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「どかない」
「どけったら!」
「頭冷やせよ、由宇!」
由宇は聖の手を振り払い、身体を押しのけようとする。だが足に力が入らずバランスを崩す。
聖はとっさに由宇を支えようとして手を伸ばし、結果的にもつれ合うようにしてベッドに倒れこんだ。
柔らかいマットレスが敷いてあったため、痛みはほとんどなかった。
自分の上に折り重なっている由宇の重みを感じて、聖は薄く目を開いた。そして息が止まるかと思った。
由宇はびっくりするほど悲しい顔で聖のことを見下ろしていた。
かつて見たことのない表情に、聖は別人と相対しているような心地がした。
「……ごめん」
由宇は突いていた手を離す。聖は身を起こして、ゆるく首を振った。
「こっちこそごめん。由宇は俺のことを心配して言ってくれたのに」
「そうじゃないんだ」
「え?」
思わぬ返答がかえってきて、聖は目を丸くした。
由宇は苦悩を滲ませて顔を歪めている。
形のいい唇が、何かに塞き止められるようにしていた思いを、ゆっくりと丹念に織り込んで言葉にする。
「俺はいつもそうやって嘘をついて、言い訳してた。本当は俺、お前のそばにいたいだけなんだ」
熱のこもった視線が聖に注がれる。由宇はじっと身じろぎもせず聖の言葉を待っていた。
聖は目を瞬かせると、おずおずと上目使いになって言った。
「でも、由宇は俺のこと嫌ってるんじゃ……」
「嫌ってる?!俺がお前を?何で?!」
心底驚いたように由宇が問い返す。聖は視線を移ろわせた。
「だってさっき、俺のこと友達って言うのを躊躇ってたし」
(それにヴァンが……あいつがそう言ったんだ)
ヴァンの言動は突飛で理解不能だが、彼の言うことは驚くほど当たっていた。
遥と話す由宇の姿はいつもよりもずっと打ち解けて楽しそうで、聖は完全に意気消沈していた。
聖の様子を見て、由宇は全身の酸素を使い切るくらいの盛大なため息をついた。
「……、お前なあ……」
うつむきながら困ったような顔で、がりがりと頭を掻く。しかし由宇の横顔は、どこか柔らかかった。
「何で俺が、嫌いな奴のためにわざわざ除霊師紹介したりするんだよ」
呆れた顔で由宇は言った。
聖は頷き、納得しながらも、
「そりゃあ、そうだけど」
「つまらない心配する前に、自分の身を心配してくれよ。頼むからさ」
由宇はどこか哀しく苦笑しながら、真心のこもった声で言った。
それは彼が教室で見せる、いつもの頼りがいある姿だった。
(よかった。いつもの由宇だ)
聖は心の底から安堵し、自身もようやく微笑み返すことができた。
それからあの日、月代家の屋敷で起こったことを一部始終話すと、由宇は鼻に皺を寄せた。
「わざわざ結界破ってまで助けるなんて、お前ってほんとに甘いよな。まあ、そういうところが聖らしいっちゃらしいけどさ」
「ごめん。せっかく遥さんのこと紹介してくれたのに」
聖は肩を縮めてうつむいた。何だか昨日から謝ってばかりのような気がする。
それもこれも、全てあの身勝手な吸血鬼のせいだと思うと、だんだんヴァンが憎らしく思えてきた。
(由宇や遥さんの言うとおりだよ。何で俺はあそこであんなに躊躇ったりしたんだろう)
「だけどさ、聖」
大人しくベッドに戻った由宇は、真顔で切り出した。
「今度そのヴァンって奴が現れたときは、ちゃんと遥さんの言うことを聞いて祓ってもらわなきゃ駄目だぞ。お前の身体が危ないんだかな」
「うん、分かってるよ」
聖は従順に頷いた。由宇はその覚悟を訝るように目を細める。
「お前さ、もしかしたらヴァンに同情してるのかもしれないけど……そいつは力を得るためにお前の血を欲しがってるんだろ?復活のためにお前を喰らって、利用しようとしているんだろ?たとえ視えないものだからって、殺生はむやみに行うべきじゃないと思うけど、そいつは十分殺されてしかるべきだと思うぜ。自業自得ってやつさ」
由宇はヴァンの心情を斟酌する気はさらさらないらしく、あっさりと斬って捨てた。
聖はまた胸が波立つのを感じて、思わず言った。
「だけど、だけどあいつは、俺と由宇を助けてくれたんだ」
「何だって?」
由宇の顔色がにわかに険しい色に変わる。
聖は勢いに任せて、おもむくままに思いの丈をぶちまけた。
「ごめん。由宇に嫌われるのが怖くて言えなかったけど……あのとき、本当は俺、もっと早くにあの場所についていたんだ。ヴァンは……あいつは全てが視えていて、由宇が袋だたきに遭ってるのを教えてくれて、その場所まで連れていってくれた。だけど俺は」
苦い唾がこみ上げてきて、聖は思わず顔を歪める。
不甲斐ない自分への憤りと、悔しさと。
「どけったら!」
「頭冷やせよ、由宇!」
由宇は聖の手を振り払い、身体を押しのけようとする。だが足に力が入らずバランスを崩す。
聖はとっさに由宇を支えようとして手を伸ばし、結果的にもつれ合うようにしてベッドに倒れこんだ。
柔らかいマットレスが敷いてあったため、痛みはほとんどなかった。
自分の上に折り重なっている由宇の重みを感じて、聖は薄く目を開いた。そして息が止まるかと思った。
由宇はびっくりするほど悲しい顔で聖のことを見下ろしていた。
かつて見たことのない表情に、聖は別人と相対しているような心地がした。
「……ごめん」
由宇は突いていた手を離す。聖は身を起こして、ゆるく首を振った。
「こっちこそごめん。由宇は俺のことを心配して言ってくれたのに」
「そうじゃないんだ」
「え?」
思わぬ返答がかえってきて、聖は目を丸くした。
由宇は苦悩を滲ませて顔を歪めている。
形のいい唇が、何かに塞き止められるようにしていた思いを、ゆっくりと丹念に織り込んで言葉にする。
「俺はいつもそうやって嘘をついて、言い訳してた。本当は俺、お前のそばにいたいだけなんだ」
熱のこもった視線が聖に注がれる。由宇はじっと身じろぎもせず聖の言葉を待っていた。
聖は目を瞬かせると、おずおずと上目使いになって言った。
「でも、由宇は俺のこと嫌ってるんじゃ……」
「嫌ってる?!俺がお前を?何で?!」
心底驚いたように由宇が問い返す。聖は視線を移ろわせた。
「だってさっき、俺のこと友達って言うのを躊躇ってたし」
(それにヴァンが……あいつがそう言ったんだ)
ヴァンの言動は突飛で理解不能だが、彼の言うことは驚くほど当たっていた。
遥と話す由宇の姿はいつもよりもずっと打ち解けて楽しそうで、聖は完全に意気消沈していた。
聖の様子を見て、由宇は全身の酸素を使い切るくらいの盛大なため息をついた。
「……、お前なあ……」
うつむきながら困ったような顔で、がりがりと頭を掻く。しかし由宇の横顔は、どこか柔らかかった。
「何で俺が、嫌いな奴のためにわざわざ除霊師紹介したりするんだよ」
呆れた顔で由宇は言った。
聖は頷き、納得しながらも、
「そりゃあ、そうだけど」
「つまらない心配する前に、自分の身を心配してくれよ。頼むからさ」
由宇はどこか哀しく苦笑しながら、真心のこもった声で言った。
それは彼が教室で見せる、いつもの頼りがいある姿だった。
(よかった。いつもの由宇だ)
聖は心の底から安堵し、自身もようやく微笑み返すことができた。
それからあの日、月代家の屋敷で起こったことを一部始終話すと、由宇は鼻に皺を寄せた。
「わざわざ結界破ってまで助けるなんて、お前ってほんとに甘いよな。まあ、そういうところが聖らしいっちゃらしいけどさ」
「ごめん。せっかく遥さんのこと紹介してくれたのに」
聖は肩を縮めてうつむいた。何だか昨日から謝ってばかりのような気がする。
それもこれも、全てあの身勝手な吸血鬼のせいだと思うと、だんだんヴァンが憎らしく思えてきた。
(由宇や遥さんの言うとおりだよ。何で俺はあそこであんなに躊躇ったりしたんだろう)
「だけどさ、聖」
大人しくベッドに戻った由宇は、真顔で切り出した。
「今度そのヴァンって奴が現れたときは、ちゃんと遥さんの言うことを聞いて祓ってもらわなきゃ駄目だぞ。お前の身体が危ないんだかな」
「うん、分かってるよ」
聖は従順に頷いた。由宇はその覚悟を訝るように目を細める。
「お前さ、もしかしたらヴァンに同情してるのかもしれないけど……そいつは力を得るためにお前の血を欲しがってるんだろ?復活のためにお前を喰らって、利用しようとしているんだろ?たとえ視えないものだからって、殺生はむやみに行うべきじゃないと思うけど、そいつは十分殺されてしかるべきだと思うぜ。自業自得ってやつさ」
由宇はヴァンの心情を斟酌する気はさらさらないらしく、あっさりと斬って捨てた。
聖はまた胸が波立つのを感じて、思わず言った。
「だけど、だけどあいつは、俺と由宇を助けてくれたんだ」
「何だって?」
由宇の顔色がにわかに険しい色に変わる。
聖は勢いに任せて、おもむくままに思いの丈をぶちまけた。
「ごめん。由宇に嫌われるのが怖くて言えなかったけど……あのとき、本当は俺、もっと早くにあの場所についていたんだ。ヴァンは……あいつは全てが視えていて、由宇が袋だたきに遭ってるのを教えてくれて、その場所まで連れていってくれた。だけど俺は」
苦い唾がこみ上げてきて、聖は思わず顔を歪める。
不甲斐ない自分への憤りと、悔しさと。
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