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第7話 壁尻

① かべじり?

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 ブライェド大洞窟。
 今から遥か昔。
 魔王が魔物の王として世界に君臨していた頃の時代。
 この世界に初めて現れた“勇者”が、魔王城へと向かうために潜り抜けた、最大のダンジョンとして知られる。
 魔王もまた勇者を迎え撃つために魔物の大群をこの洞窟へ配置したため、勇者は死闘を余儀なくされたという。

「――それが、ココですよ!!」

 ビシッという音が聞こえてきそうな程見事なポーズで洞窟の入り口を指さすのは、赤髪を肩まで伸ばした美少女――イーファ。
 ポーズを決めた際、その大きな胸がプルンと揺れたのだが、ヴィルは指摘することを我慢する。

 イーファは学園を出立してから旅装束に着替えていた。
 前に出て戦うことを想定したのだろう、今の彼女は動きやすいスパッツ姿だ。
 全く持って“魔女”らしくない格好だったが、イーファの特性を考えれば妥当なものでもある。
 ただ、妙に下半身に張り付きすぎているせいで、お尻とか色々と分かりやすく・・・・・・なっていた。

(注意しておいた方がいいのだろうか?)

 はしたない装いとなってしまっていることを指摘すべきか、ヴィルは悩んだ。
 過度な露出があるわけでも無く、また本人も自分の服装を気にしていないので、今時の女性にとってはこれ位許容範囲なのかもしれない。
 だとすると、寧ろ自分が変な目で見ているだけな可能性も捨てきれず……

 ちょっとした葛藤をする青年の耳に、別の女性の声が入った。
 もう一人の旅の同行者、銀髪の聖女エルミアだ。

「ここが、かの有名な……」

 彼女はイーファの隣で感嘆の息を吐いていた。
 こちらも当然制服姿は辞め、白を基色としたシスター服を着ている。
 全体的に見ておかしいところは無いはずなのだが、所々身体のラインがモロに出る作り。

(……まあ、エルミアだからなぁ)

 彼女に関しては、平常運転なので気にしない。
 寧ろ、真面目な顔をして洞窟を見つめている方が意外である。
 いくらエルミアといっても、勇者ゆかりの場所には思う所あるのだろうか。

「凄いですよね、先生!
 ここでかつての勇者は魔王軍と激闘を交わしたとか!
 初代四天王との因縁もその戦いで生まれたそうですよ!」

「ほほぅ」

 興奮気味に、イーファ。
 以外にもこの少女、勇者オタク――もとい、勇者に対して造詣が深いらしい。
 学園に居た時には見なかった顔だ。

 ちなみにイーファはまだヴィルのことを先生と呼んでいる。
 普通に呼んでほしいと頼んでみたものの、今更変えるのは難しいとのことだったので、そのままなのだった。

「さあ、では向かいましょうっ!!
 初代勇者が巡った冒険の一端を垣間見に!!」

「そうだな」

 返事をしてヴィルはブライェド大洞窟の入口へ――その入り口のすぐ横にある、旅人用の迂回通路・・・・・・・・へと脚を運ばせるのであった。
 ブライェド大洞窟はとにかく内部が広大で入り組んでおり、移動手段として用いるには余りにも不便なのだ。
 そのため、王国は大規模な工事でトンネルを掘って、通行手段を確保したのである。
 実際、街道を歩く他の旅人達は皆そちらの通行用トンネルへ向かっていた。

「ってちょっと待って下さいよ!?」

 そんなヴィルを、慌ててイーファが止めてくる。

「ここまで来たんですよ!?
 なんで迂回しようなんて判断が下せるんですか!?」

「そうは言ってもな」

 頭を振りながら、ヴィルは答える。

「この大洞窟を通るのは流石に時間がかかり過ぎるだろう。
 迂回路を使えば今日中に山の向こうへ抜けられるが、こっちを使えば1日以上余分に時間を消費する。
 ずっと暗い洞窟の中を移動しなけりゃならないし、確実に洞窟の中で野営する嵌めにもなる。
 特別急いでいるわけでもないが、面倒は少ない方がいいんじゃないか?」

「だ、だって、初代勇者の軌跡が体験できるんですよ!
 王国が軍を上げて魔物を駆逐したおかげで、中は安全って話ですし!
 勇者の一団メンバーとして、この洞窟は避けちゃいけないと思う訳ですよ!」

「しかしなぁ……」

 渋る青年に、別方向から声をかける。

「良いではないですか、ヴィル」

「エルミア?」

 イーファに助け船を出したのは意外なことにエルミアだった。

(こいつの性格からして、大洞窟を使うのは嫌がると思ったんだが……)

 そんなヴィルの予想に反して、彼女はブライェド大洞窟を通ることに賛成のようで。

「イーファの言う通り、私達は“勇者の一団”なのですから。
 過去に学べる機会をむざむざ取り逃すことは無いと思うのです」

「……むぅ。
 まあ、そういうものか」

 別段、ヴィルとしてはどちらを通っても問題はないのだ。
 エルミアもイーファも大洞窟のルートにしたいと言うのであれば、強硬に主張するつもりもない。
 青年は少女達の意向に従い、ブライェド大洞窟へと向かうことにした。

「……先生って、なんかエルミアさんに甘いですよね」

 後ろから、呆れたようなイーファの声。
 ――否定しきれないところはある。






「ほほー……はへー……」

 暗い通路に、イーファの声が響く。
 彼女は洞窟のあっちこっちを興味深く眺めながら歩いている。

(それほど物珍しい洞窟でもないんだがなぁ)

 過去に何があったかはともかく、少なくとも現在の見かけ自体はよくある洞窟に過ぎない。
 もっとも、今目を輝かせている少女にとってはその限りでないようだ。

(まあ、かなり歩きやすくはあるな。
 流石、国が主導して工事しただけある)

 ヴィルはヴィルで、王国の土木整備技術について評価していた。
 いや、この程度であれば帝国でも十分可能だが、この工事をしたのは相当な大昔。
 その時点でこれだけの工事が行えたことは、十分に驚嘆すべきことである。

「かなり入り組んだ作りになってるのねー」

 ぽつりとエルミアが呟く。
 一目が無くなったからなのか、いつの間にか口調が性女になっている。
 同行者2人とも、それを気にしない程度には慣れているが。

 ヴィルは彼女の台詞に反応し、

「そりゃそうだろう、勇者を阻むための迷宮なんだから」

 先程から、上っては下りて、下りては上り、右に行ったり左に行ったりぐるぐる回ったり。
 実は、かなり忙しなく動いている。

 イーファはニコニコと笑って、

「このブライェド大洞窟完全攻略ガイドブックが無ければ、道に迷ってたかもですねー」

「何故君がそんなものを持っていたのか謎なのだが」

 訝しむヴィル。
 実際、その本に大分助けられてはいるのだが。

「王国が発行してるんですよ。
 学院の購買部でも売ってます」

「……そうだったのか」

 そういうところで、工事にかかった費用を少しでも回収しているのかもしれない。
 そんなやりとりの一方でエルミアは眉を顰め、

「でもこの調子じゃ到着に時間かかりそうね」

「到着?」

 やや不自然な言葉がヴィルの耳に入る。

「うん。
 ヴィル、知らないの?
 このブライェド大洞窟の奥で、今壁尻が大流行してるのよ」

「カベジリ?」

 聞きなれない単語だった。

「あれ、知らない?」

「聞いたことも無いな」

「珍しいわね、ヴィルにも知らないことってあるんだ」

「そりゃあるだろう」

 自分が博識であるという驕りを持っているつもりは無い。

「アタシも知らないですねー」

 この会話が耳に入ったのだろう、イーファも加わってきた。

「イーファもなの?」

「はい」

「ふーん、思ったより知名度無いのかしら?」

 思案顔なエルミア。
 しかしその直後、何かを思いついたのか表情を明るくさせる。

「じゃあ、百聞は一見に如かず。
 実際に見てみましょう」

「そんな簡単に見れるものなのか?」

「魔物とかじゃないですよねー?」

 訝しむヴィルとイーファを先導して、エルミアは洞窟を歩いていく。
 しばしすると、彼女が唐突に声を上げた。

「あ、あった!」

 エルミアの指したのは、壁だった。
 いや、正確には壁に空いた“穴”。
 彼女はそこに駆け寄ると、穴のサイズを入念に確かめだす。

「うん、丁度いい大きさね。
 ちょっとイーファ、ここ、潜ってくれない?」

「え?」

 急に話を振られ、戸惑った様子のイーファ。

「でもエルミアさん、この穴を通らなくてもすぐそこの角を曲がれば向こう側へ行けそうですよ?」

 彼女の言う通り、壁の向こう側には少し回り込めばすぐにたどり着ける。
 いちいちこの穴を使う必要はないのだが……

「ここを潜ることに意味があんのよ!
 ほらっ! 壁尻の意味を知りたいんでしょ、ブツクサ言わない!」

「は、はぁ……ってエルミアさん、押さないで!
 やりますっ! 自分でやりますから!
 痛いですよー!」

 煮え切らない態度のイーファをエルミアが後ろから押し、無理やり穴へと追い込む。

(まあ、特に危険は無さそうだし、いいか)

 ヴィルはと言えば、そんな2人の対して傍観を決め込む。
 そうこうしている内に――

「ふむ、こんなもんね」

「……うぅぅぅ」

 ――赤髪の少女は穴へ押し込められていた。
 上半身は穴の向こう側。
 下半身はこちら側だ。

「あ、あのー、エルミアさん?
 この穴、結構きつくって……身動き、とれないんですけど」

「そりゃそうよ、そういう穴を探したんだから」

 確かに、彼女の腰は穴にすっぽり嵌っていた。

(……イーファはまあ、なんというか、スタイルがかなりいいからなぁ)

 少女の大きなお尻が災いしたようである。
 スパッツに覆われた丸い巨尻が壁から生えている様は、実のところかなりソソル。
 ちなみにおっぱいの方も相当なものなのだが、そこはエルミアが強引に押し通したようだ。

「ねえ、ヴィル。
 壁尻のこと、分かってくれた?」

「そうだな、なんとなくは」

 つまるところ、ギリギリで通れそうな穴へと無理に入り込み、下半身がつっかえてしまうアクシデントのことを壁尻と呼称するのであろう。
 ちょっと人には見せたくない、恥ずかしく間抜けな失敗なだけに、敢えて専用の名称がつけられたというところか。

「せ、先生ー。
 見てないで、そろそろ助けてほしいんですけど……」

 壁の向こうから弱々しいイーファの声。
 ヴィルはそれに応じ、

「ああ、悪かったな。
 今、穴から出してやる」

「ちょっと!!」

 イーファを救出しようとしたところで、エルミアが待ったをかけた。
 彼女は不機嫌そうな顔をして、

「全然分かってないんじゃない!」

「え、何がだ?」

「壁尻のことよ!!」

「それは分かってる。
 冒険者が陥りがちな失態のことを壁尻と称しているのだろう?」

「ち・が・う・わ・よ!!」

 違うらしい。
 しかし、だとすれば何なのか。

 こちらが要領を得ないことを見かねて、エルミアは大きくため息をついてから、

「あーもう。
 見てなさい、これが壁尻よ!」

 つかつかと、イーファの――正確にはイーファの下半身へと近づく。
 そして――

「さて、と♪」

 ――何の躊躇も無く、穴に引っかかっている尻の、その股の間へと手を差し入れる。


「へ? ちょっ? え?
 あ、そこ、は――あぁあああああああああっ!!?」


 洞窟に、イーファの甘美な声が響き渡った。



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