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攻略対象file5:狡猾な魔塔主

158.始まりの少し前

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「それじゃあ、僕は魔塔に戻るよ。何かあったらいつでも来て。フェリならいつでも入れるようにしておくから」

「うん。ありがと」


 一通りの話を聞き終えた後、懐中時計を確認したルルが忙しない様子でその場を後にした。どうやら忙しい中時間を作って来てくれていたらしい。
 今度魔塔に行ったら、そんな大変な状況のなか呑気に眠ってしまったことを正式に謝罪しにいかないと。なんて思いながら静寂の広がった庭園を一度ちらりと眺め、シモンを見上げた。


「シモン」

「はい。どうしました?」


 いつの間に移動したのか、腕にぴとりとくっつくウサくんを気にした様子もなく、シモンは冷静に微笑みを返してきた。

 その様子を見て、単純に困惑が湧き上がる。どうしてウサくんがぴとりとシモンの腕に抱き着いているのだろう。まるで普段、コアラみたいな体勢でシモンにくっつく僕みたいだ。
 類は友を呼ぶというし、ウサくんのこういうところは僕に似たのかな。そんな考えをあっさり通して納得した。


「シモン。一度目のこと…ほんとにみんなに言っちゃったの?ライネスにも…レオやローズにも…?」


 よく今日一日で全員に伝えることが出来たものだ。
 そんなことを思い首を傾げると、シモンは「あぁ…」と思い返すように少し斜めを見上げるようにして頷いた。


「ちょうど学園のお三方が邸に訪れて…公子やローズも、偶然同じタイミングでクマさんを届けにきたもので。これは丁度いい機会では?と思って」


 ちょうど兄様達とレオが帰ってきて、それだけでは留まらずライネスやローズもやってきた…?
 なんというミラクルだろうか。前回のことを周知させろ、手に入れた情報を伝え合えと言わんばかりの奇跡だ。
 それにしてもクマくんが何だって?と思いながらも思考を逸らす。クマくんはあとだ、それよりも今は考えなければならない重要なことがたくさんある。


「いっかい、みんなで集合する」

「えぇ。俺もそれが良いと思います。情報を纏める為にも。…それに、彼らにも覚悟を決める時間が必要でしょうし」


 覚悟。僕やシモンがしたみたいな、今世を変える覚悟。
 前世の悲劇を突然告げられ、更に今世を背負う覚悟まで背負わせる。考えてみれば、僕はみんなにかなりの重荷を押し付けてしまっているような…。

 いや、それも聞いてみないと分からない。
 シモンが話してしまったものはもう仕方がないのだから、あとはみんなの結論と気持ち次第。それまでは、どんな口出しもするべきではないだろう。
 僕とみんなが考える幸福は違う。気持ちも違う。押し付けはダメ、押し付けはダメ…と考えていると、不意に視界がぐらぐら揺れ始めた。


「む……?」

「あぁフェリアル様。流石に限界ですか」


 嬉々とした声が聞こえたかと思うと、こくりこくりとする僕をシモンが突然軽々と抱き上げた。
 急になにを、と思ったけれど、おかしなことに体が全く思うように動かない。シモンに全体重をぐでーんと乗せながら、うとうとする瞼を必死に押し上げる。


「いつもならおやすみの時間なのに、とっくに過ぎてますもんね。眠いですよね。いいですよここで眠って。俺がぽんぽんして運んであげますから」


 ぽんぽん、ぽんぽん。
 背中を優しく撫でられ、まんまと眠気は酷くなっていく。
 むにゃむにゃと開いたり閉じたりする口が、知らず知らずのうちにシモンの首元をはむはむとしていることには気付かなかった。如何せん、眠気が脳の八割を既に占拠してしまっていたものだから。


「う、う、うわー…!食べられてる…!きゃ、きゃわっ!是非ともそのまま骨まで食らってくださいフェリアル様…!!」


 何やら静かに悶絶するシモンには何となく気付いたけれど、最後はやっぱり眠気に逆らえなかった。


「む…くっきー…むにゃ…はむはむ…」


 起きてる。起きてるよ。ぜんぜん、眠気に負けたわけじゃ……って、あれ…クッキーだ。
 さっき話のあとにもぐもぐしたはずの、ルルのクッキー。どうしてこんなところにあるんだろう…あれ、こんなところって…僕いま、どこにいるんだっけ?

 まぁいいや、クッキー食べよう。なんて思いながらあむあむ食べている途中、なぜか耳元では絶えず何かを堪えるような呻き声が響き続けていた。





 ───
『攻略対象file5:狡猾な魔塔主』章完結

 次章に続きます
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