裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第15.5話

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月見ちゃんには、この仕事について知られるわけにはいかない。
だから今夜もこうして、月光が照らすとあるバーへと繰り出す。
「ごめん、お待たせ!」
「そんなに待ってない。…他のふたりが来る前に渡しておく」
「ありがとう、ハル」
「その名前で呼ぶのはやめて」
「いいでしょ、俺たちしかいないんだから」
ハル…春人は仕事をはじめてから言葉遣いが敬語になった。
というより、変化があったのはあの人がいなくなってからかもしれない。
「…疲れてる?」
「急ぎで仕上げたから。これがあれば、彼女のことをどこへだって連れ出せる」
「急だったのに、流石便利屋だね」
「…彼女、追われてるの?」
ハルは話をするとき、いつも真っ直ぐ俺を見ている。
少し押し潰されそうになるほどの純粋な色をしていて、俺には絶対に出せないものだ。
「今はまだ大丈夫だけど、これからのことを考えるとどうなるか分からないからね」
「…備えってことか」
ふたりで話すのはすごく楽しくて、いつも時間を忘れてしまいそうになる。
「悪い、遅くなった」
「アッキー…あれ、マー君は?」
「あいつは今夜はこられない。だから、一先ず俺たちだけで話をまとめておくぞ」
秋久はいつものようにリーダーシップを発揮している。
ただ、作戦参謀が1人足りていないと変な感じがしてしまう。
「…以上だ。質問は?」
「質問っていうより、それだとちょっとまずいかも。
…俺ができることなんてこれくらいしかないけど、取り敢えず用意しておいたよ」
「流石は情報屋だな。他には?」
「僕はこういうものを作ってきました」
お互いの得意分野を生かす、それがカルテットのメンバーとしての役目だ。
「おまえら気合い入ってるな。…あと、これは今回の仕事には関係ないがお嬢ちゃんについて言っておくことがある。
…近所の住人の話によると、やたら植物が多い部屋があったらしい。その部屋に監禁されてたんじゃないかと噂になっているが、詳細は不明だ」
……月見ちゃんが植物を見るときの目は、明らかに柔らかい光を放っている。
それに、あの手にある傷が手入れをしているときのものだとすれば辻褄はあう。
だが、果たして本当にそれだけが理由だろうか。
「捜索願は出されていないんですか?」
「ああ。…出生届自体出されていないのかもな」
「流石アッキー、調べるの早いね」
「おまえよりは遅いだろ?」
ただ、もしそうだとすると彼女は学校に行っていなかったことになる。
…それなら、あんなふうに読み書きや計算が速いのは何故だろう。
「…気になることでもあった?」
秋久が先に帰った後、ハルはそんなことを訊いてきた。
できればもう少し伏せておきたい。
「いや。あんなに可愛いのに、自分の子どもを愛せないんだなって思っただけ」
「あんまりひとりで思い詰めないように」
春人に隠し事をするのは無理らしい。
内心苦笑しながら家路を急ぐ。

──ほんと、なんで愛せないなら家族を増やそうなんて考えるのか不思議だ。
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