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挿話: 皇紀と風花
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お姉ちゃんと石神さんのお宅へ伺って、しばらく後のこと。
石神さんのお子さんの皇紀さんから連絡があった。
「風花さん、先日はどうも」
「その節は大変お世話になりました」
なんだろうと思ったが、石神さんが私の周辺の防衛システムを考えたいと言っていると聞いた。
「防衛システムですか?」
「はい。ああ、別に大したものではないんです。万一のことがあっても大丈夫な環境にしたいというタカさんの意向で」
「はあ」
「僕が任されているんで、一度下調べをしておけと言われまして」
「そうなのですか?」
「それで急なんですが、来週の土曜日の夜にでも伺えないかと」
「それは構いませんが」
「良かった! じゃあお仕事が終わる頃に会社へお迎えに行きますね」
「はい、ではよろしくお願いします」
どういうことかはよく分からなかった。
でも石神さんが折角考えて下さることだ。
お断りするのも失礼だろうと思った。
皇紀さんはその後も何度か電話してくれ、またメールでも図面などを送ってくれた。
何か特殊な装置を取り付けるようだった。
詳細は分からないが、一生懸命に説明してくれようとする皇紀さんに信頼を寄せていくようになった。
本当に優しい方だと思った。
社長にも、皇紀さんが来ることは伝えておいた。
「そうかぁ! 折角来てくれはるんなら、御馳走したいなぁ」
「それが、うちに防犯システムを入れてくれるそうで。社長には挨拶したいとおっしゃってますが、そのままうちを見たいそうです」
「そりゃ残念やなぁ。まあ、楽しみにまっとこ」
土曜日の夕方、皇紀さんが来たと聞いた。
私は仕事を終わらせて、社長室へ伺った。
「ああ、風花さん! 突然ですみません」
「いいえ。遠くまでようこそ。お世話になります」
「今、皇紀さんからいろいろ頂いてしもうて。ほら、こんなに写真まで」
見ると、幾つものお食事風景が写っていた。
石神さんのお子さんたちの、楽し気な風景だった。
見ているこっちも楽しくなる。
他にも、高そうで美味しそうな御菓子などが一杯あった。
「タカさんからいつも大変お世話になっている「梅田精肉店」の方々に食べて頂きたいと」
皇紀さんがニコニコして言った。
「じゃあ、風花さん。行きましょうか」
「何のおもてなしもせんで、申し訳ないなぁ」
「いいえ! 僕らこそ普段から本当にお世話になってますので!」
「さよか。また石神さんとゆっくり来てな」
「はい!」
皇紀さんと一緒に会社を出た。
皇紀さんはすれ違う人みんなに挨拶し、お世話になってますと言っていた。
私のマンションは、歩いて15分ほどだ。
皇紀さんはその間を真剣に見ていて、時々「ちょっとすいません」と言って写真を撮っていた。
よくは分からないが、私のことを真剣に思ってのことだということは分かった。
マンションの周辺は、特に注意深く観察していた。
エレベーターに乗ろうとすると、皇紀さんは先に行って下さいと言った。
「僕は階段を調べながら行きますので」
私が止める間もなく、階段へ走って行った。
私の部屋は8階だ。
階段では大変なはずだ。
でも、エレベーターでフロアに降りると、もう皇紀さんが待っていた。
驚いている私に
「すいません、呼んでくれてたのは気づいていたんですけど」
私は笑ってしまった。
どこまでも優しい人だと思った。
「こちらです」
私は皇紀さんを部屋へ案内した。
鍵を開ける間も、皇紀さんはいろいろと見ているようだった。
「お邪魔します!」
「はい、どうぞ」
スリッパを出すと、皇紀さんは自分の靴と私の靴を揃えてくれていた。
「すいません、お借りします」
男の人をあげたのは初めてだったが、皇紀さんへ警戒する気持ちはまったくなかった。
皇紀さんは、私へのお土産だと、手提げに入れた包をくれた。
お礼を言って受け取り、サイドボードに置いた。
お茶を出そうとすると、お気遣いなくと言い、私に断って部屋を見て回った。
「あ、洗濯物とかあったら言って下さい。そこには入りませんから」
「いいえ、片付けてますから大丈夫ですよ」
皇紀さんは頭を下げて礼を言われた。
「こちらこそお世話になるんですから、遠慮なく調べて下さい」
皇紀さんは、一時間ほどあちこちを丹念に調べていた。
「これで終わります。お邪魔いたしました」
「じゃあ、今度こそお茶でも飲んで下さい」
「はい、ご馳走になります」
私はパックの紅茶を出した。
石神さんの家とは違うので、ちょっと恥ずかしかった。
「いただきます」
皇紀さんは美味しいと言ってくれた。
「いいお部屋ですね。それにとても綺麗に使っていらっしゃる」
「はい。石神さんとお姉ちゃんにいただいたものなので、大切にしなければと思っています」
そう言うと、皇紀さんはとても嬉しそうな顔になった。
「タカさんはいつもそうなんです。六花さんも、風花さんのことはとても大事に思っていて」
「はい」
皇紀さんは、リヴィングにある写真を見ていた。
石神さんとお姉ちゃんのものだ。
それに、石神さんのお宅で撮ったみんなの写真。
皇紀さんはニコニコして眺めていた。
その笑顔がとても素敵だった。
「あ、そうだ。タカさんに、何か美味しいものをご馳走するように言われているんです」
「そうなんですか?」
「はい。押しかけてご迷惑をおかけするので、絶対に、と言われてます」
「困りました。私の方こそ何かご馳走しなければと」
「いいえ! ああ、そうだ。風花さんがよく行くお店ってありますか?」
「あ、ええ」
「じゃあ、そこへ行きましょう」
それも皇紀さんの親切なのだと分かった。
私がよく行く場所も、「防衛システム」というものに組み込むつもりなのだろう。
「でも、あまりオシャレなお店じゃないんです」
「僕はそういう方が! 気楽なお店が好きなんです」
「そうですか。でも幻滅しないでくださいね」
「はい!」
二人で出掛けた。
近所の定食屋だった。
皇紀さんには、普段の私をお見せしたかった。
「ここなんです」
「さあ、入りましょう! 美味しそうなお店じゃないですか」
笑顔でそう言ってくれた。
「いらっしゃい! あれ、風花ちゃん。彼氏?」
店主のおじさんが言った。
「いいえ、東京で姉がお世話になっている方のお子さんなんです」
「え、そうなの? カッコイイ子じゃない!」
「石神皇紀です! お世話になります!」
「こちらこそ!」
二人でカウンターに座った。
「風花さん、ここは何がおすすめですか?」
「なんでも美味しいんですけど、私はいつも唐揚げ定食を」
「じゃあ、僕も! ああ、それと」
皇紀さんはメニューを見て、幾つか注文した。
肉じゃがや焼き魚やサラダなど。
「そんな一杯、食べられませんよ!」
「風花さん、うちの食事を見てるでしょ?」
皇紀さんはそう言って笑った。
でも、店主のおじさんは心配そうだった。
「大丈夫です。この人はやると言ったら本当にやる人です」
私がそう言ったら、笑って奥に入って行った。
唐揚げ定食が一緒に出て来て、皇紀さんは「美味しいです!」と叫んだ。
おじさんが嬉しそうに笑い、皇紀さんは唐揚げを追加で頼んだ。
どんどん運ばれる料理に、他のお客さんが驚いてこっちを見ている。
おじさんは本当に皇紀さんがどんどん食べるので、嬉しそうに笑っていた。
「風花さんの言った通り、どれも本当に美味しいです!」
「そうかぁ! じゃんじゃん食べてくれ」
私もお手伝いしようと思ったけど、すぐにお腹いっぱいになった。
皇紀さんは食べながら、いろいろな楽しいお話をしてくれた。
「ちょっと前に、丹沢の山でサバイバル・キャンプをしたんですよ」
「サバイバル・キャンプ?」
「はい。双子が中心になってね。タカさんとお姉ちゃんはいなかったんです。そうしたら、双子がみんなの服を吹っ飛ばして」
「えぇー!」
「裸ですよ、みんな。それで、イノシシとかシカを捕まえて、その皮で服を作ったんです」
「えぇー!」
「栞さんなんかクマを倒して」
「アハハハハ!」
私は聞いていて大笑いしてしまった。
本当に楽しい。
「それでね。タカさんが翌日に迎えに来てくれたんですけど」
「はい」
「僕たちの格好を見たら、止まらないで猛スピードで行っちゃって」
「アハハハハハ!」
「置いて行かれたら大変ですから。みんなで必死に追いかけました」
「それでどうなったんです?」
「2キロくらい走ったかなぁ。やっと止まってくれて。みんなで荷台に押し込まれて帰りました」
「アハハハハ!」
おじさんも、店のお客さんもみんな聞いていて大笑いしていた。
皇紀さんは、「タカさんからお金を預かっている」と言って、全部支払いをしてくれた。
申し訳なかったので、またうちに寄って欲しいと言った。
「いえ、もうホテルに戻ります。今日は本当にありがとうございました」
「ダメですよ! 私にもお礼をさせてください」
私が少し怒った顔をしたら、皇紀さんも承諾してくれた。
「じゃあ、またさっきの紅茶をいただけますか?」
この人はどこまで優しいのだろう。
私が大したものを持っていないことを気にしてくれている。
「はい! でもケーキを買っていきましょう! あ、ケーキは私が出しますからね!」
「分かりました。ありがとうございます」
遅くまでやっているケーキ屋さんに寄った。
あまり高いケーキはなかった。
「皇紀さん、三つくらい大丈夫ですよね!」
「え、一つでいいですよ」
「ダメです!」
皇紀さんは笑って頷いてくれた。
私が持とうとすると、皇紀さんが持つと言った。
手がぶつかって、皇紀さんが慌てて謝った。
可愛らしい人だと思った。
「じゃあ、私が持ちますから、手を繋いでくれますか?」
「いや、それは」
「いいじゃないですか」
「でも、風花さんはとても綺麗な方なので緊張します」
嬉しかった。
私は無理矢理皇紀さんの手を握った。
「すみません、タカさんみたいな男じゃなくて」
「私は皇紀さんと手を繋ぎたいんです!」
皇紀さんは恥ずかしがっていたが、笑ってくれた。
今度は一緒にエレベーターに乗った。
いつ手を離していいのか分からなくて、私も困った。
玄関で鍵を出そうとしたら、皇紀さんが自然に手を離してくれた。
二人で中に入り、また皇紀さんが靴を揃えてくれる。
「ありがとうございます」
「いいえ」
自然な仕草で、私も自然にお礼が言えた。
こういう所も、きっと皇紀さんの優しさなのだろう。
お茶を煎れて、二人でケーキを食べた。
また皇紀さんが楽しいお話をしてくれる。
「そう言えば、先ほど頂いたお土産ってなんなんですか?」
「え、えーと」
皇紀さんが口ごもった。
私はサイドボードに置いた包を開いた。
「あ、これって!」
「すみません。僕が作ったオルゴールなんです。新宿の早稲田の方で作り方を教えてくれる所があって。素人の細工なんで恥ずかしいんですけど」
素敵なオルゴールだった。
螺鈿というのだろうか。
綺麗な磨いた貝がたくさん付いている。
私は小さなゼンマイを巻いて、そっと開いた。
甘く綺麗なメロディが流れた。
「ベルガマスク組曲の『月光』なんです。タカさんに何度も聴いてもらっているので、メロディは大丈夫かと思うんですが」
「とっても素敵な曲です。ありがとうございます」
私は皇紀さんが帰るまで、ずっと鳴らした。
「じゃあ、遅くまですみませんでした」
「いいえ、本当に何もお構いできなかったばかりか、ご馳走にまでなってしまって」
「いいえ。ほとんど僕が食べましたからね! アハハハ」
「ウフフフ」
「オルゴール、大切にします」
「お恥ずかしいです。他のおみやげも持ってこようと思ったんですが、タカさんがこれだけでいいだろうって」
「本当に素敵なものを頂きました」
帰り際に、皇紀さんが言った。
「何の曲にしようかって悩んだんですけど。風花さんの綺麗なお顔と優しい心を思ったら、あの曲が浮かんできて」
「そうなんですか! とても嬉しいです」
皇紀さんは笑って出て行った。
私はふと思って外に出て追いかけた。
「明日はすぐに帰られますか?」
「はい。でも別に用事があるわけでは」
「だったら、私に大阪を案内させてください」
「本当ですか!」
「はい。じゃあ、9時にここへいらしてくださいますか?」
「喜んで!」
皇紀さんは鼻歌を歌って帰って行った。
素敵な歌声だった。
石神さんのお子さんの皇紀さんから連絡があった。
「風花さん、先日はどうも」
「その節は大変お世話になりました」
なんだろうと思ったが、石神さんが私の周辺の防衛システムを考えたいと言っていると聞いた。
「防衛システムですか?」
「はい。ああ、別に大したものではないんです。万一のことがあっても大丈夫な環境にしたいというタカさんの意向で」
「はあ」
「僕が任されているんで、一度下調べをしておけと言われまして」
「そうなのですか?」
「それで急なんですが、来週の土曜日の夜にでも伺えないかと」
「それは構いませんが」
「良かった! じゃあお仕事が終わる頃に会社へお迎えに行きますね」
「はい、ではよろしくお願いします」
どういうことかはよく分からなかった。
でも石神さんが折角考えて下さることだ。
お断りするのも失礼だろうと思った。
皇紀さんはその後も何度か電話してくれ、またメールでも図面などを送ってくれた。
何か特殊な装置を取り付けるようだった。
詳細は分からないが、一生懸命に説明してくれようとする皇紀さんに信頼を寄せていくようになった。
本当に優しい方だと思った。
社長にも、皇紀さんが来ることは伝えておいた。
「そうかぁ! 折角来てくれはるんなら、御馳走したいなぁ」
「それが、うちに防犯システムを入れてくれるそうで。社長には挨拶したいとおっしゃってますが、そのままうちを見たいそうです」
「そりゃ残念やなぁ。まあ、楽しみにまっとこ」
土曜日の夕方、皇紀さんが来たと聞いた。
私は仕事を終わらせて、社長室へ伺った。
「ああ、風花さん! 突然ですみません」
「いいえ。遠くまでようこそ。お世話になります」
「今、皇紀さんからいろいろ頂いてしもうて。ほら、こんなに写真まで」
見ると、幾つものお食事風景が写っていた。
石神さんのお子さんたちの、楽し気な風景だった。
見ているこっちも楽しくなる。
他にも、高そうで美味しそうな御菓子などが一杯あった。
「タカさんからいつも大変お世話になっている「梅田精肉店」の方々に食べて頂きたいと」
皇紀さんがニコニコして言った。
「じゃあ、風花さん。行きましょうか」
「何のおもてなしもせんで、申し訳ないなぁ」
「いいえ! 僕らこそ普段から本当にお世話になってますので!」
「さよか。また石神さんとゆっくり来てな」
「はい!」
皇紀さんと一緒に会社を出た。
皇紀さんはすれ違う人みんなに挨拶し、お世話になってますと言っていた。
私のマンションは、歩いて15分ほどだ。
皇紀さんはその間を真剣に見ていて、時々「ちょっとすいません」と言って写真を撮っていた。
よくは分からないが、私のことを真剣に思ってのことだということは分かった。
マンションの周辺は、特に注意深く観察していた。
エレベーターに乗ろうとすると、皇紀さんは先に行って下さいと言った。
「僕は階段を調べながら行きますので」
私が止める間もなく、階段へ走って行った。
私の部屋は8階だ。
階段では大変なはずだ。
でも、エレベーターでフロアに降りると、もう皇紀さんが待っていた。
驚いている私に
「すいません、呼んでくれてたのは気づいていたんですけど」
私は笑ってしまった。
どこまでも優しい人だと思った。
「こちらです」
私は皇紀さんを部屋へ案内した。
鍵を開ける間も、皇紀さんはいろいろと見ているようだった。
「お邪魔します!」
「はい、どうぞ」
スリッパを出すと、皇紀さんは自分の靴と私の靴を揃えてくれていた。
「すいません、お借りします」
男の人をあげたのは初めてだったが、皇紀さんへ警戒する気持ちはまったくなかった。
皇紀さんは、私へのお土産だと、手提げに入れた包をくれた。
お礼を言って受け取り、サイドボードに置いた。
お茶を出そうとすると、お気遣いなくと言い、私に断って部屋を見て回った。
「あ、洗濯物とかあったら言って下さい。そこには入りませんから」
「いいえ、片付けてますから大丈夫ですよ」
皇紀さんは頭を下げて礼を言われた。
「こちらこそお世話になるんですから、遠慮なく調べて下さい」
皇紀さんは、一時間ほどあちこちを丹念に調べていた。
「これで終わります。お邪魔いたしました」
「じゃあ、今度こそお茶でも飲んで下さい」
「はい、ご馳走になります」
私はパックの紅茶を出した。
石神さんの家とは違うので、ちょっと恥ずかしかった。
「いただきます」
皇紀さんは美味しいと言ってくれた。
「いいお部屋ですね。それにとても綺麗に使っていらっしゃる」
「はい。石神さんとお姉ちゃんにいただいたものなので、大切にしなければと思っています」
そう言うと、皇紀さんはとても嬉しそうな顔になった。
「タカさんはいつもそうなんです。六花さんも、風花さんのことはとても大事に思っていて」
「はい」
皇紀さんは、リヴィングにある写真を見ていた。
石神さんとお姉ちゃんのものだ。
それに、石神さんのお宅で撮ったみんなの写真。
皇紀さんはニコニコして眺めていた。
その笑顔がとても素敵だった。
「あ、そうだ。タカさんに、何か美味しいものをご馳走するように言われているんです」
「そうなんですか?」
「はい。押しかけてご迷惑をおかけするので、絶対に、と言われてます」
「困りました。私の方こそ何かご馳走しなければと」
「いいえ! ああ、そうだ。風花さんがよく行くお店ってありますか?」
「あ、ええ」
「じゃあ、そこへ行きましょう」
それも皇紀さんの親切なのだと分かった。
私がよく行く場所も、「防衛システム」というものに組み込むつもりなのだろう。
「でも、あまりオシャレなお店じゃないんです」
「僕はそういう方が! 気楽なお店が好きなんです」
「そうですか。でも幻滅しないでくださいね」
「はい!」
二人で出掛けた。
近所の定食屋だった。
皇紀さんには、普段の私をお見せしたかった。
「ここなんです」
「さあ、入りましょう! 美味しそうなお店じゃないですか」
笑顔でそう言ってくれた。
「いらっしゃい! あれ、風花ちゃん。彼氏?」
店主のおじさんが言った。
「いいえ、東京で姉がお世話になっている方のお子さんなんです」
「え、そうなの? カッコイイ子じゃない!」
「石神皇紀です! お世話になります!」
「こちらこそ!」
二人でカウンターに座った。
「風花さん、ここは何がおすすめですか?」
「なんでも美味しいんですけど、私はいつも唐揚げ定食を」
「じゃあ、僕も! ああ、それと」
皇紀さんはメニューを見て、幾つか注文した。
肉じゃがや焼き魚やサラダなど。
「そんな一杯、食べられませんよ!」
「風花さん、うちの食事を見てるでしょ?」
皇紀さんはそう言って笑った。
でも、店主のおじさんは心配そうだった。
「大丈夫です。この人はやると言ったら本当にやる人です」
私がそう言ったら、笑って奥に入って行った。
唐揚げ定食が一緒に出て来て、皇紀さんは「美味しいです!」と叫んだ。
おじさんが嬉しそうに笑い、皇紀さんは唐揚げを追加で頼んだ。
どんどん運ばれる料理に、他のお客さんが驚いてこっちを見ている。
おじさんは本当に皇紀さんがどんどん食べるので、嬉しそうに笑っていた。
「風花さんの言った通り、どれも本当に美味しいです!」
「そうかぁ! じゃんじゃん食べてくれ」
私もお手伝いしようと思ったけど、すぐにお腹いっぱいになった。
皇紀さんは食べながら、いろいろな楽しいお話をしてくれた。
「ちょっと前に、丹沢の山でサバイバル・キャンプをしたんですよ」
「サバイバル・キャンプ?」
「はい。双子が中心になってね。タカさんとお姉ちゃんはいなかったんです。そうしたら、双子がみんなの服を吹っ飛ばして」
「えぇー!」
「裸ですよ、みんな。それで、イノシシとかシカを捕まえて、その皮で服を作ったんです」
「えぇー!」
「栞さんなんかクマを倒して」
「アハハハハ!」
私は聞いていて大笑いしてしまった。
本当に楽しい。
「それでね。タカさんが翌日に迎えに来てくれたんですけど」
「はい」
「僕たちの格好を見たら、止まらないで猛スピードで行っちゃって」
「アハハハハハ!」
「置いて行かれたら大変ですから。みんなで必死に追いかけました」
「それでどうなったんです?」
「2キロくらい走ったかなぁ。やっと止まってくれて。みんなで荷台に押し込まれて帰りました」
「アハハハハ!」
おじさんも、店のお客さんもみんな聞いていて大笑いしていた。
皇紀さんは、「タカさんからお金を預かっている」と言って、全部支払いをしてくれた。
申し訳なかったので、またうちに寄って欲しいと言った。
「いえ、もうホテルに戻ります。今日は本当にありがとうございました」
「ダメですよ! 私にもお礼をさせてください」
私が少し怒った顔をしたら、皇紀さんも承諾してくれた。
「じゃあ、またさっきの紅茶をいただけますか?」
この人はどこまで優しいのだろう。
私が大したものを持っていないことを気にしてくれている。
「はい! でもケーキを買っていきましょう! あ、ケーキは私が出しますからね!」
「分かりました。ありがとうございます」
遅くまでやっているケーキ屋さんに寄った。
あまり高いケーキはなかった。
「皇紀さん、三つくらい大丈夫ですよね!」
「え、一つでいいですよ」
「ダメです!」
皇紀さんは笑って頷いてくれた。
私が持とうとすると、皇紀さんが持つと言った。
手がぶつかって、皇紀さんが慌てて謝った。
可愛らしい人だと思った。
「じゃあ、私が持ちますから、手を繋いでくれますか?」
「いや、それは」
「いいじゃないですか」
「でも、風花さんはとても綺麗な方なので緊張します」
嬉しかった。
私は無理矢理皇紀さんの手を握った。
「すみません、タカさんみたいな男じゃなくて」
「私は皇紀さんと手を繋ぎたいんです!」
皇紀さんは恥ずかしがっていたが、笑ってくれた。
今度は一緒にエレベーターに乗った。
いつ手を離していいのか分からなくて、私も困った。
玄関で鍵を出そうとしたら、皇紀さんが自然に手を離してくれた。
二人で中に入り、また皇紀さんが靴を揃えてくれる。
「ありがとうございます」
「いいえ」
自然な仕草で、私も自然にお礼が言えた。
こういう所も、きっと皇紀さんの優しさなのだろう。
お茶を煎れて、二人でケーキを食べた。
また皇紀さんが楽しいお話をしてくれる。
「そう言えば、先ほど頂いたお土産ってなんなんですか?」
「え、えーと」
皇紀さんが口ごもった。
私はサイドボードに置いた包を開いた。
「あ、これって!」
「すみません。僕が作ったオルゴールなんです。新宿の早稲田の方で作り方を教えてくれる所があって。素人の細工なんで恥ずかしいんですけど」
素敵なオルゴールだった。
螺鈿というのだろうか。
綺麗な磨いた貝がたくさん付いている。
私は小さなゼンマイを巻いて、そっと開いた。
甘く綺麗なメロディが流れた。
「ベルガマスク組曲の『月光』なんです。タカさんに何度も聴いてもらっているので、メロディは大丈夫かと思うんですが」
「とっても素敵な曲です。ありがとうございます」
私は皇紀さんが帰るまで、ずっと鳴らした。
「じゃあ、遅くまですみませんでした」
「いいえ、本当に何もお構いできなかったばかりか、ご馳走にまでなってしまって」
「いいえ。ほとんど僕が食べましたからね! アハハハ」
「ウフフフ」
「オルゴール、大切にします」
「お恥ずかしいです。他のおみやげも持ってこようと思ったんですが、タカさんがこれだけでいいだろうって」
「本当に素敵なものを頂きました」
帰り際に、皇紀さんが言った。
「何の曲にしようかって悩んだんですけど。風花さんの綺麗なお顔と優しい心を思ったら、あの曲が浮かんできて」
「そうなんですか! とても嬉しいです」
皇紀さんは笑って出て行った。
私はふと思って外に出て追いかけた。
「明日はすぐに帰られますか?」
「はい。でも別に用事があるわけでは」
「だったら、私に大阪を案内させてください」
「本当ですか!」
「はい。じゃあ、9時にここへいらしてくださいますか?」
「喜んで!」
皇紀さんは鼻歌を歌って帰って行った。
素敵な歌声だった。
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