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ストレス! ストレス! またストレス!
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しおりを挟む戸塚君を先に送り出してミーティング室を出た私は、ふと少し離れた場所に珍しい人影を見つけた。
「本当に、私でいいのですか」
戸惑うように確認するのは神尾君だ。頷いたのはクリオネックス創設者であり、社長の高嶺(たかみね)譲(ゆずる)である。
「はい。君のことはC・C部の部長からもよく聞いています。顧客に誠実で、伸び代のある若手だと言っていました。C・C部が扱う顧客は性質上個人が多くなりますが、この案件の顧客は職人を雇用する会社の形を取っています。分かりやすく言えば大口顧客ですね。私の古い友人のつてで紹介されてきたのですが、経験をこれからの糧にできる若い人で、信用に足る人に託したいと思っています。私としては、ぜひ君にお願いしたい」
忙しいですか、と問われて神尾君が視線を彷徨わせた。
今の新部署で忙しくない社員なんて存在しない。
手に負えるだろうか、と不安に思う気持ちがこちらにまで伝わるようで、私は思わず歩調を緩めた。
二人の空気感に、そのまますれ違って良いのかどうか迷う。
引き返そうか。いやそれは不自然か、と思っているうちに神尾君が決断した。
「分かりました。未熟者ですが力を尽くします」
「そうですか。引き受けてくれますか」
頼みます、と笑顔の社長が神尾君の肩を叩く。伏し目がちにその激励を受けた神尾君がふと褒められた子どものような微笑を頬に滲ませた。
なぜだか胸を締め付けられるその光景に、私は目立たぬようそっとその場を離れた。
気にしないように、気にしないように、と思っていたものの、戸塚君の言葉はじわじわと体の中に広がっていって、それからしばらく、私は地味にメンタルをすり減らしていった。
やりがいに疑問を持ってしまえば、多すぎる激務は理不尽な暴力のようなものだ。
自分の仕事も頼まれた仕事も苦痛になってきて、私はペースを乱しがちになっていた。
――終電まで、後二時間。
人のいなくなった総務課で、パソコンを前に一息つく。
いつもなら回せる量の仕事をうまくこなせず、なんとか形になったのは夜も深まった頃だった。
やっと一通りのことが形になって、これからようやく神尾君の仕事に取りかかれる。
珍しく期限付きで頼まれた仕事の締め切りは、明日いっぱいだ。
もしかしたら終電には間に合わないかも、と少し不安になるが、それもこれも自分の不調のせいなのだから仕方ない。
「よし! やろう!」
気合いを入れ直して、私はパソコンの画面を切り替え、同時にプリントアウトしてあった資料を引っ張り出した。
データを入力し、所々資料に作図やイラストでの指摘や説明を書き込みながら、黙々と作業する。
この仕事だけは、どうしてもやり遂げたい。
その一心で懸命に手を動かした。
神尾君が私に回す仕事はいつも、「やってくれたらありがたいけど、万一やれなくなってもそんなに困らないもの」ばかりだ。
それは多分、神尾君の気遣いであり、私への信頼のなさでもあったと思う。
『これは取引なので、篠瀬さんが俺をモフすることに価値を見出さなくなれば、俺も手伝いの手を失うことになるわけです』
いつだったか冗談交じりに言ったその言葉は、彼の本心だったに違いない。
私にその気がなくなれば、いつでも一方的にやめられる。
どのタイミングで起きるかわからない破綻を抱えて大事な仕事は頼めない。それは当然のリスクマネジメントだった。
神尾君にとって私との「取引」は、きっと優位性を示すためだけのものだ。
誰も信じない、と言ってはいたものの、狛犬であることを私が知っていることは彼の弱みになる。
正体を知った上での「お願い」は限りなく「脅迫」に近い。無理強いしようとすれば……きっと、できてしまうのだろう。
私の方にそんなつもりがなくても、警戒したくなる気持ちは理解できた。
だから彼は取引をしたのだ。対等であると言うなら対価を払え、と。
そうして一方的に支配される側から、状況をコントロールできる側へと移動した。
取引内容は何でもよかったのだろう。モフを提供するのは取引だから、という利害関係をはっきりさせることさえできれば。
なんなら大して自分の得にならないことの方が、より私を切り離しやすくて都合が良かったのかもしれない。
分かってはいたけれど、私はそれが、なんだか妙に寂しかった。
ところが。
そんな神尾君が先日、私に託した仕事はいつもと少し違うものだった。
手間暇がかかる分、途中で投げ出されると困るだろうことが容易に想像できる作業で、さらに珍しく期限を区切った上で「できそうですか?」と聞いてきたのだ。
些細なことだったがそんなことは初めてで、私はよくよく内容に目を通してその理由を知った。
この仕事はおそらく、社長から直接指名されていたあの仕事に関わるものだ。
個人規模の依頼ではなく、会社としての依頼。だからこそ調査に必要なデータが多岐に渡り、膨大なのだ。
最近の神尾君は端から見ても忙しそうだったから背に腹は変えられなかったのかもしれない。
どんな理由でもいい。初めて本当の意味で頼ってもらえた気がして、私は二つ返事でその取引を請け負った。
モフも大事だけど、私は多分、ずっと神尾君に頼ってほしい、と思っていたのだ。
頼りにされるほど、信頼してほしい、と。
だからなんとしても、この仕事だけはきちんとやり遂げたかった。
その夜、静まり返ったフロアには私の打鍵する音だけが、いつまでも響いていた。
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