上 下
563 / 2,806

顕さんの退院

しおりを挟む
 月曜日。
 今日は顕さんの退院だ。
 午前中に出て行くので、俺は9時に顕さんの病室へ伺った。

 「いよいよ退院ですね」
 「ああ、石神くんには本当にお世話になった」
 「ガンも再発はありませんし、もう大丈夫ですよ」
 六花が響子を連れて来た。
 寝間着ではなく、白いワンピースに明るいピンクのジャケットを羽織っていた。

 「響子ちゃん、今日で退院だよ」
 「はい、おめでとうございます」
 「響子がダメだって言うなら、あと一か月くらい退院を伸ばすぞ?」
 「おい、石神くん」
 「だめよー!」
 響子が反対したので、今日で退院だ。




 「響子ちゃんに、プレゼントがあるんだ」
 顕さんは、そう言うとPCの画面を開いた。

 「なーに?」
 「ほら」
 顕さんはプログラムを起動した。
 大きな邸宅のCGが出る。

 「なにこれ!」
 「響子ちゃんと石神くんの家だよ」
 「えー! うそー!」
 顕さんは立体映像の庭をクリックした。
 画面が切り替わり、庭の映像が出てくる。
 その庭には4頭の虎がいて、仲良く遊んでいる。

 「すごいよ!」
 空をクリックすると、天候が変わった。
 晴れから曇り、雨、大雨に変わる。
 雨が降ると、邸宅から庭に屋根が出てスライドしていく。
 大雨になると、虎たちは専用の部屋へ入っていく。
 大きなベッドがある部屋だ。

 「これなら濡れないね!」
 「そうだな」
 幾つか部屋もクリックして見せてくれた。
 広いリヴィングや俺と響子の寝室。
 寝室には、六花用のベッドがある。

 「私は別なベッドなのですか?」
 六花が不満そうに言う。

 「うーんとね、時々は一緒でもいいよ」
 「そうですか!」
 六花が嬉しそうに笑う。

 屋上には、あのガラスの部屋があった。
 また、セグウェイ用のコースもある。
 
 俺と響子、六花のキャラクターも出せる。
 それぞれを専用のコントローラーで動かせる。
 セグウェイでの競争もできる。

 顕さんに基本的な設計を担当してもらい、ゲームメーカーにCGキャラクターのデザインや動きを頼んだ。
 まだ見せてはいないが、幾つかのミニゲームもできる。
 響子は夢中でコントローラーを使った。
 邸宅や庭を自由に移動できる。
 画面の中の響子は、歩くことも、走ることもできるのだ。


 「どうだ、響子?」
 「顕さん、ありがとう!」
 響子が顕さんに抱き着いて、頬にキスをした。
 顕さんは満面の笑みで響子を抱き締めた。


 「ごめんね、響子ちゃん。俺は今日で退院なんだ」
 「うん」
 「時々は来れるけど、来年は海外へ行ってしまうんだよ」
 「うん」
 「ごめんね。でも、響子ちゃんのことは、どこに行ったって大好きだよ」
 「私もだよー!」

 ついに響子が泣き出した。
 顕さんがベッドに抱え上げて座らせる。
 横に座って響子の頭を撫でてやる。

 「顕さん、元気でね」
 「うん。響子ちゃんもね」
 響子はもう一度顕さんに抱き着き、頬にキスをした。
 
 「このパソコンごと、響子ちゃんにあげる。ソフトとデータはハードディスクに入っているから、持ち出せるよ」
 「はい」
 「ああ、この家には実は僕もいるんだ。探してくれるかな?」
 「ほんとう! 絶対に探す!」
 「ありがとう」

 ミニゲームの一つだ。
 隠しキャラの顕さんがいる。


 響子は六花に連れられて出て行った。

 「もう荷物はまとめてあるようですね」
 「ああ。いつでも退院できるよ」
 「じゃあ、手続きが済んだら、俺が送りますから」
 「悪いな。お言葉に甘えさせてもらうよ」
 俺も一旦自分の部屋へ戻った。
 一江の報告を聞き、一江に顕さんの部屋のPCを響子の部屋へ移動するように頼んだ。
 退院手続きが終わり、俺に事務から連絡が来た。
 俺は顕さんの荷物を持ち、ハマーへ積んだ。
 出発する。

 


 「響子ちゃんは大丈夫かな?」
 「そりゃ、泣きまくりますよ」
 「おい」
 「しょうがないですよ。大好きな人間と別れるんですから。それは顕さんも俺もよく知っているでしょう」
 「それはそうだが」
 「響子が乗り越えるしかないんです」
 「そうだな」

 「俺だって寂しいですし、顕さんだって同じでしょう」
 「そうだったな」
 「でも、傍にいないっていうだけですよ。俺たちはちゃんと繋がっています」

 「そうだな。うん、その通りだ」





 1時間ほどで、顕さんの家に着いた。
 顕さんが玄関を開け、俺が荷物を降ろした。

 「おい、なんだこれは!」
 家中が磨き上げられている。

 「石神くん、何をしてくれたんだ!」
 「かるーく、お掃除を。子どもたちがやってくれましたよ」
 「これはやりすぎだよ」
 顕さんの困った顔が面白かった。

 「さあ、中へ入りましょう。この荷物結構重いですって」
 「あ、ああ」
 スリッパを履いて、居間に行く。
 居間もピカピカだ。

 「俺はすぐに海外へ行くから、軽くでいいって言ったよな?」
 「はい。ですから「かるーく」で。そうじゃなかったら、建て替えてたかもですね」
 「おい、本当に困るよ!」
 俺たちは笑った。

 カーテンなどもすべて洗っている。
 新築とまではいかないが、結構綺麗になっているはずだ。
 俺はキッチンでお茶を煎れた。
 お茶も買い直している。
 数か月も入院していたためだ。

 「お茶がやけに美味いぞ?」
 「そうですか」
 いいお茶にしてある。

 「余計なこととは思いましたが、冷蔵庫にもちょっと食材を入れました。足が早いものもあるので、後で見ておいてください」
 顕さんは早速見に行った。
 驚いている。

 「石神くん、やり過ぎだよ」
 「何しろ、石神家の監修ですからね。こんなもんですって」
 顕さんが好きそうな魚や野菜、また日持ちのするものも多い。

 俺たちはのんびりとお茶を飲んだ。
 俺は預かっていたものを顕さんに渡す。

 「これは?」
 「うちのナースたちから預かりました。くだらないものですが」
 大きな色紙に寄せ書きがある。
 顕さんを担当していたナースたちだ。
 今までで最も世話のかからなかった患者さん、いつも明るく話しかけて下さって元気づけられたこと、そういったナースたちの愛情のこもった寄せ書きだった。

 「普通はこんなことしないんですけどね。まあ、顕さんは特別で、みんなから是非にって」
 顕さんは寄せ書きを見て涙ぐんでいた。

 「こんなことを言ってはあれだけど。俺は病気になって石神くんの病院へ入って、本当に良かったよ」
 「こちらこそです」
 顕さんはちょっと待っててと言って、二階に上がって行った。

 「これを石神くんに持っていて欲しいんだ」
 ダンボールを抱えてくる。
 奈津江の日記だった。

 「これはダメですよ! 顕さんが持っていないと!」
 「俺はこれから海外へ行ってしまう。向こうでもしものことがあるといけないし、ここに置いていくのも不安だ。石神くんに持ってて欲しいんだよ」
 「でも」
 「もっと前に渡したかったんだ。でも君は絶対に受け取らないだろうと思った」
 「そりゃそうですよ!」
 
 「事情は今話した通りだ。君が持つべきだ」
 「でも」
 「頼む! 奈津江のためだ。俺は一度読んだよ。石神くんも是非読んでおくべきだと思う」
 「そうですか」

 「高校の時から書き始めたようだ。8冊ある。何かあった日に書いていたようだな」
 「分かりました。顕さんがお帰りになるまで、大切にお預かりします」

 顕さんが俺の肩を叩いた。

 「宜しく頼む」


 俺はキッチンを借り、顕さんのために食事を作った。
 足の早そうな材料から使った。
 刺身と煮魚にした。
 顕さんは美味しいと言って、結構召し上がってくれた。

 俺はまた来ますと言い、顕さんの家を出た。

 信号待ちのたびに、助手席に置いたダンボールを見た。





 「お前の裸を見なかった俺だ。この日記も読まないから安心しろ」
 
 奈津江がそこにいる気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...