富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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「紅六花ビル」、再び Ⅶ

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 翌朝。
 夕べは少し早く寝たせいもあり、6時前に目が覚めた。
 もう一度寝ても良かったのだが、折角なので顔を洗って散歩に出た。
 流石にまだ小鉄も起きていない。

 コーデュロイの黒のパンツに、白のシャツ、そしてボンバージャケット。
 靴はラッタンジーのリザードだ。
 コーデュロイのパンツは、裾を折り返している。
 普通はしないのだが、ラルフローレンで買った時に、女性の店員にどうかと聞いた。
 「面白いんじゃないですか」と言われたのでやった。
 気に入っている。


 気温は低いが、ボンバージャケットを着ていれば何のこともない。
 俺は「紫苑六花公園」へ向かった。
 なかなか来れないから、もう一度見ておこうと思った。

 公園に着くと、竹流が一人で掃除をしていた。
 今日は掃除の日でもないし、時間が早すぎる。
 まだ6時半だった。
 
 「竹流!」
 
 俺が声を掛けると、竹流が驚いて振り向いた。

 「神様!」
 「よう! 随分と早いな」
 「おはようございます! はい!」
 
 俺を見て嬉しそうに笑った。

 「どうしたんだよ」
 「はい! もしかしたら神様がまたここを見に来るかもしれないと思って」
 「こんなに早くは、普通は来ないだろう?」
 「はい。でも、もし来たら綺麗な公園を見てもらいたくて」

 俺に会うために来たのではなかった。
 俺が万一来た時のために、こうやって掃除をしてくれていたのだ。

 「よし! 俺も手伝おう!」
 「いいえ! もう終わりますから」

 見ると、トイレ前に2つのゴミ袋があった。
 竹流の傍にもう一つ。
 相当丁寧にやっていたことがよく分かる。
 俺は笑ってトイレ脇の物置から箒を取り出し、竹流の反対方向から落ち葉を集めた。
 竹流がほとんどやっていたので、10分も掛からずに、掃除は終わった。

 「綺麗になったな! お前は何時から来てるんだ?」
 「はい、5時からです」
 「そんなに早くかよ! ありがとうな」
 「いいえ!」

 俺は竹流に座っているように言い、自動販売機で「おしるこ」を買った。
 一本を竹流に渡す。

 「一休みしよう。園の朝食は何時だ?」
 「7時です」
 「今日は一緒に朝食を食べよう。俺が連絡しておくから」
 「いいんですか!」
 「もちろんだ。竹流と一緒に食べたい」
 「はい!」

 来るか来ないか分からない俺のために、竹流は精一杯のことをしてくれた。
 早起きをし、寒い中で一生懸命に掃除をしてくれた。
 落ち葉は一枚も落ちていない。
 軍手をしているが、顔が真っ赤だ。
 セーターに厚手のジャンパーを着ているが、それでも寒いはずだ。
 まだ小学4年生のはずだった。

 「寒くはないか?」
 「はい。身体を動かしていれば大丈夫です」
 「行き帰りは寒いだろう?」
 「帰りはゴミを担いで行きますから。あったかいですよ」
 「そうか」

 「おしるこ」を飲み終え、俺は「暁園」に電話した。

 「公園で竹流に会ったんだ。5時から俺のために掃除をしてくれてた。これからタケの店で一緒に朝食を食べたいんだが、いいかな?」
 電話を受けた園長が驚いていた。
 お願いしますと頼まれた。

 「園には許可をもらったからな。じゃあ行こうか」
 
 俺は竹流にボンバージャケットを着せた。
 大分大きいが、きっと温かいはずだ。

 「神様が寒くなってしまいます!」
 「大丈夫だ。身体を動かすからな」

 俺は竹流を肩車した。
 両手で三つのゴミ袋を持つ。

 「おう、お前丁度いい体重だな!」
 「神様!」
 「頭に捕まれ。両手がふさがってるんだから、お前、落ちるなよ?」
 「はい!」

 タケの店に向かって歩く。

 「眺めがいいだろう」
 「はい!」
 「後で交代な!」
 「アハハハハハ!」

 竹流が嬉しそうに笑った。

 「どうして肩車してくれるんですか?」
 
 竹流が言った。

 「お前が俺の子だからだ。子どもは親父に肩車をされるもんだ」
 「……」

 竹流が黙っていた。
 表情は見えない。
 俺の頭が少し濡れた。




 戻ると駐車場で俺たちをタケが見つけた。
 駆け寄って来て、俺からゴミ袋を受け取る。

 「おい、竹流に美味い朝食を喰わせたいんだ。こいつ、俺が「紫苑六花公園」にまた行くかもしれないって思ってな。今朝の5時から一生懸命に掃除しててくれたんだぞ!」
 「そうなんですか!」
 「頼む!」
 「分かりました!」

 入り口で竹流が上に引っ掛かる。

 「神様!」
 「低くしろ! 絶対にお前を担いだままで入るぞ!」
 「はい!」

 竹流は俺の頭にしがみ付いて姿勢を低くした。
 俺も屈みながらゆっくりと歩く。
 
 「大丈夫か?」
 「もうちょっと低く!」
 「おし!」

 やっと潜った。
 二人で笑い、竹流をテーブルまで担いで降ろした。

 「ありがとうございました!」
 「到着したな! 俺も親父のメンツが保てたぞ!」
 「アハハハハハ!」

 竹流がボンバージャケットを礼を言って返した。

 「温かっただろう?」
 「はい!」
 「今度、お前に送ってやろう。公園の掃除は寒いのが俺も分かったからな」
 「ありがとうございます!」

 俺は小鉄に断って厨房に入った。
 竹流にオムライスとオニオンスープ、ナスのチーズ焼き、アスパラとカリカリベーコンとレタスのサラダを作った。
 竹流は厨房の入り口に来て、ずっと見ていた。
 二人で食べる。

 「多いから、残していいからな」
 「いえ、どれも美味しいです」
 「そうか。お前を思って作ってたら、こんなに多くなってしまったんだ」
 「ありがとうございました!」

 楽しく話しながらゆっくりと食べ、食後にミルクティーを飲んだ。
 竹流は全部食べてくれた。

 駐車場に車が止まり、よしこが駆けて入って来た。

 「石神さん!」
 「おう、おはよう!」
 
 早足でテーブルに来る。
 いきなり泣き出した。

 「おい! なんだ朝っぱらから! 旦那と喧嘩したか?」

 よしこは号泣して言葉が出ない。
 タケが来て、先ほど電話したのだと言った。

 「竹流が朝早くから掃除してて、石神さんが連れ帰って食事を作ってるって言ったんです。そうしたらこいつ、飛んで来やがって」
 「ああ、そうか」

 よしこを座らせ、小鉄がいつものモーニングセットを出した。
 無理に喰わせ、落ち着かせた。

 「石神さん、ありがとうございました」
 「俺じゃないよ。竹流がまだ暗いうちからやってくれてたんだ。こいつは最高だな!」
 「はい!」

 よしこの車で、俺も一緒に竹流を園に送った。
 竹流は門の前で、俺たちが見えなくなるまで見送ってくれた。
 誰が教えたわけでもないだろう。
 竹流の心が、そういう見送りをさせたのだ。

 「石神さん、本当にありがとうございました!」
 「バカ! 竹流だって!」
 「はい。あの子はもう! でも石神さんが公園に行ってくれたから、あの子も……」

 よしこがまた泣き出したので、運転が危ないからしっかりしろと叱った。

 「あいつはいつも言ってるじゃないか」
 「はい」
 「「奇跡は起きる」ってな。そういう生き方を、あいつがしてるってことだ」
 「はい!」






 俺は帰ってから、竹流にボンバージャケットを送った。
 黒のコーデュロイの折り返し裾のズボンと白のシャツも。
 そしてあの日俺が来ていたボンバージャケットも。

 竹流は俺ほどでかくならないかもしれない。
 でも、きっと喜んでくれるだろう。
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