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道間家の麗星

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 「五平所、どうにも麗星には道間の血は宿っていないようだな」

 宇羅様に呼ばれ、そう言われた。

 「いいえ、お屋形様。まだ麗星様は3歳です。いずれ血が開眼することもあるかと」
 「そのようなことは、これまで無かっただろう」
 「それが。江戸時代の御当主基面様は、十五の年に初めて道間の「三黒」を会得されたと。その後には目まぐるしい速さで道間の術を習得され、「暗鬼神」を身に宿したと記録にございます」
 「そうなのか?」
 「はい」

 私はそう言って古文書の一つを宇羅様に差し出した。
 宇羅様はそれをご覧になり、微笑まれた。

 「本当だな!」

 嬉しそうに笑い、私に古文書を返した。

 「お前、これを探し出したか」
 「いいえ、たまたまでございます」
 「どうもお前を呼ぶといつもいなかったはずだ」
 「それは申し訳ございません」

 宇羅様は茶を持って来るように言われた。
 私の分もだ。

 「お前の煎れる茶は美味い」
 「ありがとうございます」
 
 「五平所、ありがとう」
 「とんでもございません」
 「でもな、麗星には道間を継がなくても良いと思っているのだ」
 「はい」
 「才能が無いことばかりではない。今は当主になれる者が私の二人の息子の他に、分家でも何人もおる。こんなに血の豊かな時代はない。だからな、麗星には道間を離れて自由に生きて欲しいのだ」
 「お屋形様……」

 宇羅様はまた笑っておられた。

 「良いでは無いか。この堅苦しい暗い家から明るい場所へ出る者がいても。これまで、そうしたくても許せる状況ではなかった。こんな時代はもう無いかもしれない。だったら、な」
 「はい」

 私は宇羅様の深い愛情を感じた。

 「五平所。お前に麗星を任せる。道間の家のことも一通りは頼むが、自由に外で遊ぶ人間にしてくれ」
 「まあ、私もこの家で生きて来た人間ですから」
 「ああ! でもな、まあ、自由にさせればいいさ。あまり咎めないというだけでいい」
 「かしこまりました」

 まあ、全然その心配はいらなかった。
 麗星様は、それはもう自由奔放な方に育った。




 「お屋形様!」
 「どうした、五平所!」
 「右京警察署から連絡がありまして、麗星様が!」
 「またか! 今度はなんだ!」
 「それが、天竜寺の多宝殿を炎上させたそうで」

 「なんだと?」

 立ち上がった宇羅様が倒れそうになった。
 慌てて支えた。

 「あそこには「峩々丸(ががまる)」が納められていただろう」
 「はい、どうやらそれを盗み出したらしく」
 「どうしてだ!」
 「敵チームとの抗争で使うつもりだったと」
 「なんと……」

 「侵入の痕跡を消すために、火を放ったらしく」
 「バカな……」
 「しかも、火炎瓶で」
 「……」

 「お屋形様?」

 宇羅様は気絶されていた。





 小学生の遠足で二条城の二の丸御殿の大広間の襖を全て蹴破った。
 「大政奉還はんたーい!」と叫んでいたそうだ。
 前日に、うっかり私が「明治になってから道間家の権力が少し縮小した」と話したことが原因だったらしい。
 
 その後、奈良の大仏にスプレーで悪戯し、背中に桜吹雪の刺青を模した。
 「遠山の金さん」が大好きだった。

 大文字焼きの山中にこっそり行き、点を一つ増やして「犬」という字にした。
 翌年は「太」という字にし、その翌年は大勢で見張っていた青年団に捕まってボコボコにされた。
 その年は山全体を燃やそうと考えていたらしい。
 
 その他にも数々の大事件を起こし、その賠償や示談金の支払いで、裕福だった道間家も流石にきつくなった。
 そういうことも含めて麗星様を諫めると、一週間後に大金を持って来た。

 「麗星様、これは!」
 「うん、銀行を襲って来た」
 「!!!!!」

 幸いにも宇羅様の親しい友人の方が頭取だったので、穏便に済ませてくれた。
 逆に警備システムの見直しが出来たと喜んで下さったそうだ。

 「良かったね!」
 「お気遣いされただけです!」

 まったく、どうしようもない暴れん坊だった。
 それからはヤクザの系列の街金を襲うようになった。
 大阪で4つの業者が潰れた。

 でも宇羅様は叱ることもなく、「もうするな」とは言いながら、優しく頭を撫でていらっしゃった。
 本当に可愛がっておられ、愛しておられた。
 麗星様が酷い悪戯の一方で、お優しい性格もあられたのは、宇羅様のお陰だっただろう。
 奥方様は麗星様を生んで間もなく亡くなられ、そのせいもあってか、宇羅様は麗星様に甘くはあったが愛情を注いでおられた。
 不憫なと思われていたのかもしれない。
 お二人のお兄君様方も、綺麗で愛くるしい麗星様を愛しておられた。
 麗星様も、皆様が大好きだった。
 逆に、一緒にいたい宇羅様や兄君様方がお忙しく遊んでもらえなかったことが、麗星様のストレスになっていたのかもしれない。

 なるべく私がお相手していたが、何度か死に掛けた。
 宇羅様の御車を庭で運転し、止めようとして跳ね飛ばされた。
 どこからか牛を連れて来られ、背に乗った麗星様をお助けしようとして、腹に大穴が空いた。
 深さ10メートルで、底に尖った竹槍のある落とし穴に落ち、危うく頭が串刺しになるところだった。

 その一方でお優しい面もあり、私が病気や怪我(ほとんど麗星様のせい)で臥せっていると、よく枕元で看病してくれた。

 「五平所、大丈夫?」
 「ありがとうございます。麗星様のお顔を見たら、すっかり元気になりました」
 「よかった!」
 「さあ、麗星様もお休み下さい」
 「うん!」

 そう言って麗星様は私の布団に入って来る。
 
 「あったかいね!」
 「はい」

 私はぐっすりと眠ることが出来た。 





 高校生になると、暴走族「兇徒狐火」を結成し、京都や大阪の街を暴れ回った。
 麗星様は多くの人間に慕われ、中学生からは常に何人も連れて歩くようになった。
 その人間たちと、「兇徒狐火」を作った。
 一層大阪の街金やヤクザの事務所が襲われるようになった。
 総勢200名を超える大チームになり、ヤクザや不良たちからは恐れられる傍らで、市民たちからは評判が良かった。
 街で悪さをする連中は、「兇徒狐火」がすべて制裁してくれていたからだ。
 自分たちは悪さをすることなく(そうでもなかったが)、悪い連中だけを懲らしめてくれる。

 しかし、今回の事件だった。
 天龍寺は歴史のある大寺だ。
 何とか道間の力で納めたものの、大変だった。
 それでも、宇羅様は麗星様を叱らなかった。

 「父上様にとって、わたくしなどは興味がございませんのね」
 「そうではありません。お屋形様は麗星様に自由に生きて欲しいと願っておられるだけです」
 「そうではありませんわ」

 あの日の麗星様の悲しそうなお顔は忘れられない。
 麗星様がこれほどまでに事件を起こし、暴れ回るのは、宇羅様の愛情の確認だったのかもしれない。

 数日後。
 「兇徒狐火」は大阪最大のチーム「愚乱堕羅」総勢600名のチームを潰し、後ろでチームを後援していた「神戸山王会」の組の一つから1億円を奪い取った。
 
 単純に、暴れまわるのと大事件が大好きな人なだけだった。



 一度だけ、麗星様が宇羅様に真剣に喰ってかかることがあった。
 麗星様が京都大学の三年生の頃だったか。

 「お父様、お考え直し下さい!」

 宇羅様の御部屋からその叫びが聞こえた。
 何事かと私も部屋へ入った。

 「「花岡」の子どもは危険です!」
 
 しかし宇羅様は相手にしなかった。
 私も知ってはいた。
 宇羅様は歴代の当主が為し得なかった強大な妖魔と人間の融合を果たそうとしている。
 
 今でも、あの日何としても宇羅様を御停めしなければならなかったと悔いている。



 宇羅様が当主として道間家の全員を屋敷に招いた。
 重大な発表があるとおっしゃっていた。
 全員が集まり、いつものごとく、麗星様は面倒だといらっしゃらなかった。
 
 そして全員が殺された。
 血筋の人間だけが大広間に集められ、やがて外からあの男がやって来た。
 宇羅様が呼ばれたのは知っていたので、屋敷の者が案内した。
 私も一目だけ見たが、次元の違う恐ろしい男だと分かった。
 その男が大広間に入ると、すぐに虐殺が始まった。

 外にいた私も他の仲間たちも飛び込んだが、すでに全員が殺されていた。
 道間の術も守護獣も何の役にも立たず、ただ全身を引き千切られ、破壊されて死んでいた。

 「五平所! こちらが「業」様だ。挨拶しなさい」

 私は仲間たちに突き飛ばされ、部屋から出された。
 仲間たちは「業」に飛び掛かっていた。

 私は言われた。

 「五平所! 麗星様を守れ!」
 「!」

 私は咄嗟に飛び出した。
 後ろで仲間たちの絶叫を聞いた
 どこをどう走ったのか分からない。
 追っ手は掛からなかった。
 それも何故かは分からない。

 マンションで麗星様を見つけ、その場に突っ伏した。




 後から分かったことだが、道間の血筋は絶やされたが、建物や血筋ではない道間家に仕えていた者たちはほとんど無事だった。
 何故か、麗星様も無事だった。
 そして皆からの懇願で、麗星様が当主になって下さった。

 


 ある時、夜に麗星様がおっしゃった。
 新当主になられ、激務の中にあった頃だ。

 お酒を所望された。
 私が持って行くと、一緒に座るように言われた。
 
 「お疲れ様、五平所」
 
 そう言って、私が持って来たグラスに酒を注いで私の前に置いた。

 「お屋形様……」

 麗星様はにっこりと笑われた。

 「あー、大変だわー」
 「はい、本当にご苦労様です」
 「早く結婚でもすれば良かった」
 「アハハハハ」

 私は頂いたお酒に口を付けた。

 「あ、でもね、子どもの頃に言われたんだ!」
 「はい、なんでございましょう?」
 「どこだっけな、ああ、横浜だ! そこでね、お父様がスゴイ子を見たんだって!」
 「はぁ」
 「運命が大きすぎる子なんだって。でもね、女の子みたいに綺麗で、そのくせ逞しくって、性格はきついけど優しいんだってさ」
 「そうでございますか」

 麗星様は懐かしそうに笑った。

 「もしもその子が生き延びたら、私と結婚させたいってさ。嬉しそうに話してたなー」
 「はい」

 宇羅は仇敵になっていたが、麗星様の中では、それだけではなかったようだ。

 「調べてみましょうか?」
 「いいよ! 夢みたいな話! 私は現実を観なくちゃ」
 「さようでございますね」

 「あ、私もやっぱりちょっと飲もうかな!」
 「はい、すぐにご用意します」



 麗星様が泣きそうな顔になるのが分かった。
 私はなるべくゆっくりとグラスを探しに行った。
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