教えてもらえなかった。
「そこはほら、俺だけの物にしたいじゃないですか」
退職剣士は退職後辺鄙なところに土地を買って住み始めたのだが、この時退職金で買えるのがあそこしかなかったと言われている。
しかしその後、知り合いの吸血鬼などが目をつけ、かなりの財産を得たらしく、あの年齢の男性からするとかなり上位の収入となり、逃がさなきゃ良かったと彼を前から知る独身女性の中にはそういったものもいたという。
『あら、おモテになるのね』
「でもあれ、お金しか見てないし、お金無くなったら、一緒にどっか行っちゃうだろうしな」
『だけど、それがいいと…』
「俺は嫌ですよ、んでもってあなたと過ごす時間が一番だと前から言ってじゃないですか」
『変わった人ね』
「そうですかね、ただあなたの事が好きなだけなので、俺が死んだら、死神に持ってかれないように魂まで束縛してくださいね」
『そんなことを笑顔で言うな、重いわ!』
でもその日が来たら…
(やってはいけないとわかっても、頭に過ってしまいそうだ)
(その葛藤だけで俺は愛を感じます)
剣士の愛は、魔王の思惑よりもクッソ重い。
珍しい気配がした。
シャキン
『剣士さんか、これはこれは失礼、敵対する気はないよ』
「そういっても鞘に仕舞う気はないよ」
『それもそうだ、気まぐれに話そうかと思ったが、危険を感じるのならばこのまま去ってくれないか?』
すると剣士は。
「そんな気も今は起きん」
そういって座り込んだ。
『肝試しをするようなタイプにも見えないし、的確な助言でも探しにわけでもない』
「そんな小難しい理由じゃないさ、ただまあ、仕えていた、人生をそこに賭けようと思ってたところから、いらないって言われたのさ」
『へぇ~』
そういって声の主、彼女は現れた。
「腕もしっかり磨いているし、真面目そうなのに、何故にいらないと?」
「もっといい男の方がいいってさ」
『?不思議な人間もいるもんだな』
「そうか?」
『そうだよ、そんなもんで剣士を選んだら、後で悔やむことになるぞ』
「そうは思ってはいないようだ」
『そうか、それならば近いうちにそこはダメになるだろうな、森羅万象、人間の物差しで測れるものではないさ』
「君は何者なんだ?」
『私か?ただの失恋した女さ』
チラッ
石には魔王の縁である文章が刻まれている。
「つまりは失恋魔王」
『ちょっとその言い方はやめてくれ、私は相手に無理強いしないだけなんだ』
「それと奥手とは違うんじゃないの?ちゃんと好きだって言わないと、相手は気づかないよ」
『古傷を抉り方が剣士というよりは、ボクサーか何かね』
「新しい恋なんてしないの?」
『あの男よりいい男なんていない』
「そんなに好きだったんだ」
『そりゃあね、世界を相手にするぐらいあの人が好きだったんだけどもね』
どうも気持ちは薄れているようだ。
「何かをずっと好きでいるってことは難しいよ」
『あなたは一回好きになったら、ずっと好きでいそう』
「かもね」
『久しぶりに誰かと話して楽しかったわ、あっ、そうそう』
ジャラリ
そういって彼女は身に付けていた宝飾の一部を渡してくる。
『自棄を起こしているようだけども、これをお金にして、真面目に生きていけばいいわ、それじゃあね』
彼女はかき消えるように消えた。
それは夢か幻か、けども、掌に残った古い宝飾品が彼女に出会った証拠であった。
彼女はお金として使えばいいとはいったけども、そんな気にはならなかった。
いらない、そう言われてしまったことは噂になっていた、だから友人たちは心配はしていたのだが、大丈夫だよっていって笑ってた。
いつもとは様子は違うが、そこまで思い詰めてなかったので、友人もとりあえずは見守ることにしたのだろう。
あの夜に彼女と話したことは、誰にも言ってない、そしてもらったものはお守り代りに身に付けていた。
それを寝る前に、取り出して、じっと見ては、眠くなるまで習慣とした。
自分の身に起きたことは非常にショックな事ではあるが、守られているような気がしたのだ。
向こうからすれば本当に他愛ない、それこそ魔王の気まぐれなのだろうが、その気まぐれがたまらなかった。
彼女の事が知りたくなった、何があったのだろうか?と、すると予言があったという、勇ましい子が生き残るか、魔に魅入られたものが蔓延るのか。
だが運命に人々は勝ち、結果としては勇ましき子が残ったとだけある。
こういう物語はよくある、本物もあれば、都合のいい話に仕立てるためのものもある、この文章だけではよくわからない。
だけども彼女があの形でまだいるのならば、世界が崩壊してなければ話が合わないので、何かしら都合が悪かったからこのお話にしたのではないかは見えてくる。
「自称魔王の方がまだ可愛い話だった」
という結論をつけた。
日が暮れて、薄闇の道、あの日のように、また会いたくて行ってみることにする。
この間はこの場所だった、さて、どうすれば会えるのだろうと思ってみると。
『なんだ?小銭でもせびりに来たのか?』
「それはないってわかるでしょ?」
『金に変えなかったのか?なんだ?収集癖があったのか?あなたにそうは見えなかったんだけども?』
「顔を見せてよ、顔を見たくてきた」
『やだよぉ、そんな風に言われたら、顔なんて見せてやるものか』
「話もしたくてね、さすがにこの間のことは友人達にも話しにくい事がある」
『ああ、そっちか、聞くだけならば聞くわよ、それであなたが前向きになれるならね』
「自分の失恋の傷は全然治せないのに、なんでそういうのだけは上手なの?」
『喧嘩を売りに来てるのかな?でもあなたみたいな人が確かに珍しい、普段そんなことを言わないような人物だと思われるが、本当に世の中どうなってるの?』
「今はとっても荒れている」
『荒れているのは今に始まったことじゃないさ』
「そうだね、そう思うよ」
『落ち込んでるの?』
「少しね」
『というか、夜は寒いだろうし』
すると彼女はいつの間にか外に出て、しかもテントを張って明かりを灯している。
「テントというよりは、ちゃんと生活ができるようにはなっているわよ」
上下水道、トイレ、お風呂、電気、防虫など生活が快適になる仮設住宅といった方が正しいかもしれない。
「お邪魔します」
『どうぞ、どうぞ、まっ、こういうのをきっちり作って生活をするのが魔王を長くやるコツね』
「でもあんまり魔王っぽくはない」
『よく言われるわ、人から成ったからしょうがないね』
「魔王ってどんな仕事なの?」
『強いものに媚を売っては来るけども、隙あらば闇討ちしてくる奴らの対処をしながら、権力を維持する仕事』
「大変だね、俺なら三日で飽きそう」
『三日ももつの?すごいわね、私はなる前に面倒って思ったわ』
「魔王になったのなんで?好きな人がいたから?」
『そうじゃないと生きていけなかったから、死ぬか、魔王になるか、じゃあ、魔王になるかって』
「そう簡単になれないよね」
『なれないわね、大分色んなものを削って、費やしてなったから、お前が慣れるのならば私でも慣れるとかはよく言われたわ』
「その人たちはなったの?」
『知らない、でも交流はその後ないから、なってたら、話は聞こえてくるか、敵か味方かになるとはどうんだけども、どれでもなかったから、よくわからない、そんなことをしている暇がないぐらいこちらも忙しくなってしまったから』
「面白いね」
『そう?』
「君の話はみんな面白く聞こえるだけかもしれないけど」
『変な人ね』
「なんか君の事があれから気になっちゃってね、会いに来たんだ、キャ!恥ずかしい」
『そういう時にふざけるのって癖なの?』
「うん、真面目に話して、軽く扱われたらすんごい嫌だから」
『それもそうね』
「俺のそういうのも君はわかるのか」
『わかりやすくない?でも、あなたにそんなに無理をさせているのに気づかない人たちもどうかしていると思うわ』
「…」
『変なこと言った?』
「いや、別に」
『そう…私もあまり人の心がわかる方ではないから』
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『仕事とプライベートは別よ、それは持ち込まないようにしたいし、それで誰かと仲良くなっても、メッキは剥げてしまうものよ』
「そうだね」
『でしょ?』
「君が本音を話してくれて凄く嬉しいよ」
『まあ、あなたには言葉も飾らない方がいいでしょうよ、剣士の怖さは知ってるから』
「そうなの?」
『剣士という人たちは、裏切りを本当に許さないから、そうなったら、討ちいってくるじゃない』
「そういう人たちもいるね」
『それなら最初からそのまま話した方がいいわよ』
「俺はそういう風に話してくれるのがとてもありがたいと思うよ」
『ああ、あなたの魅力がわかってないところは、そういうのもわからない社会っぽそうだし』
「それでもそこで生きていくと、生きてみたいと思ったんだけどもね」
『今からでも生きていけなくもない』
「えっ?」
『どうする?』
「それだと君と話す時間が無くなっちゃうね」
『えっ?』
「たぶん君のことだから、お金とか知り合いのツテを貸してくれそうだけども、そういうのはいいや」
『あら、いいの?』
「うん、君の力をそのために使うのは嫌だなって思って」
『へぇ~珍しい、欲がないというか、なんというか』
「それよりかは君の信頼の方が上だし、大事だからね」
「これからどうするの?」
「志願前に生活は戻るだけだよ」
『ちょっと待ちなさい』
すると何か呪文を唱えて。
『しばらくは新しいことをしないこと』
「何?占いか何か?」
『たぶんここですぐに何かを真面目にしていると、面白くないと思われて、邪魔が入るから、しばらくは新しいことはしない、稽古に、生活費が足りないならば、この近くで依頼を受けなさい』
「…」
『あっ、気になるならば信じなくてもいいわ、そこは任せる、急にこういっても、自分の人生だからね』
「う~ん、訳がなく君がそういうことを言う人ではないだろうとは思うよ、でも訳を聞かせてくれない?」
『あなたの悪口をいってる人たちに、燃料を与えてどうするの?』
「あいつら俺のことを酒の肴にしてたか」
『そういうこと、だからしばらくはおとなしくね、できれば年単位がいいのだけども、このぐらいの腕を持つ剣士をそのままってのももったないないから』
「なんかいい方法はあるの?」
『いい方法ね、この辺のパトロールという表向きはあんまり面白くもなさそうな仕事を受けてくれるのならば、私も動けるけども』
「じゃあそうする」
『早いわよ、そんなに人生早くに決断しちゃダメ、きちんと契約や約束ごとは裏とか読みなさい』
「普通はそうする、でも君が持ってきた話だからさ、いいかなって」
『もう、あんまりそういう顔をするとイタズラしたくなるわよ』
「君にならいいよ」
その時見せた表情はなんだかさっきまでても違う顔をしていて…
『??』
困惑した後に。
『ではこちらからそういう依頼は出しておきます、まっ、他の人が受けないとは思いますが』
「ここで誰かが受けたら、この後の話を潰す最大のチャンスなんだけどもね」
二人からすると一番の難所がここだったのだが。
「リハビリだと思われてた」
『まあ、2日ぐらいはそのままの内容で、今は準備しているから、あなたの宿屋ともこちらの仮設住宅繋げているから』
部屋を個室では用意するぐらいのメリットしかない見回りのお仕事という内容ではあるが。
「確保した個室もまあまあ普通だしね、夜は誰もいれないでっていう約束も宿屋は守っているみたいだし」
『あっちからノックしたら、こっちにも聞こえるから、すぐに戻れるわよ』
実際の本拠地は前回の仮設住宅よりも広いものになっていた。
『きちんと生活環境整えてないといい仕事なんてできないわよ』
聞けば吸血鬼とも交流があったそうで。
「人間にはない長期的な目線で蓄財をする能力は吸血鬼の強みね」
ここでいう長期的なは、一年とかそういう単位らしい。
『吸血鬼からするとせっかちらしいわよ、他の種族の時間で生きているから』
「知り合いにも人間と結婚した吸血鬼いましたけどもね、そんな感じかな」
『へぇ、どんな方なの?』
「奥さん大好きですよ、どういう方なんですか?って俺も聞いたことはあって、その時に」
赤い血、白い肌、青い肺のとても素敵な方なんです。
「その時は結婚前の一目惚れの時の話だっかな」
『その奥さまになられた方、瑠璃肺の患者さんなのね』
「写真だと青っぽく見えるから、瑠璃肺でしたっけ」
『そうそう、そうなのや、それは人に生まれても、人と生きるのは難しいものね』
「だから今は本当に毎週新婚旅行に出掛けているとか」
『そこまで行くと浮かれすぎだけども、よっぽどいい相手と知り合われたのね』
「だと思うよ、あんなに嬉しそうな姿を見るとこっちまで楽しくなる」
『そういえばあなたはどうするの?』
「どうとは?」
『そのうちいい縁談話も探しておくから、どういう条件がいいのかまとめておいてね』
「そういうのはまだ早いというか」
『こういうのは早いうちよ』
「そうかな」
『そうよ、年の離れた娘さんでもちゃんと来てもらえるようにぐらいは用意するから』
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『あら?やっぱりそっちは興味があるんじゃないの』
「いや、その…」
『でもそれだけじゃないから、ちゃんとあなたをどんな時でも味方になって、支えてくれるぐらい譲らない条件として入れておくわよ』
「魔王様の方は、次のお恋については?」
『(お恋?)私はいいのよ、もうそういうのに縁がないから、行ける人から行きなさいよ』
「意外と縁というのは身近なところにあるかもしれませんよ」
『それだったら、こんなに前の恋を引き摺ってるもんか』
「最近は前の恋についてどう思ってます?」
『えっ?そうね、今はあなたのことをまずやらなきゃならないから、思い出すこともこの頃はないわね』
「そのまま忘れちゃいなよ」
『忘れさせてくんねぇんだよ』
「どれだけヒドい男なんだよ」
『酷かったら良かったんですが、本当にそのまま幸せになるんだろうなって思ってたので、えっ、なんでそんな、あれか、砂糖がいらないコーヒーか、ごめん、気づかなくて』
「そうじゃないけども…」
『そういう話苦手なのね、ごめん』
「その男に会ってみたいな」
『会ってみる?』
「俺…どんな顔すればいいかわからなくなる」
『そうか、そうだね、いきなり上役の失恋相手とか言われても困るわね』
その後、退職剣士と失恋魔王はどうなったかというと…
「ちゃんと彼氏彼女で、最近は結婚の話も現実的に出ていますよ」
詳しい話を聞きたかったのだが、お相手とのエピソードなどは全く教えてもらえなかった。
「そこはほら、俺だけの物にしたいじゃないですか」
退職剣士は退職後辺鄙なところに土地を買って住み始めたのだが、この時退職金で買えるのがあそこしかなかったと言われている。
しかしその後、知り合いの吸血鬼などが目をつけ、かなりの財産を得たらしく、あの年齢の男性からするとかなり上位の収入となり、逃がさなきゃ良かったと彼を前から知る独身女性の中にはそういったものもいたという。
『あら、おモテになるのね』
「でもあれ、お金しか見てないし、お金無くなったら、一緒にどっか行っちゃうだろうしな」
『だけど、それがいいと…』
「俺は嫌ですよ、んでもってあなたと過ごす時間が一番だと前から言ってじゃないですか」
『変わった人ね』
「そうですかね、ただあなたの事が好きなだけなので、俺が死んだら、死神に持ってかれないように魂まで束縛してくださいね」
『そんなことを笑顔で言うな、重いわ!』
でもその日が来たら…
(やってはいけないとわかっても、頭に過ってしまいそうだ)
(その葛藤だけで俺は愛を感じます)
剣士の愛は、魔王の思惑よりもクッソ重い。
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