ハーフ&ハーフ

黒蝶

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隠暮篇(かくれぐらしへん)

番外篇『ある神子の見守り記録』・善

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誰にやられたのかなんて明白だ。
けれど、どうしても警察に話すことはできなかった。
「どうして誰にも言わないの?」
「...美桜さんと、ずっと友人でいたいからです。
それから、私は私の為に生きていきたいから...この子の為にも」
もうすぐ生まれる子どもは、きっと神子になる。
そうなれば永遠にあのおかしな家に縛られ続けるのは決まっているわけで...そんなのは絶対に嫌だった。
「それなら、子育ては私が手伝う。あなたが困っているときは何でも言って」
「ありがとうございます、美桜さん」
そうして生まれたのが私のたった1人の子どもで...美桜さんの力を分け与えられた神子だ。
けれど、家に伝わる伝説では【神子から生まれる子どもは神子にならない】というものがある。
私はあの家に戻るつもりはない。
...つまり、この子で神子は途絶えるということだ。
「美桜さん、抱いてみてください」
「可愛い...」
きゃっきゃと楽しそうに声をあげる赤子相手に、はじめはふたりして苦戦したのを覚えている。
「美桜さん、これで合ってますか?」
「あの家にいた神子より、あなたの方が才能がありそう」
昔から手芸は好きでよくやっていたけれど、まさか私が神子に近い力を持っているとは思っていなかった。
今でもその事実に戸惑ったいないわけではない。
ただ、おかげで作った身代わりになるお守りが話題になった。
「これで暮らしていけるでしょうか?」
「あなたは欲がない。それに、人の為にお守りを作っている。
...その心があれば大丈夫」
それから3年、いきなり本家に呼び出されて行ってみると驚くべき事実が判明する。
跡形もないその場所に親族一同が集められていた。
「おまえが出ていったせいで家は燃えた。...おまえが神を怒らせたんだろう!」
ただでさえ親族とは連絡を絶って嫌われていた私は、その場で絶縁を宣言した。
「その子を寄越せ!もしかすればその子は、」
「私たちはあなたの道具じゃない!そもそも神様に寂しい思いをさせたのはあなたたちでしょ?
...祠の掃除もせず、神子の力だけで何とかなるって思っていたのでしょう?私が災厄をもたらしたと考えるならそれでも構いませんが、もう二度と関わらないでください」
美桜さんは寂しがっていた。
身勝手な人間相手に優しくしてくれる、お揚げが大好きな神様。
冷たい視線のなかに憎悪を感じる。
...それが美桜さんが自分たちに向けたものだということにさえ気づいていないようだった。
「お母さん、痛い?」
「七海...大丈夫だからね」
「うん!お母さん、偉いね」
この子に手出しはさせない。...ただ、神子としての変化は見届けることしかできなかった。
「お母さん、頑張るから」
「七海、おてつだいする!」
「ありがとう」
それから保育園を見つけて、何とか神社の巫女としての仕事で生活することができている。
遅い日は美桜さんが七海の遊び相手になってくれて、料理やお守りを一緒に作っていたこともあった。
「子どもの相手というのは楽しい」
「美桜さん、すごく嬉しそうですね」
「失敗したけど作りましたって、お守りをくれた」
形はたしかに不格好だったけれど、美桜さんは大切に仕舞っているようだった。
「あの子の力は強いけど、きっと大丈夫」
「...私より視えているものが多いんですよね?」
「うん。だからその分、お守りにこめられている力も強大になる。
...ふたりで護ればきっと大丈夫」
「そうですね」
美桜さんとは長い付き合いで、人の為になることをするようにといつも教えてもらってきた。
それがあって今の私がいる。
だからこれからもこうしてふたりでお揚げを食べながら話す日が続くと、そう信じていた。


──廻りが騒がしくなってきていることに気づかないふりをして。
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