暴君みたいな女の魔手から俺がこの先生き残るには

水無月14

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本心

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 この上なく気まずい空気。
 メソメソとすすり泣くハルカに何と声を掛けたらいいのか分からない。
 そんなお通夜ムードを払拭すべく思いついた気の利いた言葉――。
 少なくても俺にとってはそれ一択だった。
 「あのさ……なんか飲みものでもとってこようか?」
 「いらない」
 「じゃあ、ティッシュ……」
 「いらない」
 「何か欲しいものとかあれば――……」
 「なにもいらない」
 なにかしら会話の糸口に繋がればと思ってのことだったが、そのすべてが事実上無駄に終わった。
 結果、どんよりと重く圧し掛かってきた空気。それはある種の拷問に等しい。
 「すまん……」
 二人が異性として俺を意識してるなんてことは俺にとって希望的観測だった。
 だから二人のアプローチには今の今まで気付けなかったわけだが、こうして事実を知ってから考えるとそうだと思える節がいくつもある。
 自分が馬鹿だという自覚はあったが、今はそんな自分の馬鹿さ加減が呆れるほどに嫌だった。
 「転校してきた時さ。私もトーマも関西弁だからクラスで浮いたでしょ?」
 「ああ、そう言えばそうだったな」
 「男子はすぐに受け入れてくれたけど、女子はそうでもなかった。同性の中で孤立した私をトーマが遊びに誘ってくれた時ね。私すごく嬉しかったの」
 ここ最近では見せた事がない朗らかな表情を浮かべるハルカ。
 一方で俺はというとその出来事を全くと言っていいぐらい覚えていなかった。
 おそらく当時の俺からすれば取るに足らない些細なことだったのだろう。
 僅かに覚えてる事と言えば、小学校時代のハルカは生まれたばかりの雛鳥が親鳥の後を追いかけるみたいに俺の後を追い回してきたということぐらいだ。
 「今思えばあの頃から惹かれてたんだと思う」
 「その言い方だと当時は自覚がなかったってことか?」
 「……あの時は三人一緒にいるだけで楽しかったから」
 どこか儚げな表情。その姿はカエデと重なって見えた。
 異性云々を抜きにして純粋に友達として付き合えた小学校時代。
 馬鹿みたいなことをして笑い合ったり、時には些細なことで喧嘩もした。
 もっとも喧嘩の方は俺が馬乗りにされてボコボコにされた記憶しかないが……。
 「でもその状況が変わったのは中学の時から」
 「……俺が遠藤や高林と遊び始めてからだよな」
 「うん。男友達と仲良くなることは私なりに理解はしていたつもりなんだけどね。お母さんも男の子は女の子と一緒にいるのが恥ずかしく思う時期があるって言ってたからそれが普通だと思ってた。一時的なものでいつかは元に戻るって……」
 ――俺は馬鹿だ。
 ハルカは元の関係に戻ることをずっと待っていたというのに、俺はいつからかハルカに嫌われていると勝手に思い込み、厄介者扱いしてきた。
 ホームラン級の勘違い大馬鹿野郎。自分で思う以上のろくでなしだ。
 「でも違った。元に戻るどころか、トーマはどんどん私達から離れていった」
 「それは違う。誤解だ」
 「そう思ってるのはあんただけ。カエデも私と同じように思ってる」
 すでにカエデからその話を聞いていただけにぐうの音も出ない。
 たとえ俺がそのつもりでなかったとしても二人がそう感じた以上は、それが紛れもない真実。元を辿れば俺が招いた結果だ。
 まさにそれは自業自得だったが、どうしようもない心苦しさが募った。
 「悪かった。けど俺はお前達と距離を置こうとは思ってなかった」
 「そんな事……後からなんとでも言えるでしょ」
 「腹を割って話せる機会にそんなつまらない真似はしない」
 「フン、それはどうだかね」
 不機嫌ながらもベッドを椅子代わりに使う俺の隣に座ってきたハルカ。
 言い訳ぐらいは聞いてやろうといったところか。
 癖なのか女王様みたいに足を組むのはいつも通りだった。
 「私が彼氏作ろうとした時も止めなかったよね?」
 「今ならその意図が俺の気を引くためだったと分かるが、その時に気付けってのはさすがに酷だろう」
 「トーマから見て私には女としての魅力がない?」
 「いや、女としては十分魅力的だと思うが……」
 ――ただし、暴力的な性格を除く。
 それ以外がなまじ完璧なだけに“玉に瑕(きず)”という言葉がこれほどまでに似合う人物を俺は他に知らない。
 「ホントにホント? 嘘じゃないよね?」
 「俺が嘘までついてお前を喜ばせる趣味がないのはよく知ってるだろう?」
 「……うん」
 「なら、そうゆうことだ」
 普段の暴君っぷりはすっかりナリをひそめ、ハルカはしおらしい表情を見せる。
 こうやって面向かって話をするのはずいぶんと久しい。
 本音を言い合える――ランドセルを背負っていたあの頃を思い出す。
 「今までごめんなさい」
 「いきなりだな……」
 「どこから謝ればいいのか分からないけど、いっぱい酷いことしてきた」
 「俺は別に気にしてないよ」
 「トーマが気にしてなくても私が気にしてる。感情を消化するのがヘタな自分の欠点を八つ当たりという形でトーマを捌け口に使ってきた。ウザがられて当然なのに、トーマに避けられてると思うだけで勝手に傷ついて拗ねてさらに傷つけての悪循環。本当は私なんかがトーマを好きでいられる資格なんてないのに……自分勝手でごめんなさい」
 謝罪の言葉と共に深々と頭を下げるその姿は普段よりもずっと小さく見えた。
 そして今だから分かる。
 ハルカは俺が思っているよりもずっと弱く儚い女の子だったのだ。
 ――不覚ながら俺の心がときめくほどに……。
 そうだと知り、俺の中で今までにハルカから受けた理不尽への怒りが成仏するように帳消しになったのだけは確かだ。
 「いろいろと至らなくてごめん」
 「謝るのは私の方でしょ」
 「そうは言っても俺が元凶なわけだし……」
 「比率でいうなら断然私の方が悪い」
 「だからそれは気にするなって」

 「……だったら、これ以上私を泣かすような真似しないでくれる?」

 「根が泣き虫なのは昔から変わってなかったんだな」
 「馬鹿……」
 特に何かを意識したってわけじゃない。言うならば、ただなんとなくだ。
 ただなんとなく昔のようにハルカの頭を優しく撫でて泣き止まさせようとしたが、どうやらそれは俺の思惑通りにはならなかったらしい。
 ハルカの目から零れ落ちる涙の量は減るどころかむしろ増えてしまった。
 逆効果と知り、慌ててハルカの頭から手を引こうとした時だった。
 「待って」
 「ん?」
 「もう少しこのまま」
 「お、おう……」
 エスパーを思わせる反射速度で俺の手首をがっちりと掴むハルカさん。
 目を腫らしながらもどこか満足げな表情。そんな表情を見せられると自分の目がいかに節穴だったのかと嘆きたくもなるからやめていただきたいものだ。
 「ごめん、ありがとう。今日はもう帰るね」
 覚悟を決めたのか、ハルカはそう言って足早に俺の部屋から出て行った。
 途端に嘘のように静まり返る俺の空間――。
 あまりにも唐突過ぎて何もかもが夢のようにさえ思えたが、ハルカが愛用する香水の残り香だけがそれは現実であると俺に語りかけてきた。
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