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 「えっ、ここで? しかもずっと寄り添ってくれてたソフィー様に婚約破棄を突きつけるって……」

 「本当最低……こんなの公開処刑じゃない」

 扉はまだ開かない。視界が一気に暗くなり、倒れそうなところをなんとか踏みとどまる。

 「そんな! セム様、あんまりですわ!」

 「うるさい! 今更何を言っても遅い!」

 声を荒げて言ったけれど、もう限界だった。会場をちらっと見渡すと、一番助けに来そうなルーカスがいない。

 ……もしかしたら、バルトに連れて行かれたのかも。だってここで助けに来られちゃ、ソフィー劇場が台無しだ。

 「そんな、セム様……」

 ぽろっと涙をこぼすソフィーに、女の子の恐ろしさを痛感する。こんなの『全部ソフィーの自作自演です』って言って、誰が信じるんだろう。

 「ソフィー、俺の意思は変わらないよ」

 ああ、やばい。もう、無理かも。

 頑張って泣かないようにしていたけれど、アデルが来る可能性が絶望的になってきて、わずかに声が震える。

 逃げ出したい。走って扉の外へ行きたい。嫌だ、ここにいたくない。

 頭の奥が熱を持ち、そのまま倒れそうになったとき——

  バーンッッ!!

 雷が落ちたかのような衝撃音が、会場を包んだ。

 「うわっ! 扉が燃えてるわ!!」

 「嘘っ!? 本当だわ!!」

 焦げ臭い方向に顔を向けると、扉がすごい勢いで燃えている。しかしすぐに炎はしずまり、墨になった扉だけがぼろっと崩れた。

 と同時に墨を跨いで金糸の髪をした貴公子が入ってくる。前も思ったけれど、正装を着てるアデルは、普段は感じない神々しさがあった。

 「ア、アデル様……!」

 ソフィーが嬉しそうに破顔する。そうだ。まだアデルがソフィーに婚約を申し込む可能性があった。

 でも、アデルの片手には母の形見である巾着が握られている。
 
 俺は駆け寄りたい衝動を抑えて、ただじっと、ぽろぽろ涙を流した。

 「……セム! ああ、本当に待たせてごめん! 婚約破棄はしたの?」

 「ア、アデっ、ひくっ、アデル……! うん、うん、したっ」

 アデルが走って目の前までやってくる。床に転がっているソフィーを無視して、俺の目の前で立膝をついた。

 「よかった……じゃあこれで正式に、婚約できるんだね」

 「うん、うん……できる。できるよ」

 手を取られ、接吻を落とされる。空いている手で涙を必死にぬぐいながら、いっぱい頷いた。

 「ア、アデル様、どうして……!! んっ!」

 「君のところの護衛はライヒ帝国の一般兵より弱かったよ。でもセムが大事にしているお母様の形見とノートをどうしても傷つけたくなかったから、時間がかかってただけ」

  立ち上がりかけたソフィーにアデルが腕を向けて黙らせる。観衆がどよめく中、アデルが俺の目をじっと覗き込んだ。

 「セム……改めてここで宣言させて。僕と、婚約してくれないか?」

 「も、もちろん……ひくっ、は、はい。俺でよければ……」

 言い終える前に立ち上がったアデルに抱きつかれる。あまりの嬉しさに、俺も強く抱きしめ返した。

                                      
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