路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

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Until the day when I get engaged. -Of light, ahead of it...-

第77話

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ー**ー
俺はエリックに連絡したあと、バスルームをノックする。
メルがなかなか出てこないからだ。
「メル...?」
(そういえば、何かが倒れる音がしたな...。まさか!)
俺はバスルームへの扉を開ける。
そこにはやはり、メルが倒れていた。
「メル!メル!」
ネグリジェを身に纏っているものの、髪は濡れていない。
恐らく入浴前に倒れたのだろう。
額に触れるととてつもない熱をもっていた。
「メル、運ぶからね...」
俺の声に応えるように、メルは苦しげに息をはいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「メル、ごめん」
俺が無理をさせたせいだろう。
きっとストレスだろうと俺は診断した。
「薬は...苦手だったね」
俺は口に含み、それが溢れないように気をつけながらメルに少しずつ注ぎこむ。
「んく...」
「よし、またあとで...」
くるからね、と続けようとしたとき、手を掴まれる。
そのままメルは何も言わない。
(離れないで、ということかな...)
出会った頃を思い出しながら、俺はそのまま隣のイスに腰をおろした。
ー*ー
「カムイ...?」
(私は何をしていたんでしょう)
確か、入浴しようとして、そのあと眩暈がして...。
思い出そうとするが、頭が重くて何も考えられない。
「メルは倒れてたんだよ。今はすごい熱だから、おとなしく横になってて?」
「...カムイがここまで運んでくれたんですか?」
「うん」
「ありがとう、ございます」
「なにか食べられそう?」
「はい...」
カムイが何かを作っている音がする。
「これなら食べられそう?」
「...!」
それは、すりりんごだった。
「はい...!」
とても懐かしく感じた。
「今の腕の力でスプーンを使うのは難しいでしょう?」
「え...?」
私は恥ずかしくなってしまう。
「ほら、口開けて?」
カムイの有無を言わさぬ笑顔に負け、私はおとなしく口を開けた。
「美味しいです!」
「メル、ごめんね」
「どうして、カムイが、謝るんです、か...?」
「俺が無理させて、色々なところに連れまわしたから、疲れたよね...」
「そんなこと、ないです。とっても楽しくて、それで...」
そこまで言って、息が苦しくなってくる。
「あとはよくなってから話してくれればいい。今はゆっくり休んで?」
「ありがとう、ございます...」
私は再び眠りにおちていった。
ー**ー
ようやくメルが安らかな寝息をたてはじめたとき、ドアがノックされる。
...エリックだ。
「メルが体調を崩して寝てるから、静かにね」
「分かった」
エリックによると、『ナイト・メア』にエリックの部隊で突入したらしい。
だが、すでにもぬけの殻で...
「それで、本物のオーナーの遺体があった」
「『本物の』?ということは、偽物もいたの?」
「ああ。どうやらそいつが密売の主犯らしい」
「アジトを捨てて逃げたってこと?」
「多分な。本物のオーナーの死因はまだ特定できてない。...でき次第、知らせにくる」
エリックはそそくさと行ってしまった。
...恐らく、メルに気を遣ったのだろう。
(消えた店員たち、偽物のオーナー...)
色々なことを考えたが、まずはメルの近くにいることが最優先事項だ。
ー*ー
目を閉じていると、誰かが近くにきた音がする。
「カムイ...?」
「ごめん、起こしちゃった?」
カムイは申し訳なさそうにしている。
「いえ、さっき起きたばかりです」
「そうなんだ。...うん、さっきよりは熱も下がってるみたいだね」
「ありがとうございます」
治ったのはきっと、カムイのお陰だ。
なんとなくだが、そんな気がする。
「ありがとうございます、カムイ」
「明日は一日休んだ方がいいよ」
「ごめんなさい...」
カムイは私の頭をそっと撫でてくれる。
「風邪をひいたのはメルのせいじゃないから、気にしないで?」
「はい」
「...おやすみ」
「カムイ」
「ん?なに?」
「一つだけ、お願いを聞いていただけますか?」
「俺にできることならなんでもどうぞ」
ー**ー
いきなりお願いとは、一体どういうことなのだろう。
「...手」
「?」
「手を握っててもいいですか?」
可愛いお願いだな、なんて考えてしまう自分に酷く嫌悪感をいだいた。
目の前にいるのは病気で苦しんでいる人なのに。
「いいよ。ずっと繋いでるから、安心して?」
「ありがとうございます」
「今度こそ、おやすみ」
とんとんと軽く背中をたたくと、すぅっという寝息が聞こえてきた。
(明日には動けそうだな)
そんなことを思いながら、俺は事件について思い返す。
(...そうか。多分本物のオーナーの死因は毒物によるものだ)
遺体から検出されないものが存在することを俺はよく知っている。
遺体を調べさせてもらうべきだろうか。
それとも、この件には関わらない方がいいのだろうか...。
俺はあれこれ考えてしまい、なかなか寝つけなかった。
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