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物語の欠片
創造の箱庭(箱庭-2)
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今日も私の世界は静かだ。
こじんまりとした家にひとり、温かい布団にもぐってごろごろしている。
そろそろ起きなければいけないのは分かっているけれど、今はそんな気になれなかった。
「…ねえ、起きてる?」
玄関をノックする音が聞こえて、寝間着のまま扉を開ける。
「おは……ごめん、寝てた?」
「今日は少しだらだらしていたくて、まだ着替えてないだけ。リビングで待ってて」
ここは元々、真っ暗で何もない場所だった。
傷つける言葉が飛んでこないから過ごしやすかったけれど、あの子が理想の家を創ってみるのはどうだろうと言ってくれたのだ。
「お待たせ」
「ご飯、今日は何がいい?」
「……今日は私も一緒に作る」
「え、いいの?」
「私がそうしたいから」
心の開き方が分からないけれど、この子が悪い人じゃないことだけは分かる。
あんまり眠れなかったからか、少しふらついた。
「大丈夫…じゃなさそうだね。無理しないでゆっくり休んでて」
「…ごめんなさい」
「謝らないで。ご飯ができたら起こすね」
その言葉を聞くと同時に、重い瞼がおりていく。
──次に目を開けたとき目の前にいたのは、いつも周りに当たり散らす嫌な人間だった。
『どうしておまえは反抗するの!?あなたのためを思って言ってるのに!』
望んで入ったわけじゃない学校。
そこでも追いかけていた夢の欠片…小説原稿を再起不能になるまで破られた。
『あの子ってさ、何考えてるか分からないよね』
『ていうか、先生と話すなんて調子のってない?』
どういうわけか分からないけれど、授業で分からないところを質問しに行ったら聞こえる声で陰口を言われた。
『今日の──さ、ほんと怠かったわ』
『ねえ、あいつちょろいよ!あんなので騙されるなんて…』
『駄目よ。あの子と話すのはやめなさい』
『さっきの店員暗かったな。イライラしたわ…』
街では嫌な音ばかりが耳に入って、自分のことではないはずなのに心に突き刺さった。
どれだけ耳を塞いでも、この場所には誰かを傷つける言葉が溢れている。
毎日そんなことの繰り返しで、もうどうでもよくなって……
「よかった、起きてくれた。随分うなされてたね」
「大丈夫。嫌なことを思い出しただけだから」
詳しく話さなくても、彼は黙って抱きしめてくれる。
私が傷ついたことを知ったうえでも、毎日同じ質問をしてくるのだ。
「…やっぱり、現実には戻らないの?」
「うん。あそこに私の帰れる場所なんてないし、この世界にいれば傷つかないから」
「そっか。…ご飯、できたよ」
「ありがとう」
かりかりベーコンに半熟目玉焼き、サラダと焼き鮭に炊きたての白米。
……私がよく独りで作っていたものだ。
「いただきます」
「…いただきます」
一緒にご飯を食べていると、彼が訊いてくる。
「今日も話を書くの?」
「短くても1日1本は書くって決めてるから」
「邪魔したらいけないから、僕は一旦家に帰ってるね」
この子の家はこの場所のすぐ隣にあって、窓を開ければ会話できるようになっている。
ふたりで片づけをして、食後に紅茶を飲んで…誰かと過ごす時間がこんなに温かいなんて、現実にいた頃は知らなかった。
「それじゃあ、また後で来るね」
「分かった」
扉が閉まるのとほぼ同時に嫌なもの全てをかき消すように書斎へ足を運ぶ。
今日も私の世界は静かだ。
好きな音楽に私を傷つけない言葉、目の前に広がる原稿用紙の海…だから、現実を捨てた。
残酷なだけの場所より、温かい気持ちになれるこの箱庭の方が心地いいから。
名前も知らない彼さえいてくれれば、あとは何もいらない。
「完成したら、また読ませてくれる?」
「別にいいけど、つまらないかもしれない」
「いいんだ。君が書く話を読むのが楽しいんだから」
私はこれからも、ずっとここで物語を綴っていく。
誰にも届かなくていい。ノイズだらけの世界になんて二度と戻るつもりはないから。
──部屋にある鏡を眺めるひとりの少年は小さく息を吐いた。
現実の少女の姿が見えるそれには、彼女に見せたくないものが写し出されている。
「…僕は、本当にこれでいいのかな?」
少年の問に答えは返ってこない。
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『箱庭-2』を小説にしてみました。
こじんまりとした家にひとり、温かい布団にもぐってごろごろしている。
そろそろ起きなければいけないのは分かっているけれど、今はそんな気になれなかった。
「…ねえ、起きてる?」
玄関をノックする音が聞こえて、寝間着のまま扉を開ける。
「おは……ごめん、寝てた?」
「今日は少しだらだらしていたくて、まだ着替えてないだけ。リビングで待ってて」
ここは元々、真っ暗で何もない場所だった。
傷つける言葉が飛んでこないから過ごしやすかったけれど、あの子が理想の家を創ってみるのはどうだろうと言ってくれたのだ。
「お待たせ」
「ご飯、今日は何がいい?」
「……今日は私も一緒に作る」
「え、いいの?」
「私がそうしたいから」
心の開き方が分からないけれど、この子が悪い人じゃないことだけは分かる。
あんまり眠れなかったからか、少しふらついた。
「大丈夫…じゃなさそうだね。無理しないでゆっくり休んでて」
「…ごめんなさい」
「謝らないで。ご飯ができたら起こすね」
その言葉を聞くと同時に、重い瞼がおりていく。
──次に目を開けたとき目の前にいたのは、いつも周りに当たり散らす嫌な人間だった。
『どうしておまえは反抗するの!?あなたのためを思って言ってるのに!』
望んで入ったわけじゃない学校。
そこでも追いかけていた夢の欠片…小説原稿を再起不能になるまで破られた。
『あの子ってさ、何考えてるか分からないよね』
『ていうか、先生と話すなんて調子のってない?』
どういうわけか分からないけれど、授業で分からないところを質問しに行ったら聞こえる声で陰口を言われた。
『今日の──さ、ほんと怠かったわ』
『ねえ、あいつちょろいよ!あんなので騙されるなんて…』
『駄目よ。あの子と話すのはやめなさい』
『さっきの店員暗かったな。イライラしたわ…』
街では嫌な音ばかりが耳に入って、自分のことではないはずなのに心に突き刺さった。
どれだけ耳を塞いでも、この場所には誰かを傷つける言葉が溢れている。
毎日そんなことの繰り返しで、もうどうでもよくなって……
「よかった、起きてくれた。随分うなされてたね」
「大丈夫。嫌なことを思い出しただけだから」
詳しく話さなくても、彼は黙って抱きしめてくれる。
私が傷ついたことを知ったうえでも、毎日同じ質問をしてくるのだ。
「…やっぱり、現実には戻らないの?」
「うん。あそこに私の帰れる場所なんてないし、この世界にいれば傷つかないから」
「そっか。…ご飯、できたよ」
「ありがとう」
かりかりベーコンに半熟目玉焼き、サラダと焼き鮭に炊きたての白米。
……私がよく独りで作っていたものだ。
「いただきます」
「…いただきます」
一緒にご飯を食べていると、彼が訊いてくる。
「今日も話を書くの?」
「短くても1日1本は書くって決めてるから」
「邪魔したらいけないから、僕は一旦家に帰ってるね」
この子の家はこの場所のすぐ隣にあって、窓を開ければ会話できるようになっている。
ふたりで片づけをして、食後に紅茶を飲んで…誰かと過ごす時間がこんなに温かいなんて、現実にいた頃は知らなかった。
「それじゃあ、また後で来るね」
「分かった」
扉が閉まるのとほぼ同時に嫌なもの全てをかき消すように書斎へ足を運ぶ。
今日も私の世界は静かだ。
好きな音楽に私を傷つけない言葉、目の前に広がる原稿用紙の海…だから、現実を捨てた。
残酷なだけの場所より、温かい気持ちになれるこの箱庭の方が心地いいから。
名前も知らない彼さえいてくれれば、あとは何もいらない。
「完成したら、また読ませてくれる?」
「別にいいけど、つまらないかもしれない」
「いいんだ。君が書く話を読むのが楽しいんだから」
私はこれからも、ずっとここで物語を綴っていく。
誰にも届かなくていい。ノイズだらけの世界になんて二度と戻るつもりはないから。
──部屋にある鏡を眺めるひとりの少年は小さく息を吐いた。
現実の少女の姿が見えるそれには、彼女に見せたくないものが写し出されている。
「…僕は、本当にこれでいいのかな?」
少年の問に答えは返ってこない。
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『箱庭-2』を小説にしてみました。
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