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「そうだ、これはお見舞い。もう悪いことが起こらないよう、神様に守ってもらえるように」
そう言って、スーツのポケットから紫綬に包まれた御守を取り出し、ベッドの上に置いた。
「うわあー、これ遥さんの神社のやつじゃん。ご利益ありそう」
と言って、嬉しそうに御守を手の中で転がしていた由宇は、見る間に怪訝な顔になる。
それからぶっと噴き出して言った。
「遥さん、これ、安産祈願って書いてあるんですけど」
「え?」
聖も顔を出してそれを覗き込み、文字を確認して思わず顔を綻ばせた。
(やっぱりこの人天然なんだ)
遥は照れ笑いを浮かべ、頭に手を当てて言った。
「ごめんごめん。悪かったね。ついうっかりしてたよ」
「ほんと、変なとこで抜けてるんだよなー。醤油とソース間違えたり、野良猫に餌やろうとして指噛みつかれたり。切れ者っぽい顔してるくせに、案外まぬけだよな」
「いやあ、そんなに褒められると照れるなあ」
「褒めてねえよ。これだから天然は怖いよな。なあ、聖?」
昨夜の一件を思い浮かべて、聖はかすかに乾いた笑い声をあげる。
遥は由宇の頭を掴んで、短いつんつんした髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「言うようになったねえ、由宇君も。昔はあんなにかわいかったのに、生意気になっちゃってまあ」
親戚のお兄さんのような年上ぶった台詞に、由宇が反発するように遥を睨みつけ、
「またそうやって俺のこと子ども扱いする。俺もう高校生ですよ。年下だと思っていつまでも甘く見てると、痛い目見ますよ」
「はいはい。期待して待ってるよ」
当分あり得そうもない展望を語る語調で、遥は軽くあしらった。由宇がまた悔しそうな顔をする。
まるっきり兄弟のじゃれあいを見ているようで、聖はまたかすかな寂しさを覚えた。
遥はそれを目ざとく捕らえると、由宇の髪からぱっと手を離して言った。
「それじゃあ由宇君、お大事に。治ったら今度はうちに遊びにおいで」
「そんなこと言って。どうせ行ったって仕事とか言って相手にしてくれないくせに」
戯れに遥の袖を捕らえ、甘えるように由宇は言った。
「こらこら。怪我人は大人しく寝ているように」
遥は優しく手をほどくと、陽だまりのような笑顔を残して病室を去っていった。
由宇はしばらく余韻を感じるように扉を見つめていたが、やがて向日葵のような笑顔を聖に向けて言った。
「よかったな、聖」
「え?」
「遥さんに無事に祓ってもらえたんだろ?もうお前の周りに嫌な気配を感じないし」
何のてらいもなく無垢なまでに言い放った由宇に、聖は言葉を詰まらせた。無意識に視線が泳ぐ。
「えっと、それは」
躊躇うように口ごもっている聖に穏やかならざるものを感じたのか、由宇は眉を寄せた。
「何だ?もしかして、上手くいかなかったのか?」
どう説明したものか分からず、聖は答えを求める由宇の瞳から逃げるように目を逸らした。
「祓うには祓ってもらえたんだけど、あいつはどこかへ逃げてしまって」
「え?じゃあ何か?そいつは今もまだ、消えずにどこかをうろついてるってことか?」
他意もなく放たれた質問に、聖は後ろめたく項垂れ、こくりと頷いた。
「……うん」
「何だよそれ!!」
その途端、由宇がいきなりベッドから起き上がって降りようとしたので、聖は慌てて彼を押しとどめようとした。
「動いたら駄目だって!怪我に響くだろ」
「そんなこと聞いてじっと寝ていられるかよ!聖、お前こそ何でそんな落ちついていられるんだ。そいつはまたいつ戻ってきて、お前を襲いに来るかもしれないんだぞ?!」
痛いところを突かれて、聖は二の句が継げなくなった。
由宇の純粋な目は責めるような光を放っている。言い訳や虚偽を許さない目だ。
気圧されて黙り込んでいると、焦れたようにして由宇はベッドの縁に腰かけ、足を下ろそうとした。
「俺、医者のところへ行ってくる」
「な、何で」
「決まってるだろ。退院するんだよ、今すぐに」
何を当然のことをと言わんばかりの口調で、由宇はぞんざいに言い捨てた。怖いくらいに真剣な顔をしている。
聖はおろおろとうろたえた。
「馬鹿、何言ってるんだよ。ちゃんと怪我が治るまでここにいなきゃ。変な後遺症とか残ったら、バスケできなくなるかもしれないだろ」
「そんなことどうだっていい」
「よくない。どうでもいいわけないだろ!」
「いいんだよ。お前がひどい目に遭うくらいなら、自分の怪我が悪化したほうがずっとマシだ。そこをどけよ、聖」
聖は両手を広げて立ちふさがった。
そう言って、スーツのポケットから紫綬に包まれた御守を取り出し、ベッドの上に置いた。
「うわあー、これ遥さんの神社のやつじゃん。ご利益ありそう」
と言って、嬉しそうに御守を手の中で転がしていた由宇は、見る間に怪訝な顔になる。
それからぶっと噴き出して言った。
「遥さん、これ、安産祈願って書いてあるんですけど」
「え?」
聖も顔を出してそれを覗き込み、文字を確認して思わず顔を綻ばせた。
(やっぱりこの人天然なんだ)
遥は照れ笑いを浮かべ、頭に手を当てて言った。
「ごめんごめん。悪かったね。ついうっかりしてたよ」
「ほんと、変なとこで抜けてるんだよなー。醤油とソース間違えたり、野良猫に餌やろうとして指噛みつかれたり。切れ者っぽい顔してるくせに、案外まぬけだよな」
「いやあ、そんなに褒められると照れるなあ」
「褒めてねえよ。これだから天然は怖いよな。なあ、聖?」
昨夜の一件を思い浮かべて、聖はかすかに乾いた笑い声をあげる。
遥は由宇の頭を掴んで、短いつんつんした髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「言うようになったねえ、由宇君も。昔はあんなにかわいかったのに、生意気になっちゃってまあ」
親戚のお兄さんのような年上ぶった台詞に、由宇が反発するように遥を睨みつけ、
「またそうやって俺のこと子ども扱いする。俺もう高校生ですよ。年下だと思っていつまでも甘く見てると、痛い目見ますよ」
「はいはい。期待して待ってるよ」
当分あり得そうもない展望を語る語調で、遥は軽くあしらった。由宇がまた悔しそうな顔をする。
まるっきり兄弟のじゃれあいを見ているようで、聖はまたかすかな寂しさを覚えた。
遥はそれを目ざとく捕らえると、由宇の髪からぱっと手を離して言った。
「それじゃあ由宇君、お大事に。治ったら今度はうちに遊びにおいで」
「そんなこと言って。どうせ行ったって仕事とか言って相手にしてくれないくせに」
戯れに遥の袖を捕らえ、甘えるように由宇は言った。
「こらこら。怪我人は大人しく寝ているように」
遥は優しく手をほどくと、陽だまりのような笑顔を残して病室を去っていった。
由宇はしばらく余韻を感じるように扉を見つめていたが、やがて向日葵のような笑顔を聖に向けて言った。
「よかったな、聖」
「え?」
「遥さんに無事に祓ってもらえたんだろ?もうお前の周りに嫌な気配を感じないし」
何のてらいもなく無垢なまでに言い放った由宇に、聖は言葉を詰まらせた。無意識に視線が泳ぐ。
「えっと、それは」
躊躇うように口ごもっている聖に穏やかならざるものを感じたのか、由宇は眉を寄せた。
「何だ?もしかして、上手くいかなかったのか?」
どう説明したものか分からず、聖は答えを求める由宇の瞳から逃げるように目を逸らした。
「祓うには祓ってもらえたんだけど、あいつはどこかへ逃げてしまって」
「え?じゃあ何か?そいつは今もまだ、消えずにどこかをうろついてるってことか?」
他意もなく放たれた質問に、聖は後ろめたく項垂れ、こくりと頷いた。
「……うん」
「何だよそれ!!」
その途端、由宇がいきなりベッドから起き上がって降りようとしたので、聖は慌てて彼を押しとどめようとした。
「動いたら駄目だって!怪我に響くだろ」
「そんなこと聞いてじっと寝ていられるかよ!聖、お前こそ何でそんな落ちついていられるんだ。そいつはまたいつ戻ってきて、お前を襲いに来るかもしれないんだぞ?!」
痛いところを突かれて、聖は二の句が継げなくなった。
由宇の純粋な目は責めるような光を放っている。言い訳や虚偽を許さない目だ。
気圧されて黙り込んでいると、焦れたようにして由宇はベッドの縁に腰かけ、足を下ろそうとした。
「俺、医者のところへ行ってくる」
「な、何で」
「決まってるだろ。退院するんだよ、今すぐに」
何を当然のことをと言わんばかりの口調で、由宇はぞんざいに言い捨てた。怖いくらいに真剣な顔をしている。
聖はおろおろとうろたえた。
「馬鹿、何言ってるんだよ。ちゃんと怪我が治るまでここにいなきゃ。変な後遺症とか残ったら、バスケできなくなるかもしれないだろ」
「そんなことどうだっていい」
「よくない。どうでもいいわけないだろ!」
「いいんだよ。お前がひどい目に遭うくらいなら、自分の怪我が悪化したほうがずっとマシだ。そこをどけよ、聖」
聖は両手を広げて立ちふさがった。
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