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第5章
48話
しおりを挟む自分が暮らしていた教会はどちらの方角にあるのだろう。
ヴィンスの暮らす洞窟は、どちらだろう。
リーナは窓ガラスに手をつき、外を眺めていた。
この部屋の窓はとても大きく、天井までガラスが広がっていて空まで見渡せる。
窓の外には鈍色のどんよりとした雲が空をおおっていた。
昼前から雲行きは怪しかったのだが、夕方になった途端崩れ、地面を叩く雨音は大きくなるばかりだ。
遠くの方ではごろごろと雷鳴が唸り、徐々にこちらへ近づいてくるようだった。
(ヴィンスは、大丈夫かな)
あの悪魔は、苦しんではいないだろうか。
雨が酷い。
洞窟の中は冷えそうだから、余計に体調を崩していないか心配だ。
「はぁ……」
ヴィンスに何日逢えていないだろう。
突き放されてから大して日にちが経過していないというのに、リーナはもう何年もヴィンスと顔を合わせていないような感覚だった。
ヴィンスに逢いたくてたまらない。
離れているからこそ、余計に想いが募る。
(ヴィンス……)
いつの間に、こんなにもヴィンスのことを好きになってしまったのだろう。
リリアであった頃、種族的に長い寿命を持つにも関わらず、ヴィンスを好きになったことはリリアにとって初恋だった。
そしてリーナもまた、シスターだったせいももちろんあるが、誰かを好きになったのはヴィンスが初めてだった。
自分で自分を嫌になる。
ヴィンスを好きになったことが、全ての原因なのに。
それなのに。
生まれ変わっても恋に落ちたことは運命なのではないか、と馬鹿げたことを考えてしまう。
「はぁ……」
リーナがもう一度ため息を零す。
扉には鍵がかけられており、この窓ガラスも当然だが開かなかった。そもそも窓には鍵さえ見当たらない。
だが、仮にここから出られたとして、逃げてどうなるというのだろう。
エフェルをどうにかしない限り、何の解決にもならないのではないだろうか。
リリアに対して強い執着を抱いているエフェルなら、逃げても探し出されそうだ。
(説得するにしたって、どうしたらいいんだろう……)
エフェルはリーナに、度々「リリア」と呼びかけてくる。
そもそもエフェルは、リリアはもういないということを理解しているのだろうか。
リーナはリリアではないということを、理解しているのだろうか。
「はぁ……」
一向に考えがまとまらない。
リーナが三度目のため息を吐き出した、その時。
視界に黒い羽が入ってきた。
「え……」
雨に濡れた漆黒の羽が、雨粒をはじきながら艶やかに羽ばたいている。
(まさか……)
そのまさかだ。
はっと顔をあげると、ガラスの向こうでヴィンスが黒い羽を動かし宙に浮かんでいた。
雨が降りつける中、こちらに向かって何か叫んでいる。
(な、何!? 聞こえないのだけど!!)
ガラス越しな上に雨の音が大きく、何を言っているのかさっぱりだ。
ヴィンスは窓ガラスに近づくと、片手をガラスの表面に当てた。
すると、ヴィンスの手が触れている場所が溶けていく。
それはまるで、熱に触れてしまった氷のように。
窓に人が入れるくらいの穴が開くと、ヴィンスは部屋の中に飛び込んだ。
「リーナ……!!」
「きゃ……!」
飛び込んできた勢いのままヴィンスに抱きしめられ、リーナは小さく悲鳴を上げた。
雨に打たれていたせいもあり、ヴィンスの身体はいつも以上に冷たい。
「無事だったんだな……。よかった……」
ほっと安堵の息を吐くヴィンスに、ヴィンスが目の前にいるということの実感がリーナの中に湧いてくる。
「ヴィンス……!」
リーナは自分のネグリジェが濡れるのも構わず、ヴィンスを抱きしめ返した。
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