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【聖者の薔薇園-開幕】
249.合流(ガイゼルside)
しおりを挟む「敵の数が少なくなってるな」
「熊を恐れて逃げ出したんだろう」
曲がり角から顔を覗かせる。さっきよりも気配の薄い神殿内部に疑問を抱いたが、ディランの言葉で納得した。
あのクマ、アホっぽくて実力は信頼出来ないが存在だけでも十分な威圧になるのか。あとは本当にアホなことを仕出かしてハリボテがバレないよう祈るばかりだが…まぁ、あの兎が居る限り問題ないだろう。
とにかく、こうして神官達が自主的に神殿から離れてくれるなら好都合。コソコソ隠れながらの移動も面倒だと思っていたところだ。
誰もいないことを確認して堂々と廊下に出る。ちょうどこの辺りがギデオンとチビが分かれた場所らしいが…見渡す限り、チビの姿はどこにもない。
手がかりと言えば、この辺りに倒れる多くの聖騎士達。これだけの数を倒して進んでいるなら、チビと行動を共にしている人間はかなりの実力者に違いない。
「ギデオン。フェリはどちらへ進んだのですか?」
「はて…そこまでは確認しておりません」
無表情できょとんと首を傾げる馬鹿。皇太子が額に青筋を浮かべて「どうして君は肝心なところで無能になるのです」と問うが、当の馬鹿はクソ真面目な表情でぱちくりと瞬くだけだ。
そんなところだろうと思っていたから特に驚きは無い。最早ギデオンには何の期待もしていないから別にいいのだ。
それよりも今考えるべきはここからの動き。左右どちらに行くか…ここを間違えば、せっかくここまで辿り着いたというのにまた離れてしまう可能性がある。
「殿下。匂いでフェリの痕跡を辿るというのは」
そんな時、ふとディランが口にした言葉。全員がハッと硬直した。
「すみません。鼻が良いこと…忘れていました」
「てめぇの能力だろうが。忘れんなアホ」
てへっと頭をつく皇太子に苛立ちが湧く。ぶっ叩きたい衝動を何とか堪えて拳を引っ込め、さっさと匂いを確認しろと催促した。
初めからこの方法を選んでいれば、わざわざギデオンとチビが分かれた場所まで来る必要なかったんじゃないか。一瞬そう思ったが首を振った。ここに来て思い出せたならそれでいいだろ。
皇太子が左右を向いて何度か匂いを嗅ぐ。犬みてぇだな、とは言わなかった。流石に不敬か。
「ふむ…」
「何か分かったのか?」
「えぇ。ですが何者かに強くマーキングされているようで…断片的な位置情報しか読み取れません」
マーキング?嫌な言葉に顔を歪める。
どういうことかと問い質すと、皇太子は自分でもよく分からないと困ったように眉を下げた。困惑しているのはコイツも同様らしい。
「フェリの匂いに、別の者の匂いがこびり付いているのです。まるで同化するように…。匂いが混ざり合ってしまっているので、嗅ぎ分けも上手くいきません」
マーキングということは、誰かが意図的にチビに自分の気配を塗りたくったってことか?そう問うが、皇太子はどうも納得がいかないような顔をして曖昧に首を傾げるだけ。
どうやらマーキングは匂いという意味だけでなく、相手への強い感情でも成り立つものらしい。
例えば最も多いのは、恋情。そいつを慕うあまり自分の匂いやら何やらを押し付け、他者の本能的な警戒心に訴える。こいつには手を出すなと。
つまりマーキングというのは、執着の証拠。意図的でなくとも執着心が強ければ無意識にマーキングしてしまうこともあるらしく、本人には自覚がないということも多いようだ。
「……よく分かんねぇけど、フェリの場所の詳細は読み取れねぇってことだよな?ならどうするよ、手掛かりゼロだぞ」
「ま、まぁ確かに詳細は分からないのですが…断片的には読み取れますので!匂いを辿れる場所までは案内出来ますよ」
少し悔しそうに力説する皇太子。人並み以上のプライドを持っているからか、自分の能力が役立たないという状況に我慢ならないらしい。
こいつのプライドとかはどうでもいいが、チビの場所が少しでも分かるならそれで良い。匂いが消える前にと急ぎで向かうことになった。
向かうことになったものの、その匂いが残っている場所に近付くにつれ雰囲気が物々しくなる。
床に伏せる聖騎士の数が多くなっているのだ。これだけ増えれば、この先にある匂いの残る場所を見るのが少し躊躇される。チビは本当に無事なのか?
嫌な音を立てる鼓動を無視して皇太子の後を追うと、やがて広い場所に出た皇太子が思わずと言ったように立ち止まった。
「おい、どうしたよ。着いたのか?」
「…えぇ。着いたには、着いたのですが…」
歯切れの悪いその姿に焦れて皇太子の視線の先を覗く。天井の無駄に豪奢なステンドグラスから射し込む日の光で、その場の至る所に広がる赤が鮮やかに映えた。
倒れているのは今までとは比べ物にならない、数十人の聖騎士。
その中心に座り込む一人の男と、その男に抱き寄せられるようにして眠るもう一人の男。この場の全員が純白の騎士服を着ていることも相まって、全身黒づくめの二人の男が異様な雰囲気を纏っているようにも見えた。
よく見ると、その二人の男がいる場所には一際多量の血が広がっている。あれだけの血、もし一人のものなら出血多量でとっくに死んでいるだろう。
「おや。彼らですよ、行動を共にした二人組は」
不意に声を上げたギデオンの言葉に「は!?」と目を見開く。
奴らがチビに手を貸した二人組?驚愕で動きを止める中、ディランだけは特に驚く様子もなく淡々とその二人組の元へ歩み寄った。
慌てて後を追うと、その足音に気が付いたらしい臙脂色の髪の男が振り返った。
眼帯と乱れた髪で表情はよく分からない。だが気のせいだろうか、僅かに見えた目元が、微かに赤く染まっているような気がした。
「あれ?ディランくんじゃん!おひさー」
「どうしてここにいる」
「うん?どうしてってそりゃ、君達の助っ人に来たに決まってんじゃん?」
男はそう言うと、わざとらしくニカッと胡散臭い笑顔を浮かべた。
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