上 下
910 / 2,806

しおりを挟む
 俺たちはロックハートの家で風呂に入った。
 双子が俺の背中を流し、亜紀ちゃんは俺の前を洗おうとするので、笑って断った。
 亜紀ちゃんは俺の髪を洗った。
 俺も三人の背中と髪を洗った。

 亜紀ちゃんは俺の胸の傷を見ていた。
 肉は小さく爆ぜていたが、もう収まっている。
 「金剛花」が自動的に発動し、肉体を守った。
 俺はレイの弾丸で死んでも良かった。
 恐らく、「オロチ」か「Ω」の作用なのだろう。




 風呂を上がり、俺は三人を寝かせた。
 三人はすぐに眠った。
 相当、疲れていたのだろう。
 
 俺は聖へ連絡した。
 「セイントPMC」へタクシーで向かった。

 ゲートが開いており、聖が俺を待っていた。

 「また世話になったな」
 「なんでもねぇよ」

 俺たちは歩き出した。
 広い場所に聖が案内した。
 小さなテーブルセットが置いてあり、酒の用意がしてあった。
 聖がグラスに氷を入れ、俺の前に置いた。
 俺たちは無言で飲み始めた。

 「ここでよ、ガキ共をボコボコにしてやったんだ」

 聖が言った。

 「そうか。大変だったろう」
 「ああ、何しろトラの子どもたちだからな。結構本気でやった」

 広い敷地だった。
 ここで聖は懸命に亜紀ちゃんと双子を鍛えてくれたのだろう。
 目に浮かぶようだ。

 「いいガキ共だな。俺が幾らボコっても、ちゃんと立ち向かって来た」
 「ああ」
 「自分のためだったら、最初に諦めてる。お前のために強くなりたいって連中だ」
 「そうだ」
 


 「俺もそうだ」
 聖が言った。



 「え?」

 「俺もお前のためだ。お前を守るために今日まで来た。お前は俺のたった一人の友達だからな」
 「聖、お前……」

 「お前が戦場を離れるって。だったら俺は戦場で強くなって、お前を守ると決めた。あの日にな」

 俺の目から涙が零れた。

 「お袋さんのために医者になるってな。お前はじゃあ弱くなる。ならば俺が強くなって、お前を守ればいい」
 「お前はずっとバカのままだな」

 「そうだよー! バカな俺を大事に思ってくれるお前が何より大事なんだぁー!」

 「聖、ありがとう」
 「バカだかんな! お前は全然弱くならなかった。アメリカと喧嘩して勝っちまうなんてよ! お前は最高だぜ」
 「俺はお前以上にバカだからな。頭の良い奴らがやらないこともガンガンやるからな」
 

 俺たちは飲んだ。
 つまみは無い。
 酒だけを飲んだ。


 「お前が助けてくれってさ! あの日、俺がどんなに嬉しかったか。あんまり嬉しいんで、全然趣味じゃねぇアンジーと結婚しちまった。お前のせいだぞ」
 「悪い、全然分かんねぇ」
 「アハハハハハハ!」

 聖が高らかに笑った。

 「トラが引き合わせてくれたんだと思った。実際いい女だしな」
 「そうか。良かったな」




 「死んだ女も、いい女だったか」
 「そうだ。最高の女だ」
 「そうか。お前は昔からいい女と知り合うよな」
 「そうだな」

 やがて酒が少なくなった。
 聖がどこかへ電話した。
 部下の誰かに酒を持って来させるのだろうと思った。

 ジャンニーニが来た。

 「セイント! 俺は酒屋じゃねぇ!」
 「よう! 一緒に飲もうぜ!」

 ジャンニーニは文句を言いながらも、嬉しそうに座った。
 ジャンニーニの部下たちが大量の酒瓶を地面に置いた。
 そして大量のチーズをテーブルに置いて去った。

 「なんなんだよ、一体!」
 「いいじゃねぇか! 折角トラが来てくれたんだ。お前も一緒に飲もう!」
 「ヘッ! まあいい。久しぶりだな、トラ」
 「ああ、いろいろと子どもたちが世話になったな」
 「まったくだ。やっぱお前の子だ。とんでもねぇ」
 「アハハハハハ!」

 「ジャンニーニ、俺ももうすぐ子どもが生まれる!」

 聖がニコニコとして言った。

 「冗談じゃねぇ! お前ら、頼むからうちには来ないでくれ!」

 俺と聖は笑った。

 「子どもとの散歩コースにするからな。庭にブランコと滑り台を置け」
 「なんだと!」
 「うちの子らには肉な。ステーキを飽きるほど喰わせてくれればいい」
 「冗談じゃねぇ! あいつら牛を丸ごと喰うじゃねぇか!」
 「小遣いも頼むな」
 「ああ、うちの子にもな」
 「やめてくれぇー!」

 俺たちは笑い、ジャンニーニも楽しそうだった。
 朝まで話し、俺と聖は時々殴り合った。
 ジャンニーニはどっちか殺されろと言った。

 朝方に、ジャンニーニが潰れた。

 「トラ、帰れそうか?」
 「ああ。ありがとうな」
 「お前のためならな。またいつでも声を掛けてくれ」
 「頼む、親友」
 「うん!」

 聖はテーブルでまた飲み出した。
 俺と別れるためだ。
 もう、酒を飲む必要は無い。
 あいつは俺のためだけに飲んだ。

 俺はジャンニーニを担いで去った。
 ゲートの外で、ジャンニーニの部下が待っていた。
 ジャンニーニを中へ入れ、一緒に乗せてもらった。



 その日の昼に、ロックハートの自家用ジェットで日本へ帰った。



 後日、アルジャーノンから連絡が来た。
 俺たちとアメリカとの約定だ。
 俺たちが国ではないので、調印は行なわない。
 
 アラスカの売却。
 これはアメリカのダミー企業が土地を買収し、最終的に俺たちのものになる。
 実質は割譲だ。
 表向きは、特殊軍事施設の設置になる。
 
 アメリカとの軍事同盟。
 「業」の脅威に対抗するために、相互に軍事同盟を結ぶ。
 但し、俺たちは非公開の軍勢力となり、機密扱いの組織だ。
 これにより、アラスカの新規施設の建造と使用が可能となり、アメリカの全軍の全面的協力を得られる。
 また、海兵隊の指揮権を委譲され、維持費はこれまで通りに米国が担うが、俺が自由に運用できるようになった。
 更に、この同盟により、俺たちへの絶対不可侵といかなる工作も調査も行なわないこととなっている。

 ロックハート家と「セイントPMC」への不可侵。
 これは俺が条項として明記するように言った。
 今回の俺の襲撃に、この二つが密接に関わったのは明確だ。
 だからそのことで一切の不利益を被らないことを納得させた。
 まあ、結果的にアメリカの壊滅を阻止した功労者なのだから、反対する者もほとんどいなかった。

 「ヴァーミリオン」計画の全ての移譲と廃棄。
 「ヴァーミリオン」計画の全情報とデータの引き渡しと、その後の廃棄を約束させた。
 そして更に、「業」の勢力によってこの計画が行なわれていたことを公表し、その非人道的な実験を世界中に告発する。
 「業」の攻撃を阻止し、悪魔的な実験施設を破壊したのが、今回軍事同盟を結ぶ俺たち、というシナリオだ。
 一応、俺たちはアメリカ国内の極秘組織ということにする。
 アメコミのようだ。

 賠償。
 ロックハート家に10億ドル支払うように命じた。
 それとは別に、「セイントPMC」へ1億ドル、これは情報の提供料だ。
 聖たちの懸命な軍隊の制止の呼びかけがなければ、被害はさらに拡大していた。
 そして、ユタ州D基地跡地の造成。

 そこへ500本の桜の植樹をさせた。

 レイと過ごした花見を思い出した。
 あの日、俺たちはレイと楽しく笑い、過ごした。
 レイの好きな物をほとんど知らなかった。
 レイは桜が綺麗だと言った。
 それしか、俺には出来なかった。
 日本から桜の専門家が呼ばれ、丁寧に植樹された。




 レイが最後に俺に「愛している」と言った場所。

 造成が終わり、植樹が完了した後で、俺は院長に頼み込んで遠いここまで来てもらった。
 院長に、光を注いで欲しいと言った。

 「ここは、どういう場所なんだ?」
 「はい。俺の大切な人間が死んだんです」
 「そうか。分かった」

 それだけの言葉で、院長は倒れそうになるまで注いでくれた。









 毎年、そこでは桜が美しく咲き乱れるようになった。
 恐らく、世界で一番美しく桜の咲く場所。
 翌年、最初にその見事な桜吹雪を浴びながら、俺は潰れるまでウォッカを飲んだ。
 何百回もレイの名を叫んだ。
 

 しかし、レイは現われてはくれなかった。





 レイは、もういないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...