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隠暮篇(かくれぐらしへん)
番外篇『ある神子の見守り記録』・前
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このノートを見つけた人間はどう思うのだろう。
これを現実だと捉えてもらえるのか、狂言だと捉えられるのかは分からない。
ただの親馬鹿日記とでも思ってもらうのが1番だ。
私がその人と出会ったのは、小学生の頃。
転びそうになったところを助けてもらったのだ。
「ありがとうございます」
「そんなに堅苦しくなくていい。私は美桜。この家の守り神」
「人間じゃないんですか?」
「人間じゃないと、お友だちにはなれない?」
「そんなことはありません。ただ、私でいいのかなって...」
その人はそっと頭を撫でてくれた。
子どもの私は自分にできることを考えて、お礼にとお稲荷さんを一緒に食べようと誘ったのだ。
「お友だちなら、こうやってご飯を食べるのも楽しいですよ」
「...そうかもしれない。あなたは私に初めてをくれた。
だから、あなたが困ったときは力になる」
この頃からもう既に『生きた人間ではない存在』が視えていた私は、軽い気持ちで話をすることにしたのだ。
...まさかそれで家を追い出されるとは思っていなかった。
「これだから身勝手な人間は嫌い」
「私は気が楽になりましたよ」
美桜さんはとても怒っていたけれど、私についてくると言ってくれたから寂しくなかった。
あの家では神子が全てで、そうでない女子たちは召し使い同然だったのだから。
後で分かったことだけれど、誰も美桜さんの名前を知らなかったらしい。
名前を知ることは、神子よりも優位になる可能性が高い...だから私を追い出して終わるはずだったのに、護り神まで一緒に出てきてしまった。
「家族は他にいないの?」
「両親は小さい頃に死にました。それからはあの家から出たことがほとんどなかった。
だから...ありがとう美桜さん」
「...人間にお礼を言われるのも怖がられないのも初めてかもしれない。
初めて会ったときもあなたは私と対等に接してくれた。
だから私は、あなたといる」
その花のように美しい女性は、私を少し古い建物に匿ってくれた。
勉強は独学でやっていたから特に問題はない。
そして時がたち、好きな人ができて結婚間近までいって...美桜さんも側にいてくれて幸せだった。
「美桜さん、私もうすぐお母さんになるんです。...いい母親になれるでしょうか」
「あなたならきっと大丈夫」
そのとき、上から何かがふってくる。
...大量の鉄柱だ。
「大丈夫」
美桜さんの力は凄まじかった。
彼女は細腕1本で鉄骨全てを受け止めたのだ。
正確に言えば、そういう力を使った。
「怪我はない?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「そう...」
美桜さんはなかなか笑ってくれなかったけれど、このときの笑顔が美しかったことはよく覚えている。
「ここにはもう来ないの?」
「ううん、絶対に来ます。でも、しばらく入院しないといけないからその間は来られないかも...?」
「ねえ、その子は女の子?」
「...はい」
【家に生まれた女児は皆能力を持つ。選ばれたものを神子と呼ぶ】...私の家に伝わるとおりなら、この子もきっと力を持ってしまう。
それに、美桜さんを感知できるのは私しかいない。
私の不安を察したのか、彼女は申し訳なさそうに笑った。
「その子はきっと、神子になってしまう。でも安心して。...私が護るから」
「ありがとうございます」
その言葉に寄りかからせてもらうことにした。
神社の巫女さんの仕事をしていた私にとって、たったひとりの友人。
それはきっと、これから先も変わらない。
今度は夫のことも紹介しますねなんて呑気に話して、お稲荷さんを置いていく。
「...その子とも一緒に食べられる?」
「生まれて、少し大きくなれば」
「それも楽しみ。名前は決めた?」
「色々な願いをこめて、七海にしようと決めました」
美桜さんは七海と呟いて、また嬉しそうに笑った。
「きっとあなたみたいに優しい子になる」
──神主である夫が殺されたのは、それから数日後のことだった。
これを現実だと捉えてもらえるのか、狂言だと捉えられるのかは分からない。
ただの親馬鹿日記とでも思ってもらうのが1番だ。
私がその人と出会ったのは、小学生の頃。
転びそうになったところを助けてもらったのだ。
「ありがとうございます」
「そんなに堅苦しくなくていい。私は美桜。この家の守り神」
「人間じゃないんですか?」
「人間じゃないと、お友だちにはなれない?」
「そんなことはありません。ただ、私でいいのかなって...」
その人はそっと頭を撫でてくれた。
子どもの私は自分にできることを考えて、お礼にとお稲荷さんを一緒に食べようと誘ったのだ。
「お友だちなら、こうやってご飯を食べるのも楽しいですよ」
「...そうかもしれない。あなたは私に初めてをくれた。
だから、あなたが困ったときは力になる」
この頃からもう既に『生きた人間ではない存在』が視えていた私は、軽い気持ちで話をすることにしたのだ。
...まさかそれで家を追い出されるとは思っていなかった。
「これだから身勝手な人間は嫌い」
「私は気が楽になりましたよ」
美桜さんはとても怒っていたけれど、私についてくると言ってくれたから寂しくなかった。
あの家では神子が全てで、そうでない女子たちは召し使い同然だったのだから。
後で分かったことだけれど、誰も美桜さんの名前を知らなかったらしい。
名前を知ることは、神子よりも優位になる可能性が高い...だから私を追い出して終わるはずだったのに、護り神まで一緒に出てきてしまった。
「家族は他にいないの?」
「両親は小さい頃に死にました。それからはあの家から出たことがほとんどなかった。
だから...ありがとう美桜さん」
「...人間にお礼を言われるのも怖がられないのも初めてかもしれない。
初めて会ったときもあなたは私と対等に接してくれた。
だから私は、あなたといる」
その花のように美しい女性は、私を少し古い建物に匿ってくれた。
勉強は独学でやっていたから特に問題はない。
そして時がたち、好きな人ができて結婚間近までいって...美桜さんも側にいてくれて幸せだった。
「美桜さん、私もうすぐお母さんになるんです。...いい母親になれるでしょうか」
「あなたならきっと大丈夫」
そのとき、上から何かがふってくる。
...大量の鉄柱だ。
「大丈夫」
美桜さんの力は凄まじかった。
彼女は細腕1本で鉄骨全てを受け止めたのだ。
正確に言えば、そういう力を使った。
「怪我はない?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「そう...」
美桜さんはなかなか笑ってくれなかったけれど、このときの笑顔が美しかったことはよく覚えている。
「ここにはもう来ないの?」
「ううん、絶対に来ます。でも、しばらく入院しないといけないからその間は来られないかも...?」
「ねえ、その子は女の子?」
「...はい」
【家に生まれた女児は皆能力を持つ。選ばれたものを神子と呼ぶ】...私の家に伝わるとおりなら、この子もきっと力を持ってしまう。
それに、美桜さんを感知できるのは私しかいない。
私の不安を察したのか、彼女は申し訳なさそうに笑った。
「その子はきっと、神子になってしまう。でも安心して。...私が護るから」
「ありがとうございます」
その言葉に寄りかからせてもらうことにした。
神社の巫女さんの仕事をしていた私にとって、たったひとりの友人。
それはきっと、これから先も変わらない。
今度は夫のことも紹介しますねなんて呑気に話して、お稲荷さんを置いていく。
「...その子とも一緒に食べられる?」
「生まれて、少し大きくなれば」
「それも楽しみ。名前は決めた?」
「色々な願いをこめて、七海にしようと決めました」
美桜さんは七海と呟いて、また嬉しそうに笑った。
「きっとあなたみたいに優しい子になる」
──神主である夫が殺されたのは、それから数日後のことだった。
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