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《スノー・キャット》

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 3月の中旬。
 1週間前に、北アフリカでの「砂漠の虎」作戦が終了した。
 俺はその直後、聖に連絡し、もう一つの作戦行動を実行するつもりだった。
 ロシアの民間人を襲撃している部隊への襲撃だ。

 ロシア国内の諜報員からの情報で、各地の村や町を軍が襲い、多くの住民が移送されているらしいことを知った。
 恐らくはライカンスロープやバイオノイドの恐ろしい実験や改造を施されているだろう。
 そして、高位の妖魔などを呼び出す媒体として殺されている。
 ロシア国内でも機密の行動であり、そのために編成された軍であるはずだった。
 軍人といえども、自国内の国民を襲うことには抵抗があるはずだ。
 だから、特別な集団であると俺は予測していた。

 そこを叩けば、国内の大規模拉致は確実に減速する。

 但し、大規模な戦力は送れない。
 北アフリカでM国に駐屯していたロシア軍6万を潰したばかりだ。
 ロシアは激しい非難を国際社会へ訴え続けている。
 表面的には米軍と遣り合ってはいるが、宣戦布告も無い国家間の戦争ではない態なので、これ以上拡大することは無いだろう。
 ロシア側は演習中の軍が襲われたと言い張り、アメリカ側は当然アラブの油田を狙った軍事行動を阻止したと訴えている。
 そしてジャングル・マスターも情報操作に乗り出し、諸外国はもちろん、ロシア国内でもロシアの軍事行動であったことが広まっている。
 
 この時点でロシア国内での外国勢力の軍事行動は、ロシア側の言い分を肯定することになる。
 だから俺は、少数での破壊工作を立案した。

 俺と聖、ミユキ、前鬼、後鬼、そしてルーとハー。
 俺と聖以外は、軍隊相手の戦闘経験をさせることも目的の一つだった。
 聖は兵士の教導が抜群に上手い。
 
 今回の作戦は、ロシアから脱出させた8000人の移民たちの証言から立案された。
 彼らの多くが実際に村や町を襲撃されており、その規模や日付などから大まかな軍隊の規模を割り出した。
 そしてロシア陸軍にいたという将校が、有益な情報をもたらしてくれた。
 大佐階級であったその男性が言ったのは、陸軍内で懲罰処分になった兵士が密かに集められているということだった。
 多分、海軍や空軍でも同様のことが行なわれていると俺は考えた。
 概算ではあったが、その数は1個旅団規模、約5千。
 異常な事態に調査を始めたその大佐は上層部から目を付けられ、今回の脱走に踏み切った。
 彼は軍事基地の位置まで掴んでいた。

 温暖化の影響で氷の溶けたヤクーツク北方に新たに建設された軍事基地。
 米軍の軍事衛星も基地の位置を特定しており、俺たちはその情報を元に「飛行」で飛んだ。





 「おい、ラー」
 「そんな奴いないよ!」
 「もう、いい加減に名前くらい憶えろよ!」

 双子が聖に噛みついている。

 「おい、作戦行動中だぞ! しかも敵国への潜入戦だ。本名なんかで呼べるかよ!」
 「「!」」

 「俺が「トラ」って呼んでる意味がわかったか!」
 「高校の時からそうだたじゃん」
 「普段でもそうじゃん」

 「名前なんかどうでもいいじゃんか」
 「「良くないよ!」」

 今はレナ河の近くの大森林の中にいる。
 三人の遣り取りに、ミユキたちが笑っている。

 「ミユキたちは寒くはないか?」

 全員が白と黒のタイガーストライプのコンバットスーツを着ている。
 内側には「Ω」を練り込んだ繊維のインナーを着込み、背中には「ヴォイド機関」を背負って発熱機能もある。
 熱源探知のレーダーも考えられるので、発熱はカットも出来る。
 現在、目標の基地から200キロ地点。
 着陸は500キロ先に降り立ち、そこから森林を走破してきた。
 通常は出来ない作戦行動だ。
 現在時刻午前4時。
 気温マイナス18度。

 俺たちは全員「花岡」で大丈夫なはずだが、外での戦闘行動の少ないミユキたちが気になった。
 聖は極寒から酷暑の戦場を渡り歩いているので大丈夫だ。

 「はい、大丈夫です! ありがとうございます!」
 「そうか。ここから先はあまり休憩も出来ない。十分に休んでくれ」
 「はい!」

 「トラ、寒くてダメだぁー」
 「……」

 聖が音を上げた。
 
 「お前、ヒーターは使ってるか?」
 「ん?」

 出発前にスーツの仕様を説明し、着陸してからも全員にスーツのヒーターを入れるように言った。
 バカだった。
 俺は左手のタッチパネルで聖のヒーターをオンにしてやった。

 「あ! 段々あったけぇー!」
 「良かったな」
 
 双子が呆れた顔をし、ミユキたちがまた笑っていた。
 出発前に、ミユキたちは聖と戦闘訓練を短期間こなしている。
 聖の尋常では無い実力を尊敬していた。

 「ラー、この肉もっと焼いてくれよ」
 「……」

 ルーが聖から枝に挿した肉を受け取り、「花岡電子レンジ」で焼いてやる。
 今は途中で狩ったウサギを焼いて食べている。
 この後は基地までもう一度くらいしか休憩しない。
 最後の、ちゃんとした食事になるはずだった。

 武装は実験も兼ねた特殊装備だ。
 ミユキはガントレットの「フーファイト(虎戦)」と「ロンファイト(竜戦)」、それにソルレットの「ランファイト(狼戦)」。
 前鬼は「シャルア」という3メートルのロッド。
 後鬼は腰に俺のやった「黒笛」と両手に「アスラ・スレッド(阿修羅糸)」という極細の糸の武器を持っている。
 それと、聖には「カサンドラ」をライフルモードに固定した「ドラクーン」を与えている。
 ロシアの主力戦車「T90M」もたやすく撃破出来る。
 出力調整もフォアグリップ下のメモリで調整出来る。
 聖は与えるとすぐに操作に習熟した。
 天才だ。
 俺と双子は何も持っていない。
 万一武装で対応出来ない強力な妖魔が出て来た場合には、俺が「虎王」を呼べる。

 ハーが砂糖をたっぷり入れた紅茶を配る。
 
 「聖、感じるか?」
 「ああ、こっから先は流石にハイキングじゃねぇな」
 「「!」」

 双子が驚いていた。

 「お前らは何か感じてるか?」
 「まだ全然!」
 「なんで分かるの!」

 聖が笑っている。

 「なんだよ、分かんねぇのか?」
 「うん!」

 「人間じゃねぇ連中がうろついてる。感知能力はそれほど高くねぇから、迂回しても進めそうだな」
 「スゴイ!」
 「あちこちに、センサーも仕掛けられてる。サーモもあるな」
 「聖! 尊敬するよ!」

 聖が怖い顔になる。

 「お前ら! 何で途中でトラが度々コースを変えたと思ってんだ!」
 「「え!」」

 「センサーがあったからだよ! それを避けてここまで無事で来たんだ」
 「そうなの!」

 「おい、リー」
 「ハーだよ!」
 「お前はちょっと感知能力が高いって聞いてたんだけどな」
 「う、ごめんなさい」
 「ローも分かんなかったか」
 「ルーだよ! さっきと違うじゃん!」

 ミユキたちが笑いながらも、聖を尊敬の眼差しで見ていた。

 「聖さんは凄いですね」
 「お前らも油断するな。お前らが死ぬとトラが悲しむからな」
 「「「はい!」」」

 俺がブリーフィングを始める。

 「ここから基地まではセンサーを掻い潜って接近する。俺がポイントマンで誘導するからな」
 「「「「「はい!」」」」」
 
 「基地に着いてからは、ミユキと前鬼、後鬼が飛行場と車両の破壊。ルーとハーは聖と建物内に侵入し、出来るだけデータを集めろ」
 「「「「「はい!」」」」」

 「聖は二人を守ってやってくれ」
 「分かったよ」
 
 「俺は陽動をしながら、出来るだけ敵戦力を削って行く。ミユキたちは終わったら俺と合流だ。その先は柔軟に指示を出して行くからな」
 「「「はい!」」」

 ミユキたちの戦闘はすぐに終わるだろう。
 今回のメインの作戦はルーとハーのデータ収集だ。

 「ルーとハーが見聞きしたもの、データは即時「皇紀通信」でアラスカの量子コンピューターと皇紀に伝わる。その指示を仰げ」
 「「はい!」」

 「データを抜き取ったら基地を完全に破壊する。その後で「タイガーファング」が俺たちを迎えに来る。作戦終了だ!」
 「「「「「はい!」」」」」
 「おう」

 



 作戦名「スノー・キャット(雪猫)」のクライマックスを始める。
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