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物語の欠片
久遠の契(悪魔)
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「……お願い、願いを叶えて」
今宵も愚かな人間に呼び出され、悪魔はうんざりした顔で目の前の少女を見つめる。
『対価を支払うなら、どんな願いも叶えてやろう』
どうせ誰かを消すだの陥れるだの、そんな願いだろう。
もううんざりだ…と、思っていたのに。
「このノートに書いてあること、全部叶えられますか?」
『……はあ?』
「あれ?なんでも叶えられるわけではないんですね。すみません、そこまで考えていなくて…」
『俺を誰だと思っている?なんでも叶えてやるからノートとやらを寄越せ』
「あ、これです」
そこには、人間の名前がびっしり書かれていた。
悪魔はにやりと不気味な笑みを浮かべ、少女に問いかける。
『ここに書かれてある人間たちを始末すればいいのか?』
「え?なんでそんな物騒なお願いだと思ったんですか?」
『違うのか?』
「違います。寧ろその逆をお願いしたいんです。…そこに名前がある人たちを、長生きさせてください」
『…自分のことは願わないのか?』
「はい。そんなことをしても、何の意味もありませんから」
悪魔はさっさと願いを叶えて還るつもりだったが、少女を気に入りしばらく観察することにした。
『……いいだろう、叶えてやる』
──翌日、様々な人間たちが少女の元へぞくぞくと挨拶にやってきた。
「お姉ちゃん、見て!走れるようになったの!」
「よかったですね。退院おめでとうございます」
「僕も、ご飯が食べられるようになったんだ」
「これから好きなものを食べられますね」
子どもたちが笑顔で去っていくなか、少女は子どもたちに手をふる。
『おまえはそのままでいいのか?』
「はい。あの子たちと違って、実の家族からも嫌われてますし…帰れる場所がありませんから」
少女はそう話して窓の外の写真を撮る。
「今日はあなたに願いを叶えてもらった、幸せな日になりました」
『……少し外に出る』
悪魔は首を傾げながら一旦病室を出る。
その直後、背後の病室から咳きこむ声が聞こえた。
少女の部屋はまたたく間に白衣を纏った人間たちでいっぱいになり、その様子を悪魔はじっと見つめる。
少女は血を吐きながら力なくベッドで横たわっていた。
「驚かせちゃいました?」
しばらく経って病室に戻ると、少女は悪魔ににっこり微笑む。
『…俺が怖くないのか?』
「全然。生きている人間の方が怖いですよ」
『そうか。そういえば、さっき何をしていたんだ?』
「ああ、カメラのことですか?…毎日勝手に記念日を作っているだけです。私がここにいた証を残せるでしょう?」
現像された写真の横に、沢山の字が書かれている。
【ひこうき雲が見えた日】
【検査がひとつ減った日】
【作っていたパズルが完成した日】
本当にささやかなものばかりだが、そこに少女という記録がつまっている。
『おまえは何故他人の幸福を願った?憎くないのか?』
「全く。もうやり残したこともありませんから。願いを叶えてくれてありがとうございました」
少女はそう言って悪魔の手を握る。
角と翼を見れば大抵の人間が罵詈雑言を浴びせるというのに、少女からは一切悪意が感じられない。
それどころか、悪魔の心には今まで味わったことのないぽかぽかしたものが育ってきた。
その夜、目の前で絶望しきった少女に悪魔は淡々と告げる。
『代償として、おまえの未来をいただく』
「かまいません。…私はもう、そんなに長くありませんから」
少女は微笑んでいるが、手が震えている。
それを見た悪魔は少女に手をかざす。
目を閉じた少女…ではなく、悪魔自身ざ温かい光かりに包まれ姿を変えた。
「…こんなものか」
「え?」
悪魔から角や漆黒の翼がなくなり、そこに立っているのはただの男性だ。
「なんで私、死んでないんですか?」
「…さあな」
「というか、息苦しくないのはどうして……」
「言っただろ、おまえの未来をいただくと」
男は微笑み、少女の手を取る。
「おまえを気にかけるやつが誰もいないなら俺と一緒に来い。おまえの未来は俺のものなんだから」
悪魔は少女の症状を最小限に抑え、退院できる程度まで回復させた。
そして自らの命を分け与えることにより、文字通り少女の未来をもらうことにしたのだ。
「俺から離れられないのは不便だろうが、不自由ない暮らしを約束しよう」
「……本当に、私と一緒にいてくれるんですか?」
「だからそう言っているだろう」
少女は涙を一筋流し、向日葵のような眩しい笑顔を向ける。
「ありがとうございます」
「おまえみたいな人間、初めてだったからな。お互い様だ」
未来永劫、ふたりが離れることはない。
その日のファインダーには、笑顔のふたりがおさまった。
「やっぱり今日は、世界で1番幸せな日になりました。あなたのおかげです」
「俺はただ願いを叶えただけだ」
「もう1枚、撮ってもいいですか?」
「そんなにどうするんだ」
「何枚あっても困りませんから」
後日現像された写真の裏側に、【ふたりで幸せを掴む約束をした日】と記載されることになるのを、男はまだ知らない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大切なぬくもりを離したくなかった話にしてみました。
沢山の記念日に囲まれて、これからもふたりは仲良く暮らしていくでしょう。
今宵も愚かな人間に呼び出され、悪魔はうんざりした顔で目の前の少女を見つめる。
『対価を支払うなら、どんな願いも叶えてやろう』
どうせ誰かを消すだの陥れるだの、そんな願いだろう。
もううんざりだ…と、思っていたのに。
「このノートに書いてあること、全部叶えられますか?」
『……はあ?』
「あれ?なんでも叶えられるわけではないんですね。すみません、そこまで考えていなくて…」
『俺を誰だと思っている?なんでも叶えてやるからノートとやらを寄越せ』
「あ、これです」
そこには、人間の名前がびっしり書かれていた。
悪魔はにやりと不気味な笑みを浮かべ、少女に問いかける。
『ここに書かれてある人間たちを始末すればいいのか?』
「え?なんでそんな物騒なお願いだと思ったんですか?」
『違うのか?』
「違います。寧ろその逆をお願いしたいんです。…そこに名前がある人たちを、長生きさせてください」
『…自分のことは願わないのか?』
「はい。そんなことをしても、何の意味もありませんから」
悪魔はさっさと願いを叶えて還るつもりだったが、少女を気に入りしばらく観察することにした。
『……いいだろう、叶えてやる』
──翌日、様々な人間たちが少女の元へぞくぞくと挨拶にやってきた。
「お姉ちゃん、見て!走れるようになったの!」
「よかったですね。退院おめでとうございます」
「僕も、ご飯が食べられるようになったんだ」
「これから好きなものを食べられますね」
子どもたちが笑顔で去っていくなか、少女は子どもたちに手をふる。
『おまえはそのままでいいのか?』
「はい。あの子たちと違って、実の家族からも嫌われてますし…帰れる場所がありませんから」
少女はそう話して窓の外の写真を撮る。
「今日はあなたに願いを叶えてもらった、幸せな日になりました」
『……少し外に出る』
悪魔は首を傾げながら一旦病室を出る。
その直後、背後の病室から咳きこむ声が聞こえた。
少女の部屋はまたたく間に白衣を纏った人間たちでいっぱいになり、その様子を悪魔はじっと見つめる。
少女は血を吐きながら力なくベッドで横たわっていた。
「驚かせちゃいました?」
しばらく経って病室に戻ると、少女は悪魔ににっこり微笑む。
『…俺が怖くないのか?』
「全然。生きている人間の方が怖いですよ」
『そうか。そういえば、さっき何をしていたんだ?』
「ああ、カメラのことですか?…毎日勝手に記念日を作っているだけです。私がここにいた証を残せるでしょう?」
現像された写真の横に、沢山の字が書かれている。
【ひこうき雲が見えた日】
【検査がひとつ減った日】
【作っていたパズルが完成した日】
本当にささやかなものばかりだが、そこに少女という記録がつまっている。
『おまえは何故他人の幸福を願った?憎くないのか?』
「全く。もうやり残したこともありませんから。願いを叶えてくれてありがとうございました」
少女はそう言って悪魔の手を握る。
角と翼を見れば大抵の人間が罵詈雑言を浴びせるというのに、少女からは一切悪意が感じられない。
それどころか、悪魔の心には今まで味わったことのないぽかぽかしたものが育ってきた。
その夜、目の前で絶望しきった少女に悪魔は淡々と告げる。
『代償として、おまえの未来をいただく』
「かまいません。…私はもう、そんなに長くありませんから」
少女は微笑んでいるが、手が震えている。
それを見た悪魔は少女に手をかざす。
目を閉じた少女…ではなく、悪魔自身ざ温かい光かりに包まれ姿を変えた。
「…こんなものか」
「え?」
悪魔から角や漆黒の翼がなくなり、そこに立っているのはただの男性だ。
「なんで私、死んでないんですか?」
「…さあな」
「というか、息苦しくないのはどうして……」
「言っただろ、おまえの未来をいただくと」
男は微笑み、少女の手を取る。
「おまえを気にかけるやつが誰もいないなら俺と一緒に来い。おまえの未来は俺のものなんだから」
悪魔は少女の症状を最小限に抑え、退院できる程度まで回復させた。
そして自らの命を分け与えることにより、文字通り少女の未来をもらうことにしたのだ。
「俺から離れられないのは不便だろうが、不自由ない暮らしを約束しよう」
「……本当に、私と一緒にいてくれるんですか?」
「だからそう言っているだろう」
少女は涙を一筋流し、向日葵のような眩しい笑顔を向ける。
「ありがとうございます」
「おまえみたいな人間、初めてだったからな。お互い様だ」
未来永劫、ふたりが離れることはない。
その日のファインダーには、笑顔のふたりがおさまった。
「やっぱり今日は、世界で1番幸せな日になりました。あなたのおかげです」
「俺はただ願いを叶えただけだ」
「もう1枚、撮ってもいいですか?」
「そんなにどうするんだ」
「何枚あっても困りませんから」
後日現像された写真の裏側に、【ふたりで幸せを掴む約束をした日】と記載されることになるのを、男はまだ知らない。
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大切なぬくもりを離したくなかった話にしてみました。
沢山の記念日に囲まれて、これからもふたりは仲良く暮らしていくでしょう。
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