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夏彦ルート
第15話
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「月見ちゃん、大丈夫?」
「は、はい…」
震える肩を抱きしめて、部屋の隅で身を固くする。
夏彦はそんな私に優しい言葉をかけてくれた。
──事の発端は数十分前。
ソルトとふたりでいつもの作業部屋にいたところ、知らない人が入ってきた。
当然相手も私がいるとは思っていなかったので、色々と質問されてしまったのだ。
「ごめんね、あの人たちも悪い人じゃないんだ。ただ、質の悪いお客が勝手に入りこんでたときがあって…。
だからこの部屋には誰も近づかないように言ってあったんだけど、まさか入っていっちゃうとは思わなかった」
「そう、だったんですね」
「あのふたりには言っておくから、少しだけ待ってて」
私が頷くのを確認してから夏彦は部屋を出ていってしまう。
独りは心細くて不安になるけど、今はもう独りじゃない。
「ソルト…」
名前を呼ぶとにゃんとひと鳴きして膝の上にのる。
頭を撫でると安心したのか、ゆっくり目を閉じた。
寝顔も可愛いと思いながらそのままもふもふを堪能していると、少しずつ尖っていた心が落ち着いてくる。
警戒しないといけないと思っていたけれど、今はもう大丈夫そうだ。
……危うく蕀さんたちが出てきてしまうところだった。
「月見ちゃん、お待たせ」
「…ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「さっきの人たちを、困らせてしまいました」
「そんなことなかったよ。人見知りな人を相手に畳み掛けるように話して悪かったって、あのふたりは言ってた。
誰かが悪い訳じゃないから、そんなに自分を責めないで」
夏彦は笑っているけれど、不安がない訳じゃない。
もし迷惑ばかりかけてしまったら、きっとここに置いてもらえなくなる。
そうなったら私は…いや、少し違う。
私は夏彦と一緒にいられなくなるのが怖い。
彼に嫌われたくないし、一緒にいたいと思ってしまった。
「…私、ここにいてもいいんですか?」
「そんなの、いいに決まってるでしょ?俺が連れてきたんだし、月見ちゃんが嫌だって思うまではいていいんだよ」
そんな日が一生こないとしても?…なんて訊けなかった。
一緒にいられる、今はそれだけでいい。
……ずっとここにいたいなんて思ってしまっていいのかは分からないけど、できるだけ近くにいられるといいな。
「月見ちゃん、今日の仕事は終わり。お疲れ様でした!」
「お、お疲れ様です…」
ソルトをケージに入れて立ちあがると、夏彦は申し訳なさそうに告げた。
「実は今日はこれから少し商談があるんだ。家まで送るから、もし俺が遅くなるようならご飯とか先に食べておいて」
「分かりました」
少し寂しく思ったものの、夏彦を困らせるわけにはいかない。
…できるだけいつもどおりに振る舞ったつもりだけど、おかしな態度になってなかったか心配だ。
「は、はい…」
震える肩を抱きしめて、部屋の隅で身を固くする。
夏彦はそんな私に優しい言葉をかけてくれた。
──事の発端は数十分前。
ソルトとふたりでいつもの作業部屋にいたところ、知らない人が入ってきた。
当然相手も私がいるとは思っていなかったので、色々と質問されてしまったのだ。
「ごめんね、あの人たちも悪い人じゃないんだ。ただ、質の悪いお客が勝手に入りこんでたときがあって…。
だからこの部屋には誰も近づかないように言ってあったんだけど、まさか入っていっちゃうとは思わなかった」
「そう、だったんですね」
「あのふたりには言っておくから、少しだけ待ってて」
私が頷くのを確認してから夏彦は部屋を出ていってしまう。
独りは心細くて不安になるけど、今はもう独りじゃない。
「ソルト…」
名前を呼ぶとにゃんとひと鳴きして膝の上にのる。
頭を撫でると安心したのか、ゆっくり目を閉じた。
寝顔も可愛いと思いながらそのままもふもふを堪能していると、少しずつ尖っていた心が落ち着いてくる。
警戒しないといけないと思っていたけれど、今はもう大丈夫そうだ。
……危うく蕀さんたちが出てきてしまうところだった。
「月見ちゃん、お待たせ」
「…ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「さっきの人たちを、困らせてしまいました」
「そんなことなかったよ。人見知りな人を相手に畳み掛けるように話して悪かったって、あのふたりは言ってた。
誰かが悪い訳じゃないから、そんなに自分を責めないで」
夏彦は笑っているけれど、不安がない訳じゃない。
もし迷惑ばかりかけてしまったら、きっとここに置いてもらえなくなる。
そうなったら私は…いや、少し違う。
私は夏彦と一緒にいられなくなるのが怖い。
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「…私、ここにいてもいいんですか?」
「そんなの、いいに決まってるでしょ?俺が連れてきたんだし、月見ちゃんが嫌だって思うまではいていいんだよ」
そんな日が一生こないとしても?…なんて訊けなかった。
一緒にいられる、今はそれだけでいい。
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「月見ちゃん、今日の仕事は終わり。お疲れ様でした!」
「お、お疲れ様です…」
ソルトをケージに入れて立ちあがると、夏彦は申し訳なさそうに告げた。
「実は今日はこれから少し商談があるんだ。家まで送るから、もし俺が遅くなるようならご飯とか先に食べておいて」
「分かりました」
少し寂しく思ったものの、夏彦を困らせるわけにはいかない。
…できるだけいつもどおりに振る舞ったつもりだけど、おかしな態度になってなかったか心配だ。
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