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第三章 【王国史】
3-101 闇、再び
しおりを挟む「……本当にいいのか?」
「あぁ……早くしろ。闇の波が来る、そうなればこうして理性的にはいられなくなる!」
アルベルトは両手で刀を持ち、頭の上に振り上げた。
「グワァアアアァ……早く……ゴゥワァアア!……しろ!」
魔物の理性が遠ざかっていき、再び獣のような唸り声を上げ始めた。
「アルベルト!一回で決めろ、時間がないぞ!!」
ステイビルの言葉に、少し焦りが生じる。
「は……ハやクしロ……ゥォォォ!!」
魔物は、自分ともう一人の自分が反発しあっているように身体が震え出した。
付き出した黒剣は揺れてしまい、その小さな狙いが定まらない。
その時、アルベルトの頭の中に言葉が響いた。
『自分を信じろ……何万回と振ってきた自分の剣の軌道を思い出せ。大丈夫だ、お前は強い』
その言葉がアルベルトの気持ちを落ち着かせ、集中力が高まっていく。
世界の時が止まったかのように、アルベルトの感覚から音が消えていった。
目の前に出された剣も、何もないかのように止まったままにみえている。
自分の鼓膜に心臓の拍動音が伝わる、決して早いものではなく心地よい鼓動だ。
アルベルトはゆっくりと鼻から息を吸い、吐き出す動作に変わるそのタイミングで刀を振り下ろした。
振り下ろされた刀の軌道は、素振り練習の時の一番良い感覚と同じものを味わうことができた。
刃の先は、ちょうど刃の掛けた先端に吸い込まれるように入っていく。
そこに刃が触れた瞬間、アルベルトは刀を引き下ろす。
――!
アルベルトの掌には、何も当たっていないかのように感覚が全くない。
しかし、その刀は黒剣の中に切り込み、そして抜けていった。
カラ……ン
静寂の中、切りおとされた黒剣の先が床に落ちた音が響き、そこからアルベルトの時間が再び動き出す。
「……」
魔物からうめき声が消え、切られた剣の切り口から瘴気のような黒い霧が漏れ出ている。
突き出していた剣は腕の力がなくなり、ゆっくりと下がっていく。
「よくぞ、壊して……くれた……礼を……いう……ありが……」
魔物の落ち着いた表情は、長い間時空を渡り歩いてきた疲れから解放された晴れ晴れとしたものだった。
――ドン!
鈍い音と共に魔物の身体から、一本の手が生えてきた。
いや、その手には黒い拍動した心臓が握られている。
手が貫通し、前に飛び出してきていた。
「……ったく。どんな魔剣かと思えば、元はヤワな人間が乗り移っただけだったとは……ね」
貫かれた身体の後ろから、女性の声が聞こえる。
その腕はゆっくりと引き抜かれ、空いた穴からは黒い血が滴り落ちている。
「うフフフ……こんにちは、ハルナ」
「まさか……あなた……ヴェスティーユ!?」
その空いた穴から顔を覗かせているのは、モレドーネの池で見たあの顔だった。
「あらぁ……私のこと覚えててくれたのね。光栄だわね」
支えていた魔物の身体を横に払い退け、その場に立ち上がりこの場に姿を見せた。
ニナがブウムの傍に寄ろうとするが、今度はグレイがその身体を引き留める。
まだ身体は、得体の知れない者の近くにあり敵か味方かもわからない。
このハルナとの会話を聞く限り、敵である可能性の方が高い。
そんな者の近くに寄らせることは、警備兵の長として容認できるものではない。
「あはははっ!そのまま近寄ってきたら、一緒に連れてってあげようと思ったんだけど。ダメだったかぁ」
ヴェスティーユは、ケタケタと笑いながら相手の気持ちを逆なでするようなことを平気で告げる。
「まぁ魔剣とは名ばかりな量ね……これじゃあ。でもいいわ、少しは足しになるかもね」
ヴぇスティーユはそういうと、大口を開けてその真っ黒な心臓を一口で飲み込んだ。
目を閉じてその味を堪能するかのような表所を浮かべ、舌なめずりをして満足そうに息を吐く。
「やっぱりこういうのは鮮度が大事なんだよ……もぎたては最高だね!」
さすがにステイビルもその化け物の食事をみて、ありえないものを見る目つきでヴェスティーユを見ている。
「そんな目で見ないで欲しいわね、ステイビル王子様?私たちだって、アンタたちの行動に虫唾が走ることだってあるんだからね。そこはお互い様ってもんよ」
エレーナはヴェスティーユに言い返そうとしたが、グレイに引き留められながらも必死にブウムの亡骸の傍に近寄ろうとするニナの姿を見るとその言葉を飲み込んでしまう。
「何よ……つまらないないわね。まぁ、”お食事”も出来たし今回は満足だったわ。食後の”運動”とも思ったけど、ビビッてるのかやる気がなさそうだし」
ちらりとニナの方を向いて、笑いを堪える。
「くっくっくっ……いいものも見れたし、ここにきて正解だったわ!」
ハルナも我慢の限界がきており、この空間に風の元素が集まっていくのを感じる。
その気配を感じたヴェスティーユは、ハルナに向かって忠告する。
「ハルナ……あんたはやる気みたいだけど、やるとなったらアタシはあのドワーフを真っ先にターゲットにするわよ。あんた達は、いいかもしれないけど、このドワーフたちはどうかしらね?私の攻撃に耐えられればいいけど……」
エレーナははその言葉の意味を理解し、ハルナの肩に手を乗せて落ち着かせる。
すると、周囲の元素は散っていった。
「そうそう。大人しくしておけば、今回は何もしないわ……それじゃあ、そろそろ行くわね。また会う時まで、死なないでよ?別にいいけど」
そう言って、ヴァスティーユの姿は揺らぎ始める。
「言い忘れてたけど、お土産残しておいたから精一杯楽しんでちょうだい!!」
笑い声と共に、ヴェスティーユの姿はこの場から消えた。
そして、ニナが叫び声をあげる。
「ぶ……ブウムが……」
ブウムの身体は胸に穴が開いたまま、ゆっくりとその体を起こした。
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