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道間家 次期当主誕生 Ⅱ 「天狼」
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五平所が語り終えた。
「その横浜の子どもって……」
「はい、石神様でございましょう」
「麗星さんもこのことを?」
「さあ。あれは迂闊なようで鋭く、鋭利なようでヌケておりますので」
「アハハハハハ!」
まったくその通りだった。
「遅くなって参りました」
「はい、ではそろそろ寝ましょうか。お付き合い下さってありがとうございました」
「こちらこそでございます」
翌朝。
俺は7時頃に起きて、庭を見ていた。
「いしがみさまー!」
麗星の声がした。
振り返ると、お腹の大きな麗星がこちらへ歩いて来る。
「おい、そっちへ行くから待ってろ!」
麗星がニコニコして立ち止まった。
近づいて抱き締める。
「無理するなよ」
「はい!」
二人で屋敷に戻り、一緒に朝食を食べた。
「夕べは待っておりましたのに」
「え、いや。眠ってるって聞いたから」
「まあ!」
五平所が笑ってお茶を注ぎ足してくれた。
「ぐっすりお眠りでしたよね?」
「そうだったかしら?」
「はい」
麗星は気にせずに朝食を食べ始めた。
温かな湯豆腐の器。
鯛の西京焼き。
野菜の煮物。
椀は鱧だった。
俺の好物だと知っている。
食事の後、麗星を部屋まで送り、横にならせた。
「あなた様」
麗星は二人きりの時には、俺を「あなた様」と呼ぶようになった。
誰かがいればまだ「石神様」だが。
「なんだよ」
「よくお出で下さいました」
「まあ、時間が出来たからな」
麗星が俺に向かって両手を拡げた。
俺も笑って抱き締めに行ってやる。
長いキスをした。
昼食まで一緒にいて、いろいろな話をした。
午後は麗星とゆっくり庭を回り、また横にならせた。
ギターが聴きたいというので、五平所に頼んでギターを借りた。
「またお前の篠笛と一緒にやりたいな」
「はい!」
三時に近くなり、一緒にお茶でも飲もうということになった。
五平所がいいお茶と一緒に、善哉を出してくれた。
「わたくし、これが好物で!」
「そうなのか」
「はい。ああ、五平所! 夕飯はステーキをお願いします」
「またですか」
「いいから!」
そう言って微笑んで俺を見た瞬間、麗星の顔が歪んだ。
「どうした?」
「来ましたぁー!」
陣痛が始まったらしい。
五平所が慌てて手配をしに行く。
もう予定日になっていたため、道間家に長く仕えている助産師が待機していた。
分娩の場所も既に整っている。
俺も医者だが、俺自身が昔の産婆さんに取り上げられた。
だから病院での出産に拘ってはいない。
もちろん、病院の方が万一の場合に対応出来る設備がある。
でも、道間家であればどうにでもなる。
俺も一応、予定日には傍にいるように心掛けていた。
今、俺がいるのも、そういう理由だった。
「わたくしの善哉ぃー!」
「おい!」
「今晩のステーキぃー!」
「早く連れてけ!」
ストレッチャーが来て、麗星を運んで行った。
俺も後ろをついて行ったが、途中で結界が張られており、俺はそこまでと言われた。
道間家の作法があるのだろう。
それでも分娩室とされた部屋はそれほど離れてはいない。
盛大な麗星の叫び声と、叱咤し励ましている助産師の声が聞こえた。
最初の分娩は時間が掛かることも多い。
しかし麗星は、陣痛が始まってからほんの1時間程度で出産を終えた。
大きな泣き声が聞こえる。
元気な子なのだろう。
一応、俺もホッとした。
それから30分後。
赤ん坊を抱いて助産師が出て来た。
顔の前に黒い薄い布を垂らしていて、顔がよく見えない。
「石神様。お生まれになりました。男の子でございます」
「ああ、ありがとう」
俺は柔らかな産着にくるまれた小さな赤ん坊を抱き上げた。
まだ目は開いていないが、麗星に似て美しい子だった。
額に優しくキスをした。
「よく生まれてくれたな」
赤ん坊は俺の腕の中で静かに眠った。
部屋にいると、五平所が呼びに来た。
「宜しければ、麗星とお会い下さい」
「ああ、分かった」
麗星の寝室へ行く。
麗星は少しやつれてはいたが、元気そうに俺に笑い掛けた。
「元気な子だな。良かったよ」
「はい。それに石神様がいらしてくださる時に生まれてくれて」
「ああ、俺も自分の子どもの出産に立ち会ったのは初めてだからな。感動したよ」
「さようでございますか」
麗星が嬉しそうに笑った。
「それで、子どもの顔はご覧になりましたわね?」
「ああ、観た」
「それでは、是非名前を」
麗星は、俺に名前を付けてくれるように頼んでいた。
俺は道間家で名前の付け方があるのではないかと言ったが、あるのだが、是非俺に付けて欲しいと言った。
五平所とも話さなければならない問題だと考え、俺は生まれて来た子どもの顔を見てからだと応えた。
「五平所にも確認してからだ」
丁度五平所が部屋に紅茶を持って入って来た。
「五平所。この子は石神様にお名前を付けて頂きます」
「如何様にも。石神様、お願いいたします」
実は俺の中に、一つの名前が浮かんでいた。
生まれる前から。
麗星に名前を頼まれた時から。
俺は墨と筆を借りたいと言った。
五平所が一式と楮紙を持って来た。
俺はそれに生年月日と名前、そして俺の名と麗星の名を書いた。
「命名! 道間天狼(てんろう)!」
麗星と五平所が驚いていた。
「麗しい星から生まれた子だからな。今度は強い星になって、道間家を盛り立てて欲しいと願った」
「石神様!」
「石神様! それは!」
「なんだ?」
麗星は驚き過ぎていた。
あまりにも驚いているので、俺が困った。
五平所が説明してくれた。
「「天狼」という名は、道間家では特別な意味を持っています!」
「え?」
「道間家が最も輝き、最も偉大になる時代の当主の名とされています!」
「はい?」
「しかも、それは神人が道間家に血筋を与えることを意味しています。道間家は神の血を引く家となるのです」
「おい!」
「石神様!」
「はい!」
「末永く、道間家を宜しくお願いいたします!」
「あー、名前変えるから」
「「石神様!」」
とんでもない名前だった。
俺だって「天狼」なんてヘンな名前は迷った。
でも、思い浮かんだんだし、カッコイイとも思ったのだ。
五平所はベッドの床に座り、麗星と手を握り合って喜んでいた。
二人とも泣いている。
何も言えなくなった。
その夜、宴が催され、道間家の関連者が集まって大いに飲んで騒いだ。
念願の跡取りが生まれたことに加え、俺がやっちゃった名前だ。
「石神様が、なんと「天狼」を名付けられました!」
大歓声が沸いた。
後から聞いたが、「天狼」は道間家の者は付けられないのだそうだ。
外つ人、即ち神人がその名を与えると言い伝えられていた。
俺は絶対に人間だが、そういう存在にされてしまった。
宴では散々飲まされ、流石の俺も酔いが回った。
逃げ出したかったが、そうも行かなかった。
俺は何とか抜け出して、もう寝ようと思っていた。
その前に、麗星の部屋へ行き、麗星と天狼の顔を観ようと思った。
廊下から天狼の泣き声が聞こえる。
部屋へ入ると、助産師がミルクを与えようとしていた。
「石神様!」
「ああ、ついててくれたんですね」
「はい。道間家の大事な御子ですので」
助産師は抱いてあやそうとしていたが、天狼は泣き止まない。
俺が一度抱こうと手を伸ばした。
俺に抱かれた途端に、天狼が泣き止んだ。
俺がミルクを飲ませた。
「ああ、分かりました。最初のお食事は、神人様からでなければお嫌だったのですね」
「俺は人間です」
天狼は大人しく、哺乳瓶からミルクを飲んでいた。
「本当に可愛らしい」
「そうですか」
「長年、多くの子どもを取り上げて参りましたが、これほど美しい御子はおりません」
俺は笑った。
麗星を見ると、ぐっすりと寝ていた。
「ああ、食事をしてないんじゃないですか?」
「いいえ、もう年ですので、それほど食べなくても」
「いけませんよ。ちょっとすぐに持って来ますので」
俺は嫌だったが宴の会場にもう一度行き、寿司やちょっと摘まめるものを持って、麗星の部屋へ戻った。
助産師は礼を言って食べた。
少し、世間話をした。
「私の家はずっと産婆をしておりました」
「そうでしたか」
「母が言っておりました。多くの子を取り上げていると、「運命の子」を取り上げることもあるのだと」
「運命の子?」
「はい。この地上で大きなことを成し遂げる人間でございます」
「それが分かるんですか」
「そうです。必ず「印」がありますので」
「赤ん坊にですか?」
俺は軽い話をしていたつもりだったが、いつの間に不思議な話になっていた。
「いいえ」
そう言って助産師が俺に両腕を捲って見せた。
火傷の痕、それもまるで樹木のように分裂して伸びる奇怪な文様だった。
「リヒテンベルク図形」。
雷に打たれた人間に、稀に生ずる分岐放電の火傷だった。
「天狼様は、特別な運命をお持ちでいらっしゃいます」
「それは……」
「母が申しておりました。また祖母もそう言っていたそうです」
「……」
「母は神奈川県の横浜で、一人の子を取り上げたそうです」
「え?」
「石神高虎。あなた様でございますね?」
「なにを……」
「母は私に、その名を忘れるなと言っておりました。あまりにも大きな運命で、生き延びる事すら難しいだろうと。でも生き延びれば、その子は途轍もないことを使命として担っているのだと」
「俺が……まさか……」
「母は京都の実家へ戻り、私の祖母と相談し、道間家へも御伝えしたそうです。どうにか、その運命の子を助けられないかと。道間家でも思案していたようですが、吉原龍子様のご依頼で、すぐに向かったと伺っています」
「吉原龍子……」
「わたしにもようやくそのような機会が訪れました。稀にしかないことでございますので、私の生の中ではもう無いものかと。この印は私の誇りでございます」
「俺にはよく分かりませんが。あなたのお母様に俺は取り上げて頂いたんですね」
「はい。母も印を誇りにしておりました」
俺は食べ終わった食器を持って、部屋を出た。
俺が勝手に風呂に入っていると、五平所と数人が入りに来た。
また五平所が浮かれて大騒ぎし、突然倒れた。
「お前! 脈がねぇぞ!」
俺は必死で蘇生措置を施し、五平所は息を吹き返した。
「もう寝ろ!」
道間家でめでたいことがあった。
俺にも関わることで、もちろん嬉しく楽しかった。
しかし、俺はこんなにも道間家と繋がっているとは思わなかった。
そして、これからもっと繋がっていくことになる。
俺はそれがまた楽しみだった。
「その横浜の子どもって……」
「はい、石神様でございましょう」
「麗星さんもこのことを?」
「さあ。あれは迂闊なようで鋭く、鋭利なようでヌケておりますので」
「アハハハハハ!」
まったくその通りだった。
「遅くなって参りました」
「はい、ではそろそろ寝ましょうか。お付き合い下さってありがとうございました」
「こちらこそでございます」
翌朝。
俺は7時頃に起きて、庭を見ていた。
「いしがみさまー!」
麗星の声がした。
振り返ると、お腹の大きな麗星がこちらへ歩いて来る。
「おい、そっちへ行くから待ってろ!」
麗星がニコニコして立ち止まった。
近づいて抱き締める。
「無理するなよ」
「はい!」
二人で屋敷に戻り、一緒に朝食を食べた。
「夕べは待っておりましたのに」
「え、いや。眠ってるって聞いたから」
「まあ!」
五平所が笑ってお茶を注ぎ足してくれた。
「ぐっすりお眠りでしたよね?」
「そうだったかしら?」
「はい」
麗星は気にせずに朝食を食べ始めた。
温かな湯豆腐の器。
鯛の西京焼き。
野菜の煮物。
椀は鱧だった。
俺の好物だと知っている。
食事の後、麗星を部屋まで送り、横にならせた。
「あなた様」
麗星は二人きりの時には、俺を「あなた様」と呼ぶようになった。
誰かがいればまだ「石神様」だが。
「なんだよ」
「よくお出で下さいました」
「まあ、時間が出来たからな」
麗星が俺に向かって両手を拡げた。
俺も笑って抱き締めに行ってやる。
長いキスをした。
昼食まで一緒にいて、いろいろな話をした。
午後は麗星とゆっくり庭を回り、また横にならせた。
ギターが聴きたいというので、五平所に頼んでギターを借りた。
「またお前の篠笛と一緒にやりたいな」
「はい!」
三時に近くなり、一緒にお茶でも飲もうということになった。
五平所がいいお茶と一緒に、善哉を出してくれた。
「わたくし、これが好物で!」
「そうなのか」
「はい。ああ、五平所! 夕飯はステーキをお願いします」
「またですか」
「いいから!」
そう言って微笑んで俺を見た瞬間、麗星の顔が歪んだ。
「どうした?」
「来ましたぁー!」
陣痛が始まったらしい。
五平所が慌てて手配をしに行く。
もう予定日になっていたため、道間家に長く仕えている助産師が待機していた。
分娩の場所も既に整っている。
俺も医者だが、俺自身が昔の産婆さんに取り上げられた。
だから病院での出産に拘ってはいない。
もちろん、病院の方が万一の場合に対応出来る設備がある。
でも、道間家であればどうにでもなる。
俺も一応、予定日には傍にいるように心掛けていた。
今、俺がいるのも、そういう理由だった。
「わたくしの善哉ぃー!」
「おい!」
「今晩のステーキぃー!」
「早く連れてけ!」
ストレッチャーが来て、麗星を運んで行った。
俺も後ろをついて行ったが、途中で結界が張られており、俺はそこまでと言われた。
道間家の作法があるのだろう。
それでも分娩室とされた部屋はそれほど離れてはいない。
盛大な麗星の叫び声と、叱咤し励ましている助産師の声が聞こえた。
最初の分娩は時間が掛かることも多い。
しかし麗星は、陣痛が始まってからほんの1時間程度で出産を終えた。
大きな泣き声が聞こえる。
元気な子なのだろう。
一応、俺もホッとした。
それから30分後。
赤ん坊を抱いて助産師が出て来た。
顔の前に黒い薄い布を垂らしていて、顔がよく見えない。
「石神様。お生まれになりました。男の子でございます」
「ああ、ありがとう」
俺は柔らかな産着にくるまれた小さな赤ん坊を抱き上げた。
まだ目は開いていないが、麗星に似て美しい子だった。
額に優しくキスをした。
「よく生まれてくれたな」
赤ん坊は俺の腕の中で静かに眠った。
部屋にいると、五平所が呼びに来た。
「宜しければ、麗星とお会い下さい」
「ああ、分かった」
麗星の寝室へ行く。
麗星は少しやつれてはいたが、元気そうに俺に笑い掛けた。
「元気な子だな。良かったよ」
「はい。それに石神様がいらしてくださる時に生まれてくれて」
「ああ、俺も自分の子どもの出産に立ち会ったのは初めてだからな。感動したよ」
「さようでございますか」
麗星が嬉しそうに笑った。
「それで、子どもの顔はご覧になりましたわね?」
「ああ、観た」
「それでは、是非名前を」
麗星は、俺に名前を付けてくれるように頼んでいた。
俺は道間家で名前の付け方があるのではないかと言ったが、あるのだが、是非俺に付けて欲しいと言った。
五平所とも話さなければならない問題だと考え、俺は生まれて来た子どもの顔を見てからだと応えた。
「五平所にも確認してからだ」
丁度五平所が部屋に紅茶を持って入って来た。
「五平所。この子は石神様にお名前を付けて頂きます」
「如何様にも。石神様、お願いいたします」
実は俺の中に、一つの名前が浮かんでいた。
生まれる前から。
麗星に名前を頼まれた時から。
俺は墨と筆を借りたいと言った。
五平所が一式と楮紙を持って来た。
俺はそれに生年月日と名前、そして俺の名と麗星の名を書いた。
「命名! 道間天狼(てんろう)!」
麗星と五平所が驚いていた。
「麗しい星から生まれた子だからな。今度は強い星になって、道間家を盛り立てて欲しいと願った」
「石神様!」
「石神様! それは!」
「なんだ?」
麗星は驚き過ぎていた。
あまりにも驚いているので、俺が困った。
五平所が説明してくれた。
「「天狼」という名は、道間家では特別な意味を持っています!」
「え?」
「道間家が最も輝き、最も偉大になる時代の当主の名とされています!」
「はい?」
「しかも、それは神人が道間家に血筋を与えることを意味しています。道間家は神の血を引く家となるのです」
「おい!」
「石神様!」
「はい!」
「末永く、道間家を宜しくお願いいたします!」
「あー、名前変えるから」
「「石神様!」」
とんでもない名前だった。
俺だって「天狼」なんてヘンな名前は迷った。
でも、思い浮かんだんだし、カッコイイとも思ったのだ。
五平所はベッドの床に座り、麗星と手を握り合って喜んでいた。
二人とも泣いている。
何も言えなくなった。
その夜、宴が催され、道間家の関連者が集まって大いに飲んで騒いだ。
念願の跡取りが生まれたことに加え、俺がやっちゃった名前だ。
「石神様が、なんと「天狼」を名付けられました!」
大歓声が沸いた。
後から聞いたが、「天狼」は道間家の者は付けられないのだそうだ。
外つ人、即ち神人がその名を与えると言い伝えられていた。
俺は絶対に人間だが、そういう存在にされてしまった。
宴では散々飲まされ、流石の俺も酔いが回った。
逃げ出したかったが、そうも行かなかった。
俺は何とか抜け出して、もう寝ようと思っていた。
その前に、麗星の部屋へ行き、麗星と天狼の顔を観ようと思った。
廊下から天狼の泣き声が聞こえる。
部屋へ入ると、助産師がミルクを与えようとしていた。
「石神様!」
「ああ、ついててくれたんですね」
「はい。道間家の大事な御子ですので」
助産師は抱いてあやそうとしていたが、天狼は泣き止まない。
俺が一度抱こうと手を伸ばした。
俺に抱かれた途端に、天狼が泣き止んだ。
俺がミルクを飲ませた。
「ああ、分かりました。最初のお食事は、神人様からでなければお嫌だったのですね」
「俺は人間です」
天狼は大人しく、哺乳瓶からミルクを飲んでいた。
「本当に可愛らしい」
「そうですか」
「長年、多くの子どもを取り上げて参りましたが、これほど美しい御子はおりません」
俺は笑った。
麗星を見ると、ぐっすりと寝ていた。
「ああ、食事をしてないんじゃないですか?」
「いいえ、もう年ですので、それほど食べなくても」
「いけませんよ。ちょっとすぐに持って来ますので」
俺は嫌だったが宴の会場にもう一度行き、寿司やちょっと摘まめるものを持って、麗星の部屋へ戻った。
助産師は礼を言って食べた。
少し、世間話をした。
「私の家はずっと産婆をしておりました」
「そうでしたか」
「母が言っておりました。多くの子を取り上げていると、「運命の子」を取り上げることもあるのだと」
「運命の子?」
「はい。この地上で大きなことを成し遂げる人間でございます」
「それが分かるんですか」
「そうです。必ず「印」がありますので」
「赤ん坊にですか?」
俺は軽い話をしていたつもりだったが、いつの間に不思議な話になっていた。
「いいえ」
そう言って助産師が俺に両腕を捲って見せた。
火傷の痕、それもまるで樹木のように分裂して伸びる奇怪な文様だった。
「リヒテンベルク図形」。
雷に打たれた人間に、稀に生ずる分岐放電の火傷だった。
「天狼様は、特別な運命をお持ちでいらっしゃいます」
「それは……」
「母が申しておりました。また祖母もそう言っていたそうです」
「……」
「母は神奈川県の横浜で、一人の子を取り上げたそうです」
「え?」
「石神高虎。あなた様でございますね?」
「なにを……」
「母は私に、その名を忘れるなと言っておりました。あまりにも大きな運命で、生き延びる事すら難しいだろうと。でも生き延びれば、その子は途轍もないことを使命として担っているのだと」
「俺が……まさか……」
「母は京都の実家へ戻り、私の祖母と相談し、道間家へも御伝えしたそうです。どうにか、その運命の子を助けられないかと。道間家でも思案していたようですが、吉原龍子様のご依頼で、すぐに向かったと伺っています」
「吉原龍子……」
「わたしにもようやくそのような機会が訪れました。稀にしかないことでございますので、私の生の中ではもう無いものかと。この印は私の誇りでございます」
「俺にはよく分かりませんが。あなたのお母様に俺は取り上げて頂いたんですね」
「はい。母も印を誇りにしておりました」
俺は食べ終わった食器を持って、部屋を出た。
俺が勝手に風呂に入っていると、五平所と数人が入りに来た。
また五平所が浮かれて大騒ぎし、突然倒れた。
「お前! 脈がねぇぞ!」
俺は必死で蘇生措置を施し、五平所は息を吹き返した。
「もう寝ろ!」
道間家でめでたいことがあった。
俺にも関わることで、もちろん嬉しく楽しかった。
しかし、俺はこんなにも道間家と繋がっているとは思わなかった。
そして、これからもっと繋がっていくことになる。
俺はそれがまた楽しみだった。
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