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鷹の涙を。
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夜になった。
夕食をとり、鷹の部屋で話した。
「ここは何も無いからな。お前も退屈だろう」
「いいえ、とんでもありません。検査で今日は疲れました」
「そうか」
俺たちは笑った。
「俺はここでやることは多い」
「はい。私のことは」
「まず鷹の世話だろ? それと鷹と食事だろ? それと鷹とお風呂。それから鷹とお話しして、常に鷹の体調を見て」
「石神先生」
鷹が笑った。
「私のことはいいですから、石神先生のやるべきことをなさって下さい」
俺は鷹を抱き締めた。
「鷹を愛することは、まだできねぇけどな」
「はい」
「俺が一番やりたいことだ」
「ありがとうございます」
鷹が泣いた。
「おい、泣かせることは俺の仕事じゃねぇぞ」
「すみません」
「検査の結果は良好だ。まあ、信じられないくらいに回復しているな」
「そうですか」
鷹は俺の膝に頭を乗せた。
甘えてくるのは珍しい。
「シャノアってカワイイんですよ」
「あれかぁ」
「私が何かやるたびに、すぐに褒めてくれるんです」
「そうなのか」
「注射を痛がらないなんて素晴らしいにゃ、って」
俺は笑った。
「石神先生」
「なんだ?」
「私のことを全然叱らないですね」
「怪我人だからな」
「治ったら叱るんですか」
「当たり前だ! お前の身体にぶっとい注射をガンガン刺してやるからな」
「それって罰になってないですよ」
鷹が笑った。
「当たり前だ。罰を受けるのは俺の方だからな」
「それは!」
「鷹が悩んでいることはずっと知っていた」
「だから直接家にまで来てくれたりしたじゃないですか」
「いや。俺はお前をちゃんと守ってやれなかった」
「そんなことはありません」
「鷹、済まない。苦しんでいるお前を助けてやれなかった。許してくれ」
「石神先生! 私が全部決めたことです」
「それでもだ。俺がお前の前で取り乱したことも、皇紀を追い詰めてしまったのを見せたことも。あんなもの考えればお前を追い詰めたって分かったはずなのに」
「石神先生……」
「お前に腹を裂かせ、首まで切りつけさせて。お前を愛し守ろうと思っていたのに、俺は本当にダメな奴だ」
「石神先生。私は今とても満足しているんです。これから私は私が思った通りに石神先生の役に立てます」
「鷹」
「石神先生」
「ああ」
「愛しています」
「俺もだ」
「石神先生」
「ああ」
「明日お帰り下さい」
「……」
「私はもう大丈夫です。身体も癒えましたし、心は満足で一杯です」
「……」
鷹が優しく微笑んでいた。
「私って臆病だったんですよ」
「そうなのか?」
「一番決心したのは、両親の反対を押し切ってナースになった時です」
「そうか」
「でも、今回のはもっと凄い決心でした」
「そうだろうな」
「それに色々考えたんですから」
「そうだったな」
「物凄く頭がいい石神先生を、有無を言わさずに動かしちゃったんですからね」
「ああ」
「絶対に手に入らないものを三つも手に入れて」
「そうだ」
「私、やりましたよね」
「やり過ぎだ」
俺たちは笑った。
「分かった。明日の夜に帰る。やることもあるからな」
「私以外のことでお願いします」
「ああ」
「栞さんにはさっき謝っておきました」
「泣いてたろう」
「はい、それはもう」
「怒らなくて良かったな」
「それはもう」
また俺たちは笑った。
俺は鷹を寝かせ、自分の部屋に戻った。
鷹は、一人になったら泣くのだろう。
俺はその涙を拭ってやることも出来ない。
俺は地下6階に向かった。
ここには「ヴァーミリオン」の遺体が保管されている。
何度もゲートを潜った。
俺と蓮花、そして皇紀しか入れない。
全身の骨格をチタン合金に置き換えられている。
蓮花の計測では、ライフル弾までなら直撃に耐えられるとのことだった。
もちろん筋繊維はそのままだから、削って行くことは出来る。
しかし身体に配置されたチタン合金のプレートがあるから、それも難しいだろう。
対物ライフルが有効だ。
肺は人工のものに置き換えられていた。
ほとんど酸素ボンベのようなものだ。
運動量に見合った酸素を身体に送るための基盤が埋め込まれている。
外部から酸素を注入する方式だったようだ。
空いた肺のスペースに、コンデンサーがあった。
両肩のビーム砲のためのものだ。
ビーム砲はパルスレーザーであったことが分かっている。
高出力のレーザーを断続的に撃ち出すことによって、射線空間に超高熱を生じさせる。
連続照射よりも断然エネルギーのロスが少ない利点がある。
コンデンサーの容量から、左右10秒間使えることが分かった。
消化器官が取り除かれ、運動神経の補助的な装置があることも悍ましい。
栄養素も酸素ボンベと同様に、外部から注入される。
脳も改造されている。
特にアドレナリン放出の回路があり、戦闘中は恐るべき力を振るう設計だ。
思考がどのようなものかは分からないが、恐らく相当な洗脳があっただろう。
脳の組織からは、様々な薬物が検出されている。
多くは麻薬だ。
「業」のやったこととまったく同じだ。
こんなものを作ろうとする人間の気が知れない。
俺のいる世界、俺の愛する者のいる世界に、地獄を生み出した連中がいる。
そんな者たちのために、鷹は苦しみ自分を捨てた。
負けるわけには行かない。
夕食をとり、鷹の部屋で話した。
「ここは何も無いからな。お前も退屈だろう」
「いいえ、とんでもありません。検査で今日は疲れました」
「そうか」
俺たちは笑った。
「俺はここでやることは多い」
「はい。私のことは」
「まず鷹の世話だろ? それと鷹と食事だろ? それと鷹とお風呂。それから鷹とお話しして、常に鷹の体調を見て」
「石神先生」
鷹が笑った。
「私のことはいいですから、石神先生のやるべきことをなさって下さい」
俺は鷹を抱き締めた。
「鷹を愛することは、まだできねぇけどな」
「はい」
「俺が一番やりたいことだ」
「ありがとうございます」
鷹が泣いた。
「おい、泣かせることは俺の仕事じゃねぇぞ」
「すみません」
「検査の結果は良好だ。まあ、信じられないくらいに回復しているな」
「そうですか」
鷹は俺の膝に頭を乗せた。
甘えてくるのは珍しい。
「シャノアってカワイイんですよ」
「あれかぁ」
「私が何かやるたびに、すぐに褒めてくれるんです」
「そうなのか」
「注射を痛がらないなんて素晴らしいにゃ、って」
俺は笑った。
「石神先生」
「なんだ?」
「私のことを全然叱らないですね」
「怪我人だからな」
「治ったら叱るんですか」
「当たり前だ! お前の身体にぶっとい注射をガンガン刺してやるからな」
「それって罰になってないですよ」
鷹が笑った。
「当たり前だ。罰を受けるのは俺の方だからな」
「それは!」
「鷹が悩んでいることはずっと知っていた」
「だから直接家にまで来てくれたりしたじゃないですか」
「いや。俺はお前をちゃんと守ってやれなかった」
「そんなことはありません」
「鷹、済まない。苦しんでいるお前を助けてやれなかった。許してくれ」
「石神先生! 私が全部決めたことです」
「それでもだ。俺がお前の前で取り乱したことも、皇紀を追い詰めてしまったのを見せたことも。あんなもの考えればお前を追い詰めたって分かったはずなのに」
「石神先生……」
「お前に腹を裂かせ、首まで切りつけさせて。お前を愛し守ろうと思っていたのに、俺は本当にダメな奴だ」
「石神先生。私は今とても満足しているんです。これから私は私が思った通りに石神先生の役に立てます」
「鷹」
「石神先生」
「ああ」
「愛しています」
「俺もだ」
「石神先生」
「ああ」
「明日お帰り下さい」
「……」
「私はもう大丈夫です。身体も癒えましたし、心は満足で一杯です」
「……」
鷹が優しく微笑んでいた。
「私って臆病だったんですよ」
「そうなのか?」
「一番決心したのは、両親の反対を押し切ってナースになった時です」
「そうか」
「でも、今回のはもっと凄い決心でした」
「そうだろうな」
「それに色々考えたんですから」
「そうだったな」
「物凄く頭がいい石神先生を、有無を言わさずに動かしちゃったんですからね」
「ああ」
「絶対に手に入らないものを三つも手に入れて」
「そうだ」
「私、やりましたよね」
「やり過ぎだ」
俺たちは笑った。
「分かった。明日の夜に帰る。やることもあるからな」
「私以外のことでお願いします」
「ああ」
「栞さんにはさっき謝っておきました」
「泣いてたろう」
「はい、それはもう」
「怒らなくて良かったな」
「それはもう」
また俺たちは笑った。
俺は鷹を寝かせ、自分の部屋に戻った。
鷹は、一人になったら泣くのだろう。
俺はその涙を拭ってやることも出来ない。
俺は地下6階に向かった。
ここには「ヴァーミリオン」の遺体が保管されている。
何度もゲートを潜った。
俺と蓮花、そして皇紀しか入れない。
全身の骨格をチタン合金に置き換えられている。
蓮花の計測では、ライフル弾までなら直撃に耐えられるとのことだった。
もちろん筋繊維はそのままだから、削って行くことは出来る。
しかし身体に配置されたチタン合金のプレートがあるから、それも難しいだろう。
対物ライフルが有効だ。
肺は人工のものに置き換えられていた。
ほとんど酸素ボンベのようなものだ。
運動量に見合った酸素を身体に送るための基盤が埋め込まれている。
外部から酸素を注入する方式だったようだ。
空いた肺のスペースに、コンデンサーがあった。
両肩のビーム砲のためのものだ。
ビーム砲はパルスレーザーであったことが分かっている。
高出力のレーザーを断続的に撃ち出すことによって、射線空間に超高熱を生じさせる。
連続照射よりも断然エネルギーのロスが少ない利点がある。
コンデンサーの容量から、左右10秒間使えることが分かった。
消化器官が取り除かれ、運動神経の補助的な装置があることも悍ましい。
栄養素も酸素ボンベと同様に、外部から注入される。
脳も改造されている。
特にアドレナリン放出の回路があり、戦闘中は恐るべき力を振るう設計だ。
思考がどのようなものかは分からないが、恐らく相当な洗脳があっただろう。
脳の組織からは、様々な薬物が検出されている。
多くは麻薬だ。
「業」のやったこととまったく同じだ。
こんなものを作ろうとする人間の気が知れない。
俺のいる世界、俺の愛する者のいる世界に、地獄を生み出した連中がいる。
そんな者たちのために、鷹は苦しみ自分を捨てた。
負けるわけには行かない。
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