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ただ、涙のみ

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 日本に戻り、俺は全員を集めた。
 うちの子どもらと柳。
 栞、鷹、六花、そして響子。
 一江と大森、そして早乙女と麗星。
 千両、桜、蓮花、タケ、よしこにも来てもらった。
 御堂と風花も呼んだ。
 リヴィングのテーブルの周りに、全員の椅子を集めた。


 全員にレイの最期を話した。
 響子が大泣きし、他の人間も多くが泣いた。
 俺は響子を抱き上げ、響子は俺の胸に顔を埋めた。

 アメリカとの約定も話した。

 「レイのことは絶対に忘れない。だが、もう泣くな! 俺たちは前に進むしかない!」
 全員が俺を見ている。

 「これからも、誰かが死ぬかもしれん。俺たちは、そういう道を選んだ。嫌になったのなら、いつでも言ってくれ。安全な場所を用意する。これまで、みんなよくやってくれた」

 俺はしばらく待った。

 「誰も抜けないのか? 遠慮はいらんぞ? 俺も誰かが死ぬのは嫌だ。どうか、ここまでで抜けてくれ。俺の本心だ」

 誰も、そう言わないのは分かっていた。

 「いいんだな。じゃあ、これからも頼む。俺も全力でお前らを守る。ありがとう」

 千両が立ち上がった。

 「石神さん。私らは石神さんの下で死にたくて、石神さんに上に付いてもらった。そのことは忘れんで下さい」
 「ああ、分かった」

 六花も立ち上がった。

 「私は石神先生と共に生き、死ぬだけです」
 「そうだな」

 御堂も立ち上がった。

 「石神、前に言ったよね? 僕は石神がいない世界なんて興味はない。どこまでも一緒だよ」
 「ありがとう、御堂」

 全員が立ち上がり、口々に俺と共に戦うと言ってくれた。
 
 「私も一緒だよ、タカトラ」

 響子が泣きながら言った。

 「レイは、強力な洗脳をされていた。恐らく、「業」の技術が渡っていた。短い時間で、絶対に逆らえない洗脳だ。レイは俺を拳銃で撃った。しかし、レイの魂がそれに抗った。レイは自分の指を爆発させ、自分の身体を爆発させた。それしか、自分を止める術が無かったんだ」

 全員が黙っている。

 「俺たちの敵は、そういう奴だ。地獄の戦いだ。覚悟はいいな!」
 全員が叫んだ。






 その時、部屋がまばゆい光に包まれた。
 
 「大天……」
 ルーが叫び、ハーが慌ててその口を塞いだ。

 目を開けてはいられないほどの光だった。
 しかし、俺たちは、その中にほんの一瞬、巨大な幾枚もの羽を持つ女性と、その横に立つ女を観た。

 「名前を呼んではダメ!」
 ハーが叫んだ。

 誰もが涙を流した。
 もういい。
 二人とも、俺が良く知る、俺の最愛の女たちだった。







 二人とも、優しく笑って俺たちを見てくれていた。






 俺たちは酒を飲み、飯を喰った。
 誰も奇跡のことは話さなかった。
 俺たちは十分だった。
 ありったけの食材を料理し、ありったけの酒を出した。
 みんなで飲んで騒いだ。
 涙を流さないために騒いだ。






 アメリカでの葬儀には、皇紀を名代として派遣した。
 俺が表に出るわけにはいかない。
 ロックハート家が便を手配してくれた。
 葬儀には大統領や政府の高官、軍部のトップたちも列席した。
 聖とアンジーも来てくれたそうだ。
 ターナー少将もいたと言っていた。

 皇紀には、レイの写真をありったけ持たせた。
 遺体の無いレイの棺に入れるためだ。
 レイの部屋から、レイの髪も一筋持たせた。
 たったそれだけだ。
 静江さんが髪と俺と一緒に写っていた写真を棺に入れたそうだ。
 あとは、たくさんの花が入れられた。




 俺たちは、もうレイのことで泣かないと決めた。




 俺の家のレイの部屋は、そのままにした。
 綺麗に整頓された部屋だった。
 レイの勉強した多くの本がある。

 「タカさん」

 亜紀ちゃんが、レイの日記を見つけた。
 俺の部屋へ持って来た。

 「すみません、少しだけ読んでしまいました」
 「そうか」
 「何か、思い残したことがないかって」
 「そうか」

 亜紀ちゃんが俺を見て泣いた。

 「毎日、レイは書いてました」
 「そうか」

 「毎日、タカさんを愛してるって! 毎日、毎日その言葉で終わってました!」
 「そうか」

 「レイー! 会いたいよー!」
 「そうだな」

 亜紀ちゃんは俺に抱き着いて泣いた。

 俺は亜紀ちゃんを連れてレイの部屋へ入った。

 「亜紀ちゃん、泣いちゃダメだ」
 「はい、でも」
 「レイは最後まで俺を愛して死んだ。最後までだ。俺たちも最後までだ」
 「はい」
 「最後までだぞ!」
 「はい!」









 俺たちは最後まで進む。
 それしかないのだ。

 この世界は涙で満ちている。
 それでも、俺たちは進む。
 俺たちは涙しか持っていないのだ。
 俺たちが進めば、涙を零すしかない。





















 《最後の審判にて、吟味されるべきはただ涙のみであろう (Au Jugement dernier on ne pèsera que les larmes. )》 エミール・シオラン『涙と聖者』より。
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