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ミユキの微笑み

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 蓮花が俺の着物を用意した。
 黒の地に虎が満月に吼えている構図が背中にある。

 「お前は本当に俺の好みが分かっているなぁ」
 「はい。わたくしの唯一の趣味です」
 蓮花が微笑んだ。
 

 俺は何本かの電話をかけた。
 最初は一江だ。

 「一江、悪いが数日休むことになる」
 「はい、栞から聞いてます。鷹が大変なことになったと」
 「ああ。命は取り留めて、しばらくすれば戻るけどな」
 「え! でも腹を裂いたと聞きましたけど?」
 「特別な治療をした。分かるな?」
 電話では話さない。

 「はい!」
 「もう元気だ。しかし一応経過を観察する」
 「分かりました!」
 「鷹の仕事のことも上手くやってくれ」
 「お任せ下さい!」
 「頼むぞ!」
 「はい!」
 
 「しかし、お前と話しててもチンコが燃えたことねぇな」
 「燃えなくていいですよ!」
 俺は笑って電話を切った。

 次は栞だ。

 「石神くん!」
 「心配いらない。鷹は無事だ」
 「そう! 良かった」
 「蓮花が上手くやってくれた。だけどな、命を救うために生体チップを使った。頸動脈まで切ったからな」
 「え!」
 「鷹の姿が変わった。だから数日俺は経過観察でこっちにいる」
 「うん、分った! それで鷹は……」
 「髪が全部抜けた」
 「鷹!」
 「でも綺麗だよ。ウイッグで大丈夫だと思う」
 「そう……」
 「鷹も来週には復帰できる。今も元気だ」
 「私があんな話をしたから……」
 「そうじゃない。俺も前に生体チップの話はしている」
 嘘だった。 

 「でも、最初に私に電話したんだよ?」
 「お前を頼りにしているんだろう。随分と相談に乗ってやったんだろ?」
 「うん」
 「栞、お前はいい奴だ。これからも鷹のことを頼むな」
 「任せて!」


 最後は亜紀ちゃんだ。

 「亜紀ちゃん、そっちは大丈夫か?」
 「はい! タカさん、鷹さんは!」
 「ああ、大丈夫だ。蓮花が全部ちゃんとやってくれた」
 「ああ! 良かったぁ!」
 「みんなにも無事だと話してやってくれ」
 「はい!」
 
 「俺は鷹の様子を見るために、数日こっちにいる。急で悪いな」
 「いいえ、全然!」
 「鷹も今週中にはそっちに戻れる」
 「分かりました。早く元気になって下さいと伝えて下さい」
 「伝えるよ。何かあったら連絡してくれ」
 「りょーかいです!」

 


 俺は蓮花と一緒にミユキと風呂に入った。
 マットを敷いて、二人の女を愛する。
 身体を洗い、湯船に入った。

 「ミユキ、前鬼と後鬼には会ったか?」
 「はい。蓮花様に紹介していただきました」
 蓮花は頷いている。

 「戦ってみたか?」
 「いえ、それはまだありません」
 「蓮花。前鬼と後鬼に会うぞ」
 「はい、お願いいたします」
 「ミユキも一緒に来てくれ」
 「かしこまりました」

 風呂を上がり、三人で前鬼たちの部屋に入った。
 ミユキのものとは違う、俺の戦う画像が壁に投影されていた。
 部屋の床で、二人は平伏していた。

 「顔を上げろ。お前たちが「生まれて嬉しい」」
 「「ハッ!」」

 顔を上げた二人は精悍な顔だった。
 二人とも屈強な身体だが、前鬼は2メートル近いのに比べ、後鬼は160センチほどだ。
 二人は兄弟だった。
 体つきが違うのは、異母兄弟のためだ。

 「お前たちは「俺のため」に戦ってくれるか?」
 「はい、喜んで戦い、死にます」
 「我らの命はそのために甦りました」

 二人は仲の良い兄弟だったらしい。
 農家の息子たちだが、「業」が前鬼の大きさを面白がり、後鬼と一緒に攫った。
 ミユキと同じく家族は全員殺されている。
 名前は俺が付けた。
 
 「俺はお前たちの苦しい魂を救うために、またこの世に呼んだ。お前たちはまだこの世でやりたいことがあるのだろう」
 「はい! 石神様と共に「業」と戦うために!」
 「石神様の鉾となり盾となって「業」を滅するために!」
 「分かった。ついて来い」

 俺たちは外へ出た。



 「クロピョン!」
 俺の目の前の地面から、黒いヘビが現われる。

 「この二人の記憶を取り戻せるか?」
 ヘビは前鬼の前に進み、ミユキと同様に額から中に入った。
 続いて後鬼にも同様に入って行く。

 二人が地面に頽れた。
 俺が前鬼を担ぎ、ミユキは後鬼を担いだ。
 二人を部屋のベッドに寝かせる。

 「石神様」
 「なんだ?」
 「以前よりもお力が」
 「分かるか」
 「はい」
 俺の力は格段に強くなった。
 まだ以前の体格は取り戻してはいない。
 以前は80キロ以上あった体重は、まだ65キロだ。
 戻れば、どれほどのものになるのか。

 

 前鬼が意識を取り戻した。
 
 「どうだ、前鬼。大丈夫か?」
 前鬼はベッドから降り、床に平伏しようとする。

 「良い、寝ていろ。これは命令だ。お前の身体に障ることはしたくない」
 「ハッ!」
 「記憶を取り戻したか?」
 「はい」
 「お前は別の名前だった。その生活に戻りたいのなら、俺が喜んでそうしてやる」
 「いいえ! 私は前鬼。石神様に呼んでいただいた者です!」
 「そうか」

 「思い出しました。私は「業」によって心を砕かれました。しかし、石神様は再び、私に心を取り戻して下さった」

 後鬼も目を覚ました。
 前鬼と同様のことを言った。

 「兄と共に、石神様のために働き、戦い、死にたく存じます」
 「そうか。お前たち、頼むぞ」
 「「はい!」」
 「何か望むことはあるか?」

 「石神様のために死ぬこと以外はございませんが」
 「なんだ。何かあるなら言ってくれ」
 「一つだけ。私共のために涙を流した少年を」
 「一目なりともお会いしとう存じます」

 「!」

 二人が言った。

 「皇紀か。分かった。でも会ってどうする?」
 「何も出来ませんが、一言礼を申し上げたいと。ただの肉くれに涙を流して下さったこと、感謝したく」
 「よく分かった。会わせよう」
 二人はベッドを降り、頭を下げた。



 俺たちは廊下を歩いて行く。

 「おい、何か嬉しそうだな」
 蓮花とミユキが幽かに微笑んでいる。

 「はい。わたくしもミユキも、皇紀様が大好きですから」
 「そうか」




 鷹の様子を見に行くと、ベッドで起きていた。

 「そろそろ昼食の時間だが、食べられるか?」
 「はい。自分でも不思議なほどお腹が空いています」
 「そうか! 普通に食べれるか?」
 「大丈夫だと思います。驚くべき回復ですね」
 「じゃあ、蓮花に精進料理を作ってもらおう。結構いいんだ」
 「ありがとうございます」

 俺は傷の具合を見た。
 切り口にはピンクの肉が盛り上がり、完全に癒着している。
 俺は鷹を誘って風呂に入った。
 鷹の全身を洗ってやる。
 頭部だけは念のためタオルで拭う程度だ。
 一緒に湯船に浸かった。

 「まだ短い時間だけな」
 「はい。でも気持ちがいいです」

 風呂を上がり、食堂へ行った。
 蓮花の精進料理を味わう。
 鷹は旺盛に食べた。

 「もう帰れそうです」
 「まだダメだ。これからお前は検査漬けだ」
 「アハハ。立場が逆になるんですね」
 「自業自得だ。諦めろ」
 「はい、申し訳ありません」




 「検査のご案内を紹介いたします」
 蓮花が自走ロボットを連れて来た。

 「シャノアだにゃ!」
 「カワイイ!」
 黒いネコの頭部だ。
 
 「ヨウちゃん、はやくゲンキになルンダにゃ!」
 「はい!」
 鷹がシャノアのアルミの頭部を撫でている。
 シャノアは目を細めた。

 「おい」
 「はい」
 「お前の趣味って着物以外もあるじゃねぇか」
 「ウフフフ」

 午後はミユキたちと組み手をした。
 ミユキは格段に強くなっていた。
 技のコンビネーションやフェイントが上手くなった。
 前鬼は、巨体を生かした豪壮な動きと、意外にもスピードと回転力があった。
 パンチや蹴りの数が多い。

 後鬼はまだ見るべきものはない。
 きっと大人しい少年だったのだろう。
 必死に向かっては来るが、格闘技をやった人間であれば撃破される。

 「まったく至らずに申し訳ありません」
 息が荒い中で言った。

 「構わない。皇紀も最初は弱かった。でも今では防御に関しては兄弟随一だ。それにあいつの考案したものでここも守られている。直接の戦闘以外でも役立つということだ」
 「はい!」

 「ミユキ!」
 「はい!」
 「随分と強くなったな!」
 「ありがとうございます」

 「褒美をやろう」
 「はい」







 俺はその夜、皇紀に電話し、ミユキと話させた。
 ミユキは微笑みながら、楽しそうに皇紀と話した。
 優しく笑うミユキを見て、俺と蓮花も笑った。
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