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第9話 凄いコントロール(前編)

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「う~む。なんか釈然としませんし、不本意な形での降板になっちゃたけど…ま、いいか!それじゃキャッチャーは俺がやりますね」

 何だかんだ言いつつもウキウキ顔で防具を付けに行く由自。心配になった先輩部員が輝明に声をかけた。

「あ~、まああの馬鹿な先輩はピッチャーとしては史上最低レベルだけどキャチャーとしては出来る子だから。それにアレの後だから多少外れても文句言う人はまずいないから気軽に投げてくれ」

 先輩部員の言葉に頷いた直後にグローブを外して西村に手渡した。どうしたのかと思っていたら輝明は手渡したグローブを指差した後に右手を叩いた。

(グローブ、右手?…あ)

「もしかして君左利き?」

 聞かれた質問に輝明は頷き、それを見て西村は急いで部室へと走って行き、左投手用のグローブを持って戻って来て輝明に手渡した。

「一応部室に置いてあるやつで一番小さいのを持ってきたんだけどサイズどう?合いそう?」

 輝明はグローブを填めて『バシィ、バシィ!』と軽く叩き感触を確かめてからOKマークをした後に軽くお辞儀してマウンドへと小走りして向かって行った。その最中輝明は既にマスクとプロテクターを装着しマウンドで待っていた自由が視界に入った。

 この人はあれだけ大きく枠を外していた。ストライクだって殆ど取れていなかった。にも拘わらず終始ずっと笑顔でとても楽しそうだった。他の人達も何だかんだ~。このマウンドで投げればその答えが分かるのだろうか?僕もこの人みたいに笑ってプレイする事が可能に…そのヒントを掴む事が出来るのだろうか?

「ふっふふ、まさか早くもバッテリーを組むことになるとは。これはまさに運命だな少年!」

(運命…)

「遠慮せずにどんどん投げてきてくれよ!」

 そう言うと自由はすぐさまホームへと走って行った。その直後輝明はマウンドの足場を確認してから一度ホームで待ち構える自由の方を見た後に左右それぞれを見渡した後で再び自由に視線を戻した。

(初めて入ったグランド故の真新しさもあるんだろうけど今までこういう風にマウンドからキャッチャーボックス以外を見ようとした事なかったから新鮮に感じる。それに誰かに投げるのも随分久しぶりだな)

 これまでも家で毎日投げて来た18.44mだったが輝明には景色とはまた別の意味でいつもと少し違うように感じられた。そしていつものようにボールに掛ける指に力を入れて投球モーションに入ろうとすると過去の光景がフラッシュバックして立ち止まらせた。

(遠慮せずにって言われたけどやっぱり…失礼だけど最初は…)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「大丈夫かな、あの子マウンド上げちゃって」

「まあ大丈夫だろう。少なくともあの馬鹿をマウンドで投げさせ続けるよりは」

「そうじゃなくて中学生を高校のマウンドに上げてるのって問題にならないかな?」

「…まあ、気にするな。あの馬鹿のやらかした事を考えたらどうせもろもろ闇に葬らないといけないんだから」

「まあ確かに」

 ”パァン”

「あれ?」

 ”パァン” ”パァン” ”パァン”

 話し込んでいるとキャッチャーミットからボールを収めた際の捕球音が聞こえてきてそちらの方に視線を向けると輝明が次々とキャッーミットにボールを投げ込んでおり、予想外の投球に野球部の面々が驚愕した。

「お、おおぉー!すげぇ、ちゃんと捕手の構えたミットにボールがいってる!ストライク投げられてるよあの子!」

「さっきまで投げてた誰かさんがノーコン中のノーコン。キングオブノーコンだったから尚更凄い光景に見えるな」

「普通のやり取りの筈なのに…俺、なんか感動するよ!」

「俺もだ!」

 ふぅ、こっちなら大丈夫そう。けど何で他の人、涙目になってるんだろう?そんなにピッチャー役するのが嫌で回避できたのが嬉しかったのだろうか?

「それじゃ色々リセットしてノーアウトランナー無しから、プレイ!」

 ”シュッ” ”パァン”

「ストライーク」

「おお、バッターがいてもちゃんと枠の中に入れてストライク取れてる!」

「それに結構スピード出てるな。120kmくらいは出てない?」

 ”シュッ” ”パァン”

「ストライク、ツー」

「連続でミットに…」

「普通のチームなら当然の光景なんだけど、なんか涙でてくるよ」

「俺はバッターボックスでいつ来るかわからない死球《デットボール》に怯えずに済む有難さに泣きそうだ」

「ありがとう中学生君!君は俺らの救世主だよぉー!」

 …ただ投げているだけなのにお礼言われた。他の人も何人か泣いているように見えるし。まあ、さっきのコントロールの酷さは類を見ないレベルだったもんな。バッターの人は自分の番になるの怖がってたみたいだしこれが普通の反応…なのかな?

 ”シュッ” ”カキ―ン”

「おっ、センター前」

「ナイバッチ」

 ”シュッ” ”カキ―ン” 

 ”シュッ” ”カキ―ン”

 続く二人目、三人目もそれぞれ輝明の投げたボールを打ってヒットとし、それぞれ喜びで笑みが零れた。

「いや~気持ちい!こんなに楽しく打てるの久しぶりかも」

「俺もっすよ!いや~あの子天使だわ~。アタッ!」

 打球を飛ばした感触に浸っていると西村が二人の頭を小突いて怖い顔をして両者を睨んでいた。

「おい、お前ら何普通に打ってんだよ」

「何って、あんないい球が来たら普通打つに以外ないだろう?」

「馬鹿かてめーら!わざわざマウンド上がってくれてんだからもっちょっと空振りと凡打とか気を遣えよ!気持ちはわからなくないが三連打だぞ!さ・んれ・ん・だ!」

「「あっ」」

「もしこのまま進んであの子が『もうやりたくないです』とか言ったら最悪またあの地獄絵図に逆戻りだぞ」

「「そ、それは!!」」

「その時はお前らに代わりに滅多打ちの刑投手をやってもらうからな」

「「それも嫌だぁ――!!」」

「嫌だよな?俺もなるべくそうしたくはない。それにこんなチャンスを逃したくもない」

「「チャンス?」」

「論外《由自》や楽しいだけの打撃が出来る投手俺らと違ってコースは甘々だけど実践に近いいい感じの速さの球投げてくる子がわざわざ投手務めてくれるてるんだ。元々非常時の守備練習も兼ねてるんだしなるべく野手の正面に打つようにした方がいいだろう」

「確かに」

「で、チャンスってのはその事?」

「それもあるがもっと別の事だ。なあ、あの馬鹿《由自》があの中学生君を拉致って来た時に言ってたことを覚えてるか?」

「えっと、確か『学校の周りを歩いていたところを…』って言ってた気がするけど。それがどうかしのか?」

「あの子のあの制服、あれって確か松村中のだ。けど松村中からうちまでは結構距離があるし、そもそも通う範囲がだ」

「そう言えばそうっすね。あれ?じゃあ何でこんなとこ歩いてたんだろう?しかも制服で」

「これは俺の予想だけど多分あの子うちを受験して、合格したから学校を見に来てたんじゃねーかな?。全く関係ない理由があったのかもしれんが普通に考えりゃ他にこの時期にうちの周辺を歩いてる理由なんかでてこねえからな」

「そうの予想通りだとうちの生徒になる。そしてゆくゆくは…」

「野球部の一員になる!」

「そう、問題はそこだ」

「そこ?」

「どこっすか?」

「今の彼の野球部に対する印象ってどんな感じだと思う?」

「どうって、う~ん。まず彼を連れて来た(?)前沢のやり方に問題大アリでしたから大半の中学生ならこれだけで部に入りたくなくなるのに十分なマイナス要素っすね」

「それにその後もストライクの入らない投球練習とか死球《デットボール》を連発するピッチングと呼べないなにかと中田たちの珍妙な勝負…あれ?好感度アップに繋がる場面が…」

「そう、ないんだよ。マイナス要素になるところしか。しかもピッチャーやらした直後は考えずバカスカ打ってるんだからな。今のところ彼の俺らに対する評価は良いとこ変人の集まり、最悪だと二度と関わりたくない集団だ」

「そ、そうなると入部してもらえなくね!?」

「そうだ。それだけなんとしてもそししなくちゃいけない」

(お前は分かってんな法川?)

(任せろ西村、派手に空ぶって凡退してくるぜ!)

 無言問いかけに法川は親指を立てて返事をし、バッターボックスへと歩いて行く。

(このボール…もしかして)

「すいませんちょとタンマ」

 部員たちがアイコンタクトしている中で由自は輝明のボールを受けていてふと気になる事がありマウンドへと駆け寄っていた。

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