368 / 400
フェリアル・エーデルス
363.おはようのぎゅー
しおりを挟む「おはようフェリ」
シモンと一緒にあわあわ準備を済ませて、部屋を出た直後。丁度タイミングが被ったのか、隣の部屋からライネスがゆったりと現れた。
焦りながら準備を終えた様子がありありと分かる僕とは違って、ライネスはいつもどおり余裕気な気品を纏っている。寝坊なんてしたことなさそうだ。
「ライネスおはよっ」
とたとたっと駆け寄って両腕をばっと広げる。はやくはやくっと瞳をキラキラさせて待つけれど、何故かライネスはきょとん顔を浮かべて一向に動かない。
僕がしょぼんと眉を下げると途端に慌て出すライネス。助けを求めるように視線をシモンに向けたりとあっちこっち。どうしたのだろうと首を傾げると、ライネスが躊躇いがちに尋ねてきた。
「えぇっと……それは一体、なに待ちなのかな……」
びしゃーんッと雷が落ちるくらいの衝撃。
あわ、あわわ……と愕然としながら後退り、シモンを見上げて『そんなことあるかね』と視線だけで問い掛ける。シモンも『ありえないでござる』的な感じで首を振った。そうでござるよね。
はぁ……と呆れなのか憐れみなのか、よくわからない溜め息を吐く。
両腕をばっと広げたまま、ライネスにやれやれ……みたいな視線を向けて教えてあげた。
「おはようのぎゅーに決まっておろう」
「ぐはッ!!散々焦らした割には可愛すぎる……ッ!」
毎日起きたら大好きな人とおはようのぎゅーをするんだよ。そうしないと一日の良いスタートを切れないんですよってシモンが言ってた。シモンが言うんだから間違いない。うむ。
おはようのぎゅーをしないと一日が始まらないというのに、ライネスは何故かぐったり床に膝をついて悶絶している。仕方ないのでとたたーっと僕から駆け寄り、むぎゅっと抱き締めてあげた。
「おはようライネス。おはようのぎゅー、ぎゅーっ」
「うぐ、ァ……うぅッ……」
何やらとんでもない苦痛の表情で呻きながら抱き締め返すライネス。そんなに……?そんなにおはようのぎゅー嫌だった……?とちょっぴりしょぼん。まさかそんなに嫌がられるとは思わなかった。
落ち込みながらも、いつも通りきっちり十秒のぎゅーをやりきって体を離す。絶命寸前のライネスを見て申し訳なくなった。
なんてこったい、ライネスが死んじゃいそうになるならもうおはようのぎゅーはしないようにしよう。
「ごめんねライネス。そんなに嫌だったのね。おはようのぎゅー、ライネスとはもうしない。シモンとだけする。ぎゅー」
しょぼんとなりながらシモンの方へとたとた。むぎゅーっと抱き着くとすかさず背中に回るいつもの腕。見上げると、何やらふふんっと得意気な笑顔を浮かべるシモンの姿が。
「待って!待って待って!フェリ待って!私もっ、私もおはようのぎゅーしたい!」
後ろから不意にむぎゅーっと広がる温もり。びっくりしながら首だけ振り返る。そこではライネスがあわわっと慌てた表情を浮かべて僕を抱き締めていた。うむうむ、それでよいのだ。
「おはようのぎゅーは、大好きな人としないといけないんだよ。ライネスは僕のこと大好きだから、僕としないといけないの。僕もライネスのこと大好きだから、ライネスとするんだよ」
「はわ……フェリ、私がフェリのこと大好きって知ってるんだね。えらいっ」
「……?知ってるよ。恋人になるためには、お互いに大好きって思ってないといけないの。だから、ライネスは僕のこと絶対大好きなんだよ」
当たり前のことを言う僕に感極まった表情を見せるライネス。どうしたのだろう、意外と涙脆いのかな。いつも余裕気なライネスだけれど、こういう面もかなりあるから驚きだ。
「うぅ、そうだね……恋人は大好き同士でなるべき関係だよね、そうだよね……」
ライネスがうんうんと眉を下げて頷く。何かを強く噛み締めるような表情に首を傾げた。さっきから本当にどうしたのかなそわそわ。
気になったので、困ったときのシモン召喚。ねぇねぇと呼びかけてライネスを指し、問い掛ける。
「ライネスはどうして悲しそうなの?」
「悲しんでいるんじゃなくて、感極まっているんですよ。貴族社会の終わってる恋愛事情を知る人間として、フェリアル様のあまりに穢れの無い純粋な恋愛観に涙を流しているんです」
「なるへそ……」
ふむふむ、なるほどわからん。
とりあえず、しくしくしているライネスが哀れなので頭をよしよし。むぎゅーっと抱き締めて慰めてあげると、ライネスにもぎゅっと抱き締め返された。よきよき。
そのままぎゅっとし続けてあげたかったけれど、無念なことに僕のお腹は耐えられなかった。ぐぅぐぅと鳴り始めるお腹に二人の視線が向けられ、ぽぽっと頬を染めてもじもじ体を揺らす。
「おなか空いちゃった……」
途端に二人が「ぐえッ!」やら「ぐはッ!」やらよくわからない呻き声を上げて悶絶しだす。そわそわもじもじする僕をひょいっと抱き上げたライネスがうんうんと頷いた。
「そうだねぇ。お腹空いちゃったねぇ。早くご飯食べに行こうねぇ」
よーしよしと頭を撫でる手をぺしっと払い除ける。子供にするみたいな対応にむっとしながら、パパと大公妃さまが待つ場所へとたたーっと向かった。
232
お気に入りに追加
13,320
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。