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【聖者の薔薇園-開幕】
250.悪党の胸中(レナードside)
しおりを挟むフェリが信用しているからと、一時的に協力関係を結んでいる暗殺者たち。と言っても関係を結んでいるのは主にディラン達で、私はまだ一言二言の会話程度しか交流は無い。まだと言うよりは、これからも関係は薄いままだろう。立場上あまり暗殺者とは関われないという理由もあるが。
ディランの殺害未遂を犯し、フェリを悲しませ泣かせた大罪人。状況が少しでも違えば今頃皇宮の地下牢で息絶えていただろう悪党共。
『帝国の闇』と呼ばれ恐れられる最恐の暗殺者と、その右腕の情報戦に長けた男。表向きは以前から騎士団が追っていた二人組だが、それは本当に体裁だけのこと。
実際、裏社会の治安を支えているのは彼らだ。彼らへの畏怖と尊敬が悪党達の衝動を寸前で抑え、スラム街での暴動も昔よりは格段に少なくなった。
何より、正義を掲げる騎士団でさえ守る価値無しと判断した貴族連中。そんな者達の処理を裏からする二人は、正直なところ有難い存在だった。
必要悪。この言葉が彼ら異常に相応しい者は他に居ないだろう。
「その男、死んだのか?」
トラードが心底大事そうに腕の中に抱くもう一人の男。
人形のように整った顔立ちの暗殺者、ローズ。常に絶対的な自信と実力を掲げる男のこんな姿は、珍しいどころの話ではない。あまりに想定外の事態が起こっている。
ディランのデリカシーの無い問いに苦笑したトラードは、困ったように眉を下げて答えた。
「まだ。でももう少し。素人でも見れば分かるレベルだ、長くない」
この出血量、酷く青褪めた顔色。ピクリとも動かない体。
どれだけこういう状態に疎い人間でも分かる。確かにこの男はもう長くない。寧ろ、未だに胸が微かに上下していることが不思議なくらいだ。
見た所、恐らく心臓の辺りを剣で一突き。背から貫通する程となると、普通なら即死していてもおかしくない。余程心身共に強靭な人物なのだろう。
「……アップルパイ。食えそうにないな」
ボソッと何かを呟いたトラードが、呆れ顔で微笑みながらローズの傷口に強く手を当てた。
強い意志を感じながらも実際は粗雑な止血。結果が目に見えているが故の諦めを感じて、此方の方が少し沈んだ。
辺りの空気がどんよりと暗くなったことに気が付いたのか、トラードがふと顔を上げてニカッと明るい笑顔を浮かべた。
「フェリちゃんを追って来たんだろ?あの子ならあっちに行ったよ。一人だから、きっと寂しがってる」
早く行ってあげな、と笑うトラードに妙な焦燥感が湧いた。
どうしてか落ち着かない笑顔だ。確かに完璧に作られた明快な笑顔のはずなのに、目を離してはいけないような危うさがある。
その危うさをディラン達も察したのだろう。誰一人として動く気配はなく、足が地面に縫い留められたかのように動けなくなる。
この男を今、一人にしてはいけない。詳しいことはよく分からないが、それだけはぼんやりと、だが確実に理解出来た。
「……なぁ、アイツの怪我…治してやれねぇのか?」
不意に、いつの間にか背後に回ったらしいガイゼルが微かに耳打ちしてきた。
正直聞かれるとは思っていたが…。改めてローズの傷口を確認する。詳しく見てみない限りは分からないが、少なくとも傷口はかなり広い。よくあるただの剣で貫かれた訳ではなさそうだ。
傷と言うよりは穴に近い。心臓の位置より僅かに下に逸れていることだけは救いだろうか。偶然か意図的に避けたのかは分からないが、その差がこの男の余命を延ばしていることは確かだろう。
治せるか治せないか。簡潔に答えてしまうなら…私もどうなるか分からない、というのが本音だ。
ここまでの重症なら、表面的な傷跡は消せるだろうが内部が確実に治癒出来るかは五分五分と言ったところ。
そもそも光属性の扱いには慣れていない。ここ数年、聖者への嫌悪感と敵対心で光属性の力を使うことはなるべく避けていた。
それがまさか、ここで仇になってしまうとは。断言出来ないことが心苦しい。
「……やってみなければ分かりません。どちらとも答えられない」
小声での会話を聞かれていたらしい。トラードがふと振り向いたかと思うと、困ったように微笑んで緩く首を横に振った。
「有難い話をしてくれてるところ悪いけど、治癒はいらねーよ?俺もコイツも望んでない」
ガイゼルと同時に硬直する。気まずい感情を抱いたまま視線を戻すと、凪いだ瞳のトラードがローズを見下ろし微笑んでいた。今にも消えそうな表情で。
「……ガキの頃からずっと…十分頑張ったはずだ。もう休ませてやりたい」
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