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第5章

49話

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「ヴィンス……どうしてここに……?」

 リーナは至近距離でヴィンスを見上げながら、信じられない思いで尋ねた。

 どうして、ここにいると分かったのだろう。
 どうして、来てくれたのだろう。
 あの日、ヴィンスは何も言わずに突き放したのに。

「ルシェから聞いたんだ……。お前が教会本部に連れ去られたと」

「ルシェが……」

 そういえばエフェルに連れ去られたあの時、カラスがやけに鳴いていた気がする。

「あと、これが森に」

 ヴィンスは上着の内ポケットに手を突っ込むと、何かを差し出してきた。

「これは……」

 ヴィンスの手の中にあったのは、シンプルな白いリボン。
 それは、いつもリーナが身につけていたものだった。

「お前のものだろう」

「ええ……落としたなんて気づかなかった」

 ヴィンスはリーナの髪をひと房掬うと、リボンをくくりつけた。

「無事でよかった。さっさとここから逃げるぞ」

「ま、待って!」

 抱き抱えてこようとするヴィンスを、リーナは慌てて制した。
 先程考えていたばかりだ。
 ここから逃げても何も変わらないと。

「ヴィンス、私……エフェルを説得したいの」

「エフェル……。桃色髪の男か?」

「え、ええ……」

 ヴィンスの口からエフェルの名前を聞き、リーナは僅かに身を固くする。
 堕天させられた際に以前の記憶は消えたはずだが、今のヴィンスもエフェルのことを知っているのだろうか。

 ここから逃げてたところで、きっとエフェルはリーナのことを探すだろう。逃げてもまたエフェルが現れるかもしれない、とリーナが言うとヴィンスは納得してくれた。
 
「あの男は悪魔よりもタチが悪い。自分以外の奴は道具としか思ってないからな」

「何か、あったの……?」

 ヴィンスの口調が苦い。
 地上に堕とされてからも、エフェルと何かあったのだろうと察せられた。

「ここまできたら隠す必要はないか……。昔のことなんだが、俺は契約させられたんだよ」

「契約……?」

 ヴィンスの口から紡がれた単語の不穏な響きに、リーナは眉をひそめた。
 
「俺が時折苦しんでいたのは知っているな? あれは、聖女が現れる前後になると症状が出る。最初の聖女が現れた時、あの男は俺の前に現れた」

『お前のその苦しみは、聖女の魂を喰らえば治まる。聖女は教会の手にある。これは契約だ。聖女が欲しくば聖女の身内を殺せ』

 エフェルはヴィンスにそう言い、契約を迫ったという。

「俺は、身体の内を蝕む苦しみに耐えられず、契約を結んだ」

「そんな……」

 エフェルが何故そんな契約を言い出したのか、リーナには分からない。
 だが、決して良い理由では無いだろうと感じた。

「身体の奥が、聖女を求めるんだ。聖女の魂を喰らったら、苦しみが治まる。だから俺は、何人も殺してきたんだよ。聖女も、周囲の人間も。悪魔らしくな」

 ヴィンスが自嘲気味に笑う。 
 その様子に、リーナの胸が苦しくなった。

 無意識のうちにヴィンスは聖女を、リリアの魂を求めていたのではないだろうか。
 自惚れかもしれないが、そう思う。

 リーナはつま先立ちをして、ヴィンスの唇に自身のそれを重ねた。

「ん……っ」

 ほんの少し押しつけて、直ぐに離す。

「お、おい……」

 珍しくヴィンスが戸惑う様子を見せる。
 リーナは真っ直ぐにヴィンスを見つめた。

「ヴィンス、私はそれでもあなたが好きよ」

「お前を喰らうかもしれないぞ」

 リーナの告白に、ヴィンスが一瞬困ったような顔をする。
 その言葉から、リーナを喰らってしまうかもしれない、というヴィンスの恐怖が感じられた。

「それでも構わない。私はあなたを――んっ!」
  
 リーナの言葉は最後まで続けられなかった。
 ヴィンスに、唇を塞がれたからだ。

 
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