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ストレス! ストレス! またストレス!
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しおりを挟む「篠瀬さん、悪いんだけど私これから外部打ち合わせで。残り引き継いでもいい?」
「篠瀬さん、助けてー! 十五時までに先方に送らなきゃいけない資料ができないっ! 手伝ってくださいいい」
「篠瀬さん、昨日頼んでおいた在庫管理表できてる?」
「新部署の会計予算通したのって誰? 戸塚? 全然ダメだわ。篠瀬さん悪いけどそこの新入社員に申請書の見方、一から教えてやって」
モフを満喫して席に戻った私を待っていたのは、怒涛のように押し寄せる仕事の山だった。
自分の仕事と、カバーに入る仕事と、突如発生する仕事と。
目が回りそうな量だが、みんなそれぞれに手一杯なのだ。
「ええと、在庫管理表は課長に送ったし、溝口さんの資料は二人でやれば二時間。昼休みの後から手をつけても十五時に間に合う、大丈夫。私の仕事は明日までにやればいいから、白井さんの引き継ぎ分を午前中にやって……。戸塚君、十五時十分からミーティング室入れるかな? 会計予算の見直しをしたくて」
ぎゅうぎゅうのスケジュールをイレギュラーに合わせて組み直しながら、隣の席に呼びかける。
あまり表情の動かない戸塚君の涼しい目元がちらりと私を一瞥して、肩を竦めるだけで返事をよこした。
「篠瀬さんって皆に便利に使われてるって感じですよね」
十五時半過ぎ。ミーティング室にて、私の説明をつまらなそうに聞いていた戸塚君が、ふと呟いた。
残暑とはいえ未だ窓から入る日差しは強い。
明るいミーティング室の中、机を挟んで向かいに座る戸塚君の言葉に、私は思わず固まった。
訂正用の申請書に目を落としたまま、戸塚君が独り言のように続ける。
「あれやって、これやって、って皆篠瀬さんに頼むんですね。まあ、篠瀬さん仕事早いし何でもできるし頼んだら断らないし、引き受けたら引き受けたでちゃんとやってくれますし。そりゃ便利だわ」
――便利。
ずっしりのしかかる言葉に、思い出したのは学生時代に付き合っていた先輩の口癖だ。
『しのはだめだなぁ』
先に社会人になった先輩は、何をやっても自分より不器用だった私によくそう言って苦笑に似た笑みを浮かべていた。
『今は良くても、社会に出たらそうはいかないぞ』
『何もできないやつは、せめて周りの足を引っ張らないようにしなくっちゃ』
哀れむような、心配するような、どこか、安心するような表情で私の頭を撫でる。
いつの間にか自然消滅してしまった先輩の言葉は、今でも私の心に深く刻まれていて。
だからこそ、戸塚君の指摘は私の心を鋭く抉った。
要領がいい。
仕事ができる。
頼りになる。
その評価は裏を返せば、
都合がいい。
便利である。
何を頼んでもいい。
ではないのか。
薄々感じていた違和感を突きつけられて、気持ちの悪い感情がぶわ、とこみ上げる。
分かっている。傷つくな。そんなに自惚れていたわけじゃない。そうかもしれないって、どこかで思っていたはずだ。だけど。
だとしたら便利な自分でいること以外にどんな価値があるのか分からなくて。
引き受けること以外にどんな選択肢が用意されているのかも分からなくて。
都合よく使われているのだとしても、使えない、と思われるよりマシななのではないかと、怯えるように何でも引き受けたのだ。
自分の浅ましさを暴かれたようで、私は息が止まりそうだった。
黙り込んだ私を不審に思ったのか、戸塚君が顔を上げる。
「え、うわ。俺なんか言い方間違えましたか」
私の顔色に気がついて、戸塚君が慌てて弁明した。
「すみません。俺思ったことをそのまま口にしすぎるのがよくないって、よくばあちゃんにも言われるんですけど、直らなくて」
言い訳がフォローになっていない後輩に苦笑して、私は首を振った。
「違うの。ちょっと寝不足で、ぼうっとしてだけ。でも足りないところを自分で意識できているなら、少しずつ変えていけるといいね」
にこ、と笑ってみせると戸塚君が「はい」とおとなしく頷いて眉を下げる。
悪い子ではないのだ。
それ故、口走った言葉は本音に近いのだろう。
努めて平静を装いつつ、私は指導を続けた。
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