Sorry Baby

ぴあす

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1.出会い

噂の彼女

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「そういえばハルキ。
俺らが3年だったときの1年のあの子、覚えてる?」

チームメイトのジャンに言われ、記憶を探る。

…あの子? 
ジェニー?ビビアナ?エマ?リサ?
…ああ、わかった。

「アリシアのこと?」

「バカ、ちげーよ。」

お互いに着替えを済ませ、ロッカールームをあとにする。

南沢遥輝ミナミザワハルキ
名門クラブSCバルセロナのセカンドチーム所属の20歳。
セカンドチームは今年で二年目。
ジャンとは高校の時からの友達だ。

「じゃあ誰のこと言ってんだよ?
そもそもそっちから話振ってきたのにバカはひどくねぇか?」

「悪い悪い。
ミラノのことだよ。
白崎浩志シラサキヒロシの娘の!」

「ああ。ミラノね。
覚えてるよ。」

ミラノは有名人だ。
親の七光り…といえばそうなのかもしれないけど俺が思うには何よりもやっぱり…。

「久々に見かけたけどマジ天使。
てかなんか二年も経つと大人っぽくなったっていうか、雰囲気変わってた!
…あーでも。」

「でも?」

ジャンが目配せして俺に近くに来るように目で言った。

「見かけたのが繁華街だったんだよ。 
友達と飲んでて、日付変わる頃だったと思うけど…。 」

…そんな夜中に何やってんだ未成年が。

「酒は多分飲んでないと思うけど…。
まあ俺らの高校校則厳しくないし、バレても退学はないっしょ。」

「あーまあな。
ジェニーだっけ、あいつもガールズバーで3年のとき働いてたけどバレても停学だったしな。」

ジャンがやれやれと大袈裟にジェスチャーをしてため息をつく。

「そのスタイル抜群のジェニーに言い寄られてたのは誰だよ。
てかジェニーもいい女だったよな。
俺話したこと一回もないけど!」

ジャンのモテない自虐ネタは聞き飽きたけどやっぱり面白くて思わず笑ってしまう。

「ミラノとなんか話した?」

「いや、本当に見かけただけだから。
恐れ多すぎて俺はマジで近寄れすらしない。
なんかオーラが違う。」

天使、はさすがに言いすぎだと思うけど…ミラノはかなり可愛い。
黒髪で青くて大きな目。
日本人とフランス人のハーフで肌は白く顔は手で掴めるくらいに小さく、華奢で小柄なミラノはスペイン人の多い高校では目立つ存在だった。

「まあ一見とっつきにくいかもしれないな…。」

「ハルキは面識あるんだろ?
同じ日本人だし。」

「うん、中学が日本人学校だったからそれなりに仲良かった。
でも連絡先交換とかはしてないな。」

俺はSCバルセロナのジュニアユースに中学に上がると同時に入団した。
最初の一年は日本から来た母さんと一緒に暮らして、あとの二年間は寮生活。
高校に入学してからはクラブが所有するアパートに暮らしている。

正直、忙しくてあんまり友達と遊んだりとかできなかったけどプロになるって決めてるから腐らずに今日までやってこれた。

「それでその日帰ったあと、ミラノのSNS見たけどフォロワー6000人とかに膨れ上がってた。
そのうちどこかの事務所にスカウトとかありえそうな話だよな。」

「それ普通にすごくね?
帰ったらちらっと見てみようかな。」

ロッカールームを出てジャンと別れた。
ジャンとは家の方向が別だから、家まで10分くらいはいつも一人で歩く。
20時か、少し遅くなったな。

家までの帰り道は男一人で歩くのもちょっと躊躇するくらいに

飲み屋、居酒屋、パブ。
それに裏通りには風俗店とかソープランドなんかもあったりする。
光るネオン看板はこの繁華街が賑わってる証拠だ。

「お兄さん!どうだい!」

「いい子揃ってるよ!」

「写真だけでも見ていきなよ!」

キャッチもいるし、酔っぱらいも多い。
早く通り過ぎたい。
そう思っているときだった。

「君、めちゃくちゃ可愛いね。
夜の仕事とか興味ない?
君なら絶対に1日770ユーロは稼げるし、いい店紹介するよ。」

ああ、そうそう。
風俗店もあるから、そこのスカウトもちょいちょいいる。
顔見て目が合ったら声かけるとかよく聞くな…お姉さん大変だな…。

「未経験だしまだ18になったばっかだけど本当に稼げる…?」

聞き覚えのある声に思わず立ち止まった。
まさかと思ったけど…
それはついさっきまで話題になっていたあのミラノだった。

「体験入店も出来るしよかったら連絡先…。」



俺は気づけば名前を呼んでいた。

「ごめん!待たせた!行こうか!」

「…え?なに?…ってハルキ?」

なんでこんなところに?てか、さすがに危ない仕事の話だってわかるだろ?
その場で聞きたいこと、問いただしたいことはたくさんあったけど…とにかく今はここから離れさせようとしてそのまま手を引っ張って繁華街から連れ出した。

「ねぇ、ちょっと。」

繁華街から出ても尚、繋いだままの手にぐっと力を入れられ、ハッとする。

「ごめん。」

…ジャンの言った通り、2年ぶりに見たミラノはさらに美しくなっていた。
青い瞳に吸い込まれそうだ。

「なんで?」

「なんでっていうか…普通に危ないなと思って。」

ミラノが大きくため息をついて座り込む。
待ちゆく人はミラノを横目で見たり、ニヤニヤする男もいたり。

「場所、変えよう。」

ミラノが立ち上がりスタスタと歩いていった。
場所を変えるってことはなんであんな場所にいたのか、スカウトの話に乗ったのか…俺に何か話してくれるってことだよな?

「なんか…俺の判断で連れ出して…すみません。」

「今更なに??
そもそも冷静に考えたらあたしが馬鹿なことしてたんだし。」

公園の自販機でジュースを2本買い、ベンチに二人で腰掛けた。
ミラノは受け取ってありがとうと言いキャップを開けた。

「連れ出しといてなんだけど、…俺のこと覚えてる?」

「久しぶりに会ったのに相変わらず目立ってるからハルキだってすぐわかった。」

目立つ?
そんな自覚無かったな…。

「なんか高校のとき学校の女全員抱いたとか噂立ってなかった?
そんなわけないのにね。」

ミラノがふふっと笑ってジュースを一口飲んだ。
でもその言葉には語弊がある。
確かに俺も若かったから色んな子と遊んだり、彼女も絶えずいたけど…。

「俺の話は置いといて…ストレートに聞いちゃうけどさ。
なんであんなとこにいたの?
お金には困ってないはずだろ?」

「困ってない。
なんか魔が差しただけ…。」

この一週間学校行ってないの。
寂しそうな目をしてミラノが言った。

「…なんで?
いじめられた?」

「いじめとかはされてない。
ただちょっと…いわゆる孤立っていうのかなーって。
SNSが原因だとは思うけど、陰口叩かれたりとか学校で空気みたいに扱われたりとか。
てか、友達いないから友達とカフェとか全部嘘だし。
見られてるっていうの最近は結構意識しちゃってて…私は普通の女子高生ですって嘘つくのそろそろちょっと疲れた。」

だからってSNSはやめないけどねとため息まじりにミラノが言った。

「確かに一般人のSNSにフォロワー6000人は多いよな…てか今見たらもう7000人じゃん。」

「私のことみんな有名人みたいに言うけど自分ではそんなふうに思ってないし、親の七光りみたいなところもあるから誤解っていうか…。
居場所がないっていつも感じる。
パパも三週間は顔合わせてない。」

寂しそうに笑う彼女についに俺は何も言えなくなってしまった。

「なんかしんみりさせてごめん。
でもあたし大丈夫だから。
そういえばハルキはまだSCバルセロナ?」

「あ、ああ。
いまはセカンドチーム。」

「へぇ、練習場たしかそのあたりだもんね。
あたしはてっきりハルキが夜の店に遊びにでも行く途中なのかと思った!」

ミラノがそう言って笑い飛ばした。
時々本気が冗談かわからないことを唐突に言い出すなコイツは…。

「そういう店入ってくところ撮られたり見られたらアウトだろ。」

「たしかに。
若手選手にスキャンダルとかクラブからしたらもうたまったもんじゃないね?
…てかあたしとこんな堂々と会ってて大丈夫?」

特に意識してなかったけどその言葉にハッとする。

「まぁ時間も時間だしそろそろ帰るか。
家まで送るよ。」

「ううん、大丈夫。バスまだあるし。
わざわざ本当に今日はありがとう!
ジュースごちそうさま。」

ミラノがじゃあね、と手を振って俺に背を向けて歩き出した。 
もう会えないのかな…なんて思ってたらミラノが立ち止まってまたこっちに振り返った。

「ん?なんか忘れた?」

「そうじゃなくて…。」

小走りでこちらに向かってくる手にはスマホ。

「連絡先。交換しよう。
あたしはハルキにまた会いたい。」

また会いたい?????
また会いたいって言った???こいつ??
どういうこと???
  
「いいよ。交換しよう。
今度は飯でも。」

あくまでスマートに交換した、つもり。
でもめちゃくちゃ緊張した…。

「じゃあ今度こそバイバイ!
連絡するね!」

バスがあと10分で来るみたいだから、とミラノは走ってバス停に向かって行った。

「…天然のたらしとかどの口が言ってんだよバカ…。」

ただただ可愛くて綺麗な子だと思っていた。
あの一言で簡単に心を奪われそうになったなんて…情けなさすぎる…。

「マジ天使…。」

ごめん、ジャン。
あれは正真正銘の天使だ。
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