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《セイント・ペニー》 Ⅱ

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 トラと一緒に歩いてジャンニーニの屋敷に行った。
 高い塀を乗り越えた時点で警報が鳴った。
 流石にマフィアのボスの屋敷だ。
 警備体制は硬い。
 俺とトラは構わずに玄関へ走る。
 何度かガンで撃たれたが、俺たちに当たるわけがない。
 俺もトラも、プレッシャーを感じて避けることが出来る。
 俺は銃撃してくる奴らにM16を撃ち込んだ。

 「聖! なるべく殺すな!」
 「分かった!」

 玄関の前に5人の男たちが立っていた。
 トラが突っ込んで、数秒で男たちを沈める。
 俺も一人の腹にM16をぶち込んで倒した。

 「おい、死んじゃうぞ?」
 「いいじゃん」
 「手足にしろよ。俺がちゃんと片付けるから」
 「分かった!」

 そうすることにした。
 
 屋敷の中には100人近い人間がいた。
 戦える奴らは70人程度だ。
 俺たちは銃弾をかわしながら、フロアごとに殲滅し、ジャンニーニのいる4階に着いた。
 そのままジャンニーニを探して襲えば早いのだが、トラが全員をぶっ斃すのだと言った。
 俺はそれに従った。
 だって、トラが言うことは間違いがねぇから。
 マフィアの連中など、まったく俺たちの相手にならなかった。
 本当にトラの言った通りだった。
 俺もトラも笑いながら手足をへし折り、M16で穴を空けてやった。
 ガードの男たちが立っているドアがあった。
 前にジャンニーニと会った部屋だ。

 「あの部屋だ!」
 「おし!」

 トラがまた突っ込んで行く。
 俺は部屋の前でガンを構える連中の手足に撃ち込んで行く。
 トラがたちまち迫って男たちを撃破していく。

 鋼鉄製のドアだった。
 鍵が掛かっている。
 トラがガードの懐からグレネードを見つけた。
 トラがベレッタで壁に穴を空け、突っ込んでピンを抜いて、廊下の角に走った。
 轟音と共に、ドアが倒れた。

 「聖! ここでいいんだよな?」
 「分かんない! 俺も何度も来てないんだ!」
 「お前が頼りなんだぞ!」
 「あ! こいつだ、トラ!」
 
 「はろー!」

 トラがまた獰猛に笑った。
 ジャンニーニたちが蒼白になった。
 一人20万ドルずつをもらった。
 全部トラのお陰だ。
 やっぱ、トラは最高だった。

 何度か殺し屋を送って来た後で、俺たちの驚異的な攻撃力を畏れ、ジャンニーニは一切手を出して来なくなった。
 時々顔を出し、仕事をもらうようにもなった。
 会社が大きくなり、従業員が増えると、新人にジャンニーニの屋敷の制圧訓練をするようになった。
 ガンを持った連中が多く、近くて丁度いいからだ。
 最初はジャンニーニが散々文句を言って来たが、そのうちに諦めるようになった。
 訓練の後は食事に誘い、金を渡した。
 それも最初は断られたが、「ぜってぇ来い」と言うと来る。
 楽しく飲み食いする仲になった。




 トラの女が死んだ。
 あいつが魂を捧げる程に大事にしていた女だった。
 俺はすぐに日本に飛んだ。
 だけどバカな俺には何も出来ない程に、トラが弱っていた。
 薬害でトラの臓器が止まりかけたそうだ。
 そのトラの命を、奈津江という女が救ったのだと言われた。
 俺は奈津江に感謝した。
 初めて墓参りというものをした。
 何をどうすればいいのか分からなかったので、一生懸命に墓を磨き、感謝の言葉を言い続けた。
 それしか出来ず、ニューヨークへ戻った。
 その年はトラは来なかった。
 無性に寂しかった。

 その翌年。
 
 ある日、屋台のホットドッグを買うと、釣銭で汚いペニーを渡された。
 ナイフを無理に突っ込んだような亀裂。

 「お?」

 見覚えのある、あのペニーだった。
 家に帰ると、トラから電話が来た。

 「トラ!」
 「よう! ちょっと身体が戻って来たからよ。どっかで暴れたいんだ」
 「……」
 「聖? 聴いているか?」
 「ああ、分かった。絶対に来いよ」
 「ああ! 楽しみだぜ!」

 俺には分かった。
 トラは死んで奈津江に会いに行こうとしている。
 だから俺は仕事は取らず、トラと遊んだ。
 スラムで気の良い連中がトラにダンスを教えてくれた。
 トラが楽しそうに一日中踊った。
 その礼に、あいつらのちょっとしたトラブルをトラと片付けてやった。
 トラの顔から死相が消えた。
 嬉しかった。





 トラが大学を卒業し、忙しくなった。
 数年、俺たちは会えないこともあった。
 寂しかった。
 前にトラと行った、スラムのエミーの店に行った。
 たまに顔を出して、トラのことを思い出している。

 「セイント! 久し振り!」

 エミーが明るく笑ってテーブルに案内する。

 「ねぇ、トラは元気?」
 「ああ」

 エミーはトラのことが大好きだ。
 木の床に靴が引っ掛かった。
 見ると、フローリングの隙間にコインが挟まっていた。
 指で摘まんで引き抜く。

 「オオ!」

 あのペニーだった。
 何度もあったので、バカな俺にもその意味が分かっていた。
 大事にとっておこうとすると、いつの間にか消えてしまう不思議なペニー。
 俺が叫んだので、エミーが驚いて見ている。

 「エミー! ありがとうな!」
 「え?」

 俺は財布の中身を全部テーブルに出した。
 あのペニーを除いて全部だ。

 「じゃあこれで帰るわ!」
 「待ってよ! まだ何も出してない!」
 「これを貰ったぁー!」
 「なんなの!」
 
 1万ドル以上は財布に入っていたはずだ。

 「これの価値はこんなもんじゃねぇ!」
 「何よ、ペニーじゃん!」
 「ワハハハハハハ!」

 急いでアパートメントに帰った。
 ドアを開けると電話が鳴っていた。

 「トラか!」
 「そうだ! やっと休みが貰えてな! 再来週に行くぜ!」
 「あんがとー!」
 「なんだよ!」

 トラが大笑いしていた。
 
 トラと一緒に中東で大暴れした。
 数年おきにはなったが、トラは長い休みが取れると、いつも俺の所へ来てくれた。
 毎回ではないが、あのペニーがそれを俺に知らせてくれた。

 そのうちにトラも出世し、なかなか休みが取れなくなった。
 電話では時々話をし、トラが死んだ親友の子どもたちを引き取ったと聞いた。
 そうなれば、もうトラと戦場に出ることは無いだろうと思った。
 寂しかったが、トラが幸せに暮らせるのならばそれもいい。
 トラに何かあれば、俺は助けに行くだけだ。
 俺は仕事に一層専念し、自分を更に鍛え上げた。
 会社も大きくなり、金も莫大に増えた。
 トラのために使えるかもしれない。
 筋肉がさらに大きくなった。
 頭がハゲてきた。

 6年も会わなかったか。
 もう俺はこれでいいと思い始めていた。
 ただ、無性にトラに会いたかった。
 戦場でなくてもいい。
 あいつの笑顔を見たかった。

 ハワイにバカンスに出掛け、ジャンニーニの一家の系列が経営するイタリアン・レストランでランチを食べ、食後のカプチーノを飲んでいた。
 たまにはハンバーガー以外も食べた方がいいと、メイドで雇ったアンジーに言われたからだ。
 口に何かが飛び込んで来る。

 「?」

 吐き出すと、あのペニーだった。
 作った奴を呼んだ。

 「カプチーノによ! これが入ってたんだ!」

 厨房から呼ばれたそいつは、濡れたペニーを見て蒼白になった。

 「セイントさん! 済みませんでした! 殺さないで!」

 俺は大笑いして財布の中身を全部出した。
 10万ドルは持ち歩いている。

 「チップだぁ!」

 そいつは失神した。
 俺が大笑いしていると、スマホが鳴った。
 
 「トラかぁ!」
 「ああ、聖! 申し訳ないが、日本に来られないか?」
 「すぐに行くぜぇ!」

 バカンスの最中だからヒマだと言った。
 用件は何も聞かなかった。
 あいつが呼んでいる!
 借りているコテージに戻り、メイドのアンジーを抱き締めてキスをした。
 アンジーは最初は驚いたが、俺に背中に腕を回して来た。

 「すぐに出発する」
 「え?」

 アンジーに、数日で戻るからお前は自由にしていろと言った。
 その間は特別休暇にし、手当を一日5000ドル上乗せすると言うと、喜んだ。

 日本でまたトラと一緒に戦えた。
 トラが俺に礼を言って来た。
 テンガと日本人のDVDを土産にくれた。
 最高のバカンスになった。
 あんまり嬉しくて、あのペニーに引き合わせてくれたアンジーと結婚した。
 こいつは俺の女神だと確信した。




 こないだトラがニューヨークに来た時に、また一緒に飲んだ。
 ジャンニーニは早々に潰れた。

 「実はよ、トラが来る時必ず見つけるペニーがあるんだよ」
 「ペニー?」

 俺はトラに、そのペニーの話をした。

 「へぇー、不思議だな!」

 トラが喜んでくれて嬉しかった。

 「1セントなのに、最高のものなんだよ」
 「そうか、じゃあ《セイント・ペニー》だな!」
 「おお! それだぁ!」

 やっぱトラは頭がいい。
 俺の最高のペニーに最高の名前を付けてくれた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 アンジーに話し終えると、ニコニコ笑っていた。
 聖雅もどこまで理解したか分からないが、一緒に笑っている。

 「そうなんだ、このペニーは私たちの結婚の切っ掛けにもなったんだ」
 「そうだな。こいつのお陰で、俺は最高に幸せだ」

 聖雅を膝に乗せた。
 
 スマホが鳴った。
 アンジーが驚く。

 「トラかぁ!」

 アンジーが大笑いした。
 聖雅もつられて笑った。

 「分かった! また一緒にやれるな!」





 俺は電話を切って、二人を抱き締めた。
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