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フェリアル・エーデルス

363.おはようのぎゅー

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「おはようフェリ」


 シモンと一緒にあわあわ準備を済ませて、部屋を出た直後。丁度タイミングが被ったのか、隣の部屋からライネスがゆったりと現れた。
 焦りながら準備を終えた様子がありありと分かる僕とは違って、ライネスはいつもどおり余裕気な気品を纏っている。寝坊なんてしたことなさそうだ。


「ライネスおはよっ」


 とたとたっと駆け寄って両腕をばっと広げる。はやくはやくっと瞳をキラキラさせて待つけれど、何故かライネスはきょとん顔を浮かべて一向に動かない。
 僕がしょぼんと眉を下げると途端に慌て出すライネス。助けを求めるように視線をシモンに向けたりとあっちこっち。どうしたのだろうと首を傾げると、ライネスが躊躇いがちに尋ねてきた。


「えぇっと……それは一体、なに待ちなのかな……」


 びしゃーんッと雷が落ちるくらいの衝撃。
 あわ、あわわ……と愕然としながら後退り、シモンを見上げて『そんなことあるかね』と視線だけで問い掛ける。シモンも『ありえないでござる』的な感じで首を振った。そうでござるよね。

 はぁ……と呆れなのか憐れみなのか、よくわからない溜め息を吐く。
 両腕をばっと広げたまま、ライネスにやれやれ……みたいな視線を向けて教えてあげた。


「おはようのぎゅーに決まっておろう」

「ぐはッ!!散々焦らした割には可愛すぎる……ッ!」


 毎日起きたら大好きな人とおはようのぎゅーをするんだよ。そうしないと一日の良いスタートを切れないんですよってシモンが言ってた。シモンが言うんだから間違いない。うむ。
 おはようのぎゅーをしないと一日が始まらないというのに、ライネスは何故かぐったり床に膝をついて悶絶している。仕方ないのでとたたーっと僕から駆け寄り、むぎゅっと抱き締めてあげた。


「おはようライネス。おはようのぎゅー、ぎゅーっ」

「うぐ、ァ……うぅッ……」


 何やらとんでもない苦痛の表情で呻きながら抱き締め返すライネス。そんなに……?そんなにおはようのぎゅー嫌だった……?とちょっぴりしょぼん。まさかそんなに嫌がられるとは思わなかった。
 落ち込みながらも、いつも通りきっちり十秒のぎゅーをやりきって体を離す。絶命寸前のライネスを見て申し訳なくなった。
 なんてこったい、ライネスが死んじゃいそうになるならもうおはようのぎゅーはしないようにしよう。


「ごめんねライネス。そんなに嫌だったのね。おはようのぎゅー、ライネスとはもうしない。シモンとだけする。ぎゅー」


 しょぼんとなりながらシモンの方へとたとた。むぎゅーっと抱き着くとすかさず背中に回るいつもの腕。見上げると、何やらふふんっと得意気な笑顔を浮かべるシモンの姿が。


「待って!待って待って!フェリ待って!私もっ、私もおはようのぎゅーしたい!」


 後ろから不意にむぎゅーっと広がる温もり。びっくりしながら首だけ振り返る。そこではライネスがあわわっと慌てた表情を浮かべて僕を抱き締めていた。うむうむ、それでよいのだ。


「おはようのぎゅーは、大好きな人としないといけないんだよ。ライネスは僕のこと大好きだから、僕としないといけないの。僕もライネスのこと大好きだから、ライネスとするんだよ」

「はわ……フェリ、私がフェリのこと大好きって知ってるんだね。えらいっ」

「……?知ってるよ。恋人になるためには、お互いに大好きって思ってないといけないの。だから、ライネスは僕のこと絶対大好きなんだよ」


 当たり前のことを言う僕に感極まった表情を見せるライネス。どうしたのだろう、意外と涙脆いのかな。いつも余裕気なライネスだけれど、こういう面もかなりあるから驚きだ。


「うぅ、そうだね……恋人は大好き同士でなるべき関係だよね、そうだよね……」


 ライネスがうんうんと眉を下げて頷く。何かを強く噛み締めるような表情に首を傾げた。さっきから本当にどうしたのかなそわそわ。
 気になったので、困ったときのシモン召喚。ねぇねぇと呼びかけてライネスを指し、問い掛ける。


「ライネスはどうして悲しそうなの?」

「悲しんでいるんじゃなくて、感極まっているんですよ。貴族社会の終わってる恋愛事情を知る人間として、フェリアル様のあまりに穢れの無い純粋な恋愛観に涙を流しているんです」

「なるへそ……」


 ふむふむ、なるほどわからん。
 とりあえず、しくしくしているライネスが哀れなので頭をよしよし。むぎゅーっと抱き締めて慰めてあげると、ライネスにもぎゅっと抱き締め返された。よきよき。
 そのままぎゅっとし続けてあげたかったけれど、無念なことに僕のお腹は耐えられなかった。ぐぅぐぅと鳴り始めるお腹に二人の視線が向けられ、ぽぽっと頬を染めてもじもじ体を揺らす。


「おなか空いちゃった……」


 途端に二人が「ぐえッ!」やら「ぐはッ!」やらよくわからない呻き声を上げて悶絶しだす。そわそわもじもじする僕をひょいっと抱き上げたライネスがうんうんと頷いた。


「そうだねぇ。お腹空いちゃったねぇ。早くご飯食べに行こうねぇ」


 よーしよしと頭を撫でる手をぺしっと払い除ける。子供にするみたいな対応にむっとしながら、パパと大公妃さまが待つ場所へとたたーっと向かった。
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