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攻略対象file5:狡猾な魔塔主

157.覚醒まで

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「そういえば、ルルのお話はなんだっけ」

「本当にそういえば過ぎる」


 そういえばという次元じゃないけれど、いつまでもぴょんぴょんしている訳にもいかないので不意に問い掛ける。ルルも困惑顔だ。ごめんね、話が壮大に脱線してしまって。

 ウサくんを抱っこして立ち上がり、疲労の滲んだルルに視線を向ける。本来の目的は聖者について話すことだったのに、それ以外にたくさんありすぎて疲れてしまったのだろう。本当に申し訳ない。
 ルルは「はぁ……」とひとつ長い溜め息を吐き、今度こそ切り替えるように顔を上げた。ぱちんっと不意に指を鳴らしたかと思うと、ルルのすぐ傍にシックな椅子が現れる。それに続くように現れる丸テーブルともう二つの椅子を見て、わぁっと息を吞んだ。


「ルルすごい…!椅子でた、テーブルでた!」

「このくらい出来て当然だろう。僕は天才だからね」

「ルル天才…!とってもすごい!」


 ぱちぱちと手を叩くと、心なしかルルの頬が薄ら赤く染まったように見えた。気のせいかもしれないけれど。


「あ、今デレましたね」

「デレてないから。貴方もさっさと座ってくれるかな」


 ぷいっとそっぽを向いたルルが再び指を鳴らす。椅子によいしょよいしょと上って座ると、目の前のテーブルに美味しそうなクッキーと紅茶が現れていることに気が付いて瞳を輝かせた。
 ルルとシモンが何やら軽い会話を繰り広げているけれど、美味しそうなクッキーに意識が逸れてよく聞こえない。たべていいかな、いいのかなと涎が零れてきたとき、ルルが僕を見て呆れ顔で笑った。


「好きに食べて。まぁ、こんな時間に甘いものを食べて虫歯になっても知らないけれどね」

「あなた、ツンデレというか天邪鬼なんですね。普通に『貴方の為に用意したよ』キラキラッて言えばいいでしょうに」

「何だよキラキラッて気持ち悪い。効果音付けるな」


 もぐもぐとクッキーを食べながら、ふと二人の和やかな様子に気が付いてきょとんとする。仲が悪いのかと思っていたけれど、こうして見れば逆に仲良しだ。
 ついさっきまで殺し合いにまで発展しかけていた二人には到底見えないなぁ、なんて呑気に考えながらクッキーを次々に口の中へ放り込む。

 ウサくんが膝の上ですんと座っていることに気付き、クッキーをそっと口元に近づけてみる。


「ウサくん。クッキーたべる?」

「ウサはクッキーたべれないぴょん。フェリくんがおいしく食べてぴょん」


 そっか…としょんぼりしながらクッキーをもぐもぐする。
 ウサくんの為にも、僕がクッキーを美味しく完食しなければ。ウサくんの為であって、僕が食いしん坊なわけじゃないよ。


「あぁほらルルさん。フェリアル様が目的見失う前に話を始めましょう。もうフェリアル様、今の目的クッキーを食べることだと思っちゃってますから」

「本当だ、すごいもぐもぐ食べているね」


 もぐもぐ。もぐもぐ。夢中でクッキーを食べていると、突然目の前に置かれていたクッキーの皿がスーッと下げられた。
 がーんと青褪めると、すかさずシモンの大きな手がよしよしと頭を撫でてくる。それにしゅんと落ち着きながら視線を上げた先、皿を下げた犯人らしいルルが声を上げた。


「やっぱり話が先。クッキーはその後にきちんとあげるから安心して」

「……うん…わかった…」

「えぇ…何だか心が痛むな…」


 ウサくんを力無く抱き締めてこくりと頷く。ルルは雑念を取り払うみたいにこほんっと咳払いすると、真面目な表情に変えて話を切り出した。


「話が大きく脱線したから切り出しづらいけど…。こんな夜分に訪れたのは、リベラ様の神託を共有していなかったからなんだ」

「しんたく?」

「うん。その話をする前に、フェリが眠ってしまったから」

「ぐ…ごめんなさい…」


 確かに。魔塔でたくさん重要な情報を聞かされた記憶があるけれど、その全てを未だに詳しく聞くことが出来ていない。
 唯一まともに全て話せたことと言えば、ローズの代行任務についての情報だけ……って、そういえば、代行任務をまだ遂行出来ていなかった…!


「だいこーにんむ…!」

「あ、それなら俺が代わりに伝えておきましたよ。ちょうどディラン様とローズどちらも居たので」

「ほんと?だいこーにんむのだいこーありがと、シモン」


 何だかややこしい会話をしているね、というルルの呟きが聞こえる。確かに代行を代行…ややこしいかもしれない。
 でも問題ない。シモンと僕はふたりでひとつだから。シモンが任務を遂行したということは、同時に僕が遂行したも同然なのだ。


「任務は大丈夫。神様のしんたく、おしえておしえて」

「軽くない…?まぁ、無駄に緊張するよりはいいか」


 正直、神様のイメージはだらだらとか自由とかそんな感じだ。だからあまり厳かな印象を想像することが出来ない。
 そわそわとクッキーに視線を送りながら続きを待っていると、ルルが衝撃の神託を口にした。


「聖者が神界に一時戻ったらしい」

「……?聖者、いなくなった…?」


 聖者がこの世界から消えたということだろうか。それなら運命は…?とはてなを浮かべる僕に、ルルが「いや、いなくなった訳ではないかな」と首を振った。


「神力の使い過ぎだと仰っていた。リベラ様が密かにマーテルから取り戻していた分の力と、聖者が無駄に魅了でばら撒いた神力…マーテルが自覚しない内に限界が来たようだ」


 ルルの話によると、どうやら神様…リベラ様は、ただぐーたらだらだらとしていたわけではないらしい。邪神に堕とされた時に奪われていた力を、数千年の間に少しずつだけれど密かに取り戻していたのだとか。
 それに加え、一度目では無かった物語本編前の魅了による神力の消耗…学園で起こった大規模な魅了騒ぎのことだろう。一度目との変化が、マーテルの神力を限界まで使い切らせた。


「既に帝国中至る所に魅了をばら撒いたから余裕ぶっこいているみたいだね。神殿に聖者覚醒の神託をする時まで、神力の回復の為に眠りにつくことにしたらしい」

「それは…物凄く重要な情報では…?」

「クッキーもぐもぐしてる場合じゃなかった」


 あんぐりと口も目も見開いて呟く。どうしてルルは悠長に美味しいクッキーを出してくれたんだろう、絶対そんな場合じゃなかったのに。おいしいからありがたいけれど。


「それにしても、神殿の動きが無いのが妙に気になりますね。学園での魅了騒ぎとか、聖者もかなり派手に動いていた筈ですが…」

「既に神殿全体がマーテルに洗脳されているのだろうね。今聖者の覚醒を公表しても信仰の増加はいまいちだろうし」


 ルルの言葉に確かにそうだと頷く。
 前回は聖者自身から見ても、信仰が大きく増加する確信があった完璧なシナリオだったのだろう。

 事前に国の主軸である皇太子を魅了して、僕という悪役も既に用意していたから、人心を思い通りに掌握することは容易だったはず。
 民衆は深い部分を何一つ知らない分、わかり易いシナリオに心を動かしやすい。帝国中が周知する悪者が悪事を働く中、善を象徴する聖者が覚醒する。物語としては定番だ。

 けれど、今回はそのシナリオが既に大きく破綻している。帝国中が周知する悪者はいまのところ居ないし、レオも無事。帝国内で影響力を持つ他の攻略対象者…みんなだって、魅了には堕ちていない。
 だから、今覚醒を公表したところで、民衆の関心はすぐに過ぎてしまうだろう。


「まぁつまり、僕達には大きなチャンスが訪れたことになる。時間の余裕が出来たわけだからね」


 覚醒の公表が前回と変わらない時期なら…マーテルが眠りから覚めるまであと二年ほどもかかるということ。
 少なくとも二年間は、聖者の動きに警戒する必要が無くなったということだ。

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