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物語の欠片
バニラとイヤホンとストロベリー(バニスト)※GL注意
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「清香、ちょっといい?」
空気が澄みきったある朝。
疲れ切った顔をした清香を放っておけず、奏はその場に繋ぎ止めるように声をかけた。
真面目なお嬢様キャラの生徒会長を務める清香は疲れを溜めやすい。
「どうされたのかしら?」
「……僕と一緒に、悪い子になってほしいんだ」
学校で疲れが隠しきれていないということは、相当嫌な思いをしたのだろう…そう考えた奏は屋上へ連れ出す。
手を取り合って駆け出す今のふたりには、授業なんて関係ない。
「ここでなら、今考えてることとか話せる?僕たち以外誰もいないし、鍵だって開けられないよ」
屋上の鍵はふたつある。ひとつは生徒会室に仕舞われているもの、もうひとつは奏の手の中だ。
わざわざ生徒会室に入ってまで開けに来る人はいないだろう。
「どうして鍵を持ってるの?」
「少し前に放送部の先輩から引き継いで、たまにひとりで息抜きしに来てた」
「教えてくれればよかったのに」
「最近忙しそうにしてたし、完璧に演じてるところを邪魔したらいけないなって…。
だけど、こんなことになるならもっと早く連れ出せばよかった」
今の清香の目からは光が消えている。
行事も多い中、毎日激務をこなしてキャラクターを演じていたのだから無理もない。
「こんなことって?」
「とぼけても無駄だよ。気づかないはずないでしょ?」
大きく息を吐き、清香は諦めたように呟く。
「……疲れた」
その言葉が全てだった。
「だったら、悪い子になるように仕向けて正解だった」
「私はもっと奏と話したいのに、いつも邪魔が入る。それに、お嬢様キャラの私を貫くのってやっぱり疲れる」
溜めこんでいた感情が爆発したのか、清香はぐったりした様子で言葉を続ける。
「頑張らなくちゃって思うのに、なんだかやる気になれなくて頑張れない。
決算資料に、想定外のトラブルの対処…これ以上、どうしたらいいのか分からないよ」
そんな清香を見て、奏はたまらず抱き寄せた。
そして、抱きしめたままの体勢でそっと耳に触れる。
「な、なに…」
「いいから。今ここには僕たちだけだし、こうやって音を共有できるのもいいでしょ?」
音楽が再生されると、清香はきらきらした目で奏を見つめる。
「これ、いつものアーティストさんの新曲?」
「うん。配信されてたから聴いてみたら、いつも以上に温かい曲だなって…清香と聴きたくなった」
そのままふたりで同じ音を聴いているうちに、清香の表情がどんどん柔らかくなっていった。
「すごい…嫌なこと、全部吹き飛ばせそう。奏と一緒にいるからかな?」
「僕は何もしてないよ」
「そんなことない。私、連れ出してもらえて嬉しかったの。ありがとう」
「少しでも元気になってくれたならよかった。…次の授業からは出ないとね」
「…今日、奏の家に行ってもいい?」
「勿論。そういえば、渡すものがあったんだった」
奏は鞄からキーケースを取り出し、まるごと清香に渡す。
「これ、あげる」
「いいの?」
「うん。絶対清香以外に渡せないものだから」
キーケースをよく見ると、そこにきらりと光る鍵がひとつだけついている。
「これ……」
「それがあれば、いつでも家に来られるでしょ?僕の帰りが遅くなっても、もう玄関先で待つ必要ないんだ」
「ありがとう」
この日1番の清香の笑顔が見られて、奏は内心かなりほっとしている。
「それから、そのイヤホンも貸しておくから。入ってる曲、好きなだけ聴いて」
「曲をシェアできるやつ?」
「そうだよ」
「ありがとう。これで今日1日、頑張れそう」
あまりに美しい笑顔にやられてしまいそうになりながら、奏はこそっと囁く。
「清香の好物を作って待ってる」
「仕事、できるどけ早く片づけるね」
放送部の仕事が多少残っているが、生徒会より早く終わるだろう。
それに、たとえ夕方まで会えなかったとしてももう寂しくない。
──どれだけ離れていても、音が世界を繋いでくれるから。
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久しぶりに綴ってみました。
空気が澄みきったある朝。
疲れ切った顔をした清香を放っておけず、奏はその場に繋ぎ止めるように声をかけた。
真面目なお嬢様キャラの生徒会長を務める清香は疲れを溜めやすい。
「どうされたのかしら?」
「……僕と一緒に、悪い子になってほしいんだ」
学校で疲れが隠しきれていないということは、相当嫌な思いをしたのだろう…そう考えた奏は屋上へ連れ出す。
手を取り合って駆け出す今のふたりには、授業なんて関係ない。
「ここでなら、今考えてることとか話せる?僕たち以外誰もいないし、鍵だって開けられないよ」
屋上の鍵はふたつある。ひとつは生徒会室に仕舞われているもの、もうひとつは奏の手の中だ。
わざわざ生徒会室に入ってまで開けに来る人はいないだろう。
「どうして鍵を持ってるの?」
「少し前に放送部の先輩から引き継いで、たまにひとりで息抜きしに来てた」
「教えてくれればよかったのに」
「最近忙しそうにしてたし、完璧に演じてるところを邪魔したらいけないなって…。
だけど、こんなことになるならもっと早く連れ出せばよかった」
今の清香の目からは光が消えている。
行事も多い中、毎日激務をこなしてキャラクターを演じていたのだから無理もない。
「こんなことって?」
「とぼけても無駄だよ。気づかないはずないでしょ?」
大きく息を吐き、清香は諦めたように呟く。
「……疲れた」
その言葉が全てだった。
「だったら、悪い子になるように仕向けて正解だった」
「私はもっと奏と話したいのに、いつも邪魔が入る。それに、お嬢様キャラの私を貫くのってやっぱり疲れる」
溜めこんでいた感情が爆発したのか、清香はぐったりした様子で言葉を続ける。
「頑張らなくちゃって思うのに、なんだかやる気になれなくて頑張れない。
決算資料に、想定外のトラブルの対処…これ以上、どうしたらいいのか分からないよ」
そんな清香を見て、奏はたまらず抱き寄せた。
そして、抱きしめたままの体勢でそっと耳に触れる。
「な、なに…」
「いいから。今ここには僕たちだけだし、こうやって音を共有できるのもいいでしょ?」
音楽が再生されると、清香はきらきらした目で奏を見つめる。
「これ、いつものアーティストさんの新曲?」
「うん。配信されてたから聴いてみたら、いつも以上に温かい曲だなって…清香と聴きたくなった」
そのままふたりで同じ音を聴いているうちに、清香の表情がどんどん柔らかくなっていった。
「すごい…嫌なこと、全部吹き飛ばせそう。奏と一緒にいるからかな?」
「僕は何もしてないよ」
「そんなことない。私、連れ出してもらえて嬉しかったの。ありがとう」
「少しでも元気になってくれたならよかった。…次の授業からは出ないとね」
「…今日、奏の家に行ってもいい?」
「勿論。そういえば、渡すものがあったんだった」
奏は鞄からキーケースを取り出し、まるごと清香に渡す。
「これ、あげる」
「いいの?」
「うん。絶対清香以外に渡せないものだから」
キーケースをよく見ると、そこにきらりと光る鍵がひとつだけついている。
「これ……」
「それがあれば、いつでも家に来られるでしょ?僕の帰りが遅くなっても、もう玄関先で待つ必要ないんだ」
「ありがとう」
この日1番の清香の笑顔が見られて、奏は内心かなりほっとしている。
「それから、そのイヤホンも貸しておくから。入ってる曲、好きなだけ聴いて」
「曲をシェアできるやつ?」
「そうだよ」
「ありがとう。これで今日1日、頑張れそう」
あまりに美しい笑顔にやられてしまいそうになりながら、奏はこそっと囁く。
「清香の好物を作って待ってる」
「仕事、できるどけ早く片づけるね」
放送部の仕事が多少残っているが、生徒会より早く終わるだろう。
それに、たとえ夕方まで会えなかったとしてももう寂しくない。
──どれだけ離れていても、音が世界を繋いでくれるから。
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久しぶりに綴ってみました。
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