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フェリアル・エーデルス

362.日常へ(前半リベラside)

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 純白の空間。幾本もの鎖で囚われたマーテルは、ここに動きを封じられた時から一切抵抗する様子が無い。ゼウスが直々に施した封印に早々に諦観を抱いたのか、それとも。

 永久消滅という最大級の罰。神界では未だ片手で数える程度しか行われていない罰が、今まさに実行されようとしている。
 それを察している筈だが、それでもマーテルは動かない。俯いた状態で黙り込む姿からは、奴が一体何を考えているのか悟ることは出来ない。

 この空間に居るのは私とゼウス、そして雅の三柱のみ。通常であれば、神の裁きは公開処刑で行われる。
 だが今回ばかりは事が事、この件に関わった上位の神々のみが処罰を見届けることとなった。


「マーテル。お前の魂は今後永久に再生されることは無い。何か言い遺すことはあるか」


 ゼウスが問いを投げかけて初めて、マーテルが久方ぶりに視線を上げた。今まで俯いて隠れていた顔には、後悔も憎悪も滲んでいない。ただ静かに、何処か凪いだ表情。
 少しの想定外。静寂が流れる中、マーテルが紡いだ言葉は。


「……神と人は互いに干渉すべきじゃない」


 瞳はここではない、何処か遠い場所を見据えている。その対象は分かりきっている。数千年前から、この愚かな神の視線を独占するのはただ一人だった。
 元はと言えば、私が孤独を恐れたことが原因。私だけの、愛する子が欲しかった。ほんの一瞬抱いた望みが、数千年続く因縁を生んでしまった。

 魂の選別。本来であれば、あの子は神になるべき魂だった。
 人間には到底相応しくない澄み切った透明な魂。初めの頃は、マーテルは新たな神の誕生を心待ちにする平凡な神の一柱でしかなかったのだ。
 それを私が無理に愛し子に選別した。今思えば、私もあの子の魂に魅了された有象無象の一つだったのかもしれない。

 あの子の魂は想定外に魅力的過ぎた。人だけでなく神すら魅了する、その魂にマーテルは一線を超えて墜ちてしまった。


「……あの子が予定通り神になれば、正しい結末を生んだ筈なのに」

「……」

「……あんな魂で人間なんかになるから。だから全部狂ったんだ」


 言葉の一つ一つが鋭利に突き刺さる。この悲劇の原因の一端が、間違いなく我々にあるからこそ。
 これはマーテルだけの罪ではない。神界が対処を送らせて見て見ぬふりを続けたのは、フェリアルの魂がグレーの位置にあったからこそ。あれを人間の器に入れることを許容した、神界の全ての神に罪がある。だから皆が内に隠した。罪悪感も、責任も。



「僕はただ、愛する魂が神として生まれることを心待ちにしていただけだよ」



 棘が突き刺さる感覚。それを振り払うように、ゼウスが裁きの矢を向ける。
 その言葉がマーテルの最期だった。




 * * *




 ぱちっと目が覚めた。
 陽の光が窓から射し込んでいる。鳥の囀りと、微かに寝息が傍から聞こえて瞬いた。
 毛布を剥いで上半身を起こす。ぱちぱちと目を開いて閉じて。意識が完全に覚醒するのを待って動き出した。


「む……?」


 寝息が聞こえる方を向く。ベッドに頭を伏せるようにして眠っていたのはシモンだった。
 そうだ。そういえば昨夜、慣れない場所で眠れない僕の為にシモンが傍についてくれたんだ。てっきり僕が眠ったことを確認したら、ベッドに潜り込むかソファに寝転がるかすると思っていたのに。
 そのどちらもしなかったことに、シモンの配慮と忠誠が窺える。シモンなりの最適解がこれだったのかな。

 今日は大公城を出て公爵邸へ戻る日。ここへ訪れた時、パパと大公妃さまに朝食を一緒にとろうと誘われたことを思い出す。はやく準備しなければ。


「シモン、シモン」


 肩をぽんぽん。びっくりさせないように、優しくゆらゆらーっと揺らして起こす。
 数回の呼びかけの後、ゆっくり上がった瞼の下から緑色の澄んだ瞳が覗いた。数秒彷徨った視線が徐々に焦点を合わせて、視界にぴたっと僕の顔を映す。距離が近いのでドアップだ。


「……天使のお迎えですか?」


 両手でシモンのほっぺぺちっ。むにゅむにゅと包んで起こして「ぼくだよ」と訂正。
 ハッと起き上がったシモンがふにゃあと頬を緩ませた。


「なぁんだ、やっぱり天使でしたか。おはようございますフェリアル様」

「おはようシモン。おきて、おきて」


 やっぱり起きてないじゃないかとふすふす。天使さまじゃなくて僕だって言ってるでしょ、ぷんすか。


「ごはん、パパ達と一緒に食べるんだよ」

「あ、そういえばそうでしたね。早く準備しないと」


 シモンにしては珍しく寝惚けていたらしい。あわあわと動き出すシモンを見つめて、今度は窓の方へ視線を向ける。
 夜に雨が降っていたのかな、また綺麗な虹が現れているのが見えて瞬いた。

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