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第十五章

第259話 香辛料

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 部屋にいるのは俺とレイ、陛下とファステルの四人。
 宮殿の豪華な部屋ではなく、比較的質素で狭い部屋だった。

 ここは陛下とファステルがプライベートで食事をする部屋で、お互いの距離が近く話しやすいとのことだった。
 テーブルや椅子はなく、床の上のクッションに座る。
 料理は床に敷いたカーペットの上に並べられていた。
 皇国の一般家庭はこの様に食事をするそうだ。

 陛下が金色のグラスを掲げる。
 葡萄酒で乾杯だ。

「まずは来てくれたことに感謝する。そして、お主たちの結婚を祝いたい」

 俺たちが来ることはカミラさんから伝わっていたため、陛下は準備をしていたそうだ。

「陛下、私たちこそお祝いに参ったのです」
「いいではないか、レイ殿。アルはファステルの命の恩人だぞ? つまり私にとっても恩人だ」

 陛下は俺たちの結婚祝いをアフラに送ると言ってくれた。

「それにお主たちの話も色々と聞いておる。世界会議ログ・フェスでも話題になったぞ。なかなか厳しい道ではあるが……」

 恐らく建国の話だろう。
 すると、ずっと黙っていたファステルが立ち上がった。

「もう! キルス! 面倒な話はいいわよ! これだからアル以外の男は嫌いなのよ! 全く……」
「わははは、すまんすまん。この部屋では仕事の話をしない約束だったな」

 ファステルが陛下を呼び捨てにしてることに驚きつつ、ファステルは男嫌いだったことを思い出す。
 初めて会った時も男が嫌いだと言っていた。
 俺は葡萄酒を口に含み、陛下に視線を向ける。

「それにしても、ファステル様がご結婚されるとは思いませんでした。そして、そのお相手が陛下だとは想像もしてませんでした」
「よせよせ。アルよ、これまで通りファステルでよい。ついでに私もキルスで良い。敬語もいらん」
「そ、それはさすがに」
「いらんと言ったらいらん。レイもだ。いいな」
「分かりました。公式の場以外ではそのようにします」

 ヴィクトリアと同じ事を言っているキルス。
 レイも笑っていた。
 そしてレイは、その美しい紺碧色の瞳をファステルに向けた。

「ねえ、ファステル。キルスとの馴れ初めを聞いてもいいかしら?」

 キルスとファステルが二人で説明してくれた。

 前回の世界会議ログ・フェスで、王都イエソンへ向かうエマレパ皇国の一行はアセンに立ち寄る。
 そこでモデルとして評判だったファステルを見かけ、キルスが一目惚れ。
 ファステルは全く相手にしていなかったが、世界会議ログ・フェスの帰りも立ち寄り、その後もお忍びでキルス本人が何度も店に通った。
 皇帝という立場を使わずに、真摯に口説くキルス。
 男嫌いのファステルも徐々に態度を軟化。
 今までのファステルを口説いた男たちは、卑怯な手を使っていたので、いつもと違うことに気付いたそうだ。
 そしてキルスは、俺を愛するファステルをそのまま受け入れるとプロポーズ。
 ファステルも俺とレイが結婚することは薄々気付いていたし、俺への想いを持ったままでいいならと、キルスとの結婚を承諾。

「今でもファステルはアルを愛してるぞ。だが、そんなことを気にする私ではない。わははは」

 俺はどうしていいか分からず、葡萄酒を飲むしかなかった。
 ファステルは笑顔だ。

「ふふ、レイさん」
「レイでいいわよ?」
「レイ、私はアルのことを誰よりも愛してるわよ?」
「ふふふ、別に構わないわ。私もアルからあなたたちの関係は聞いてるもの。アルにとってもあなたは特別な存在よ。むしろアルを愛してくれてありがとう」
「もう……凄い余裕ね。レイには敵わないや。ふふ」

 複雑な状況になったような気がするが、俺は素直にファステルをお祝いした。
 改めて四人で乾杯。
 皇国の香辛料が効いた料理を葡萄酒で流し込む。

「ねえ、ファステルって辛い料理は平気なの?」
「そうね。平気よ。そう言われれば……もし辛さが苦手だったら泣いて帰ったかもね。ふふ」

 レイは真っ赤な角大羊メリノのスペアリブを食べている。
 見るからに辛そうだ。
 俺の視線に気付いたレイ。

「ファステル。アルはね、辛い料理が苦手なのよ。ふふふ」
「アルって子供舌なの? もう本当に可愛いわね」
「違うよ! この辛さが平気な方がおかしいんだよ!」
「なんだアルよ。このスペアリブは全く辛くないぞ? お前の舌は大丈夫か?」

 皆に散々なことを言われながらも、しばらく食事を楽しむ。
 とにかく辛くて水や葡萄酒を大量に飲むが、味は徐々に分かってきた。

「辛い! でも美味い! これは癖になるかも! でも辛い!」
「わははは。そうだろう。辛さは人それぞれだが、味は本当に美味いんだぞ」

 キルスが辛さに慣れているのは分かる。
 だけど、王国出身のレイやファステルが辛さに強いことに驚くばかりだ。

「ねえファステル。レシピが知りたいわ。アフラに帰ったら作りたいのよ」
「ふふ。じゃあ、レシピと香辛料もアフラに送るわね」
「本当に? 嬉しいわファステル。ありがとう」

 確かにエマレパ料理は美味いが、できれば辛さを抑えて作ってもらいたい。

「アルよ、エマレパ産の香辛料は、保存食を作る時にも有効なのだ。香辛料といえば大陸を東西に横断する香辛料の道アルシッドが有名だが、現在はエマレパ皇国が世界一の生産量を誇る。他国の物とは品質が違う」
「そうなんだ。じゃあ、いつかアフラと貿易ができたらいいな」
「そうだな。まずは我が国自慢の香辛料を送るから、気に入ったら輸入してくれ」

 料理が得意なオルフェリアが喜ぶかもしれない。
 帰ったら皆に相談しようと思う。

 しばらく料理と食べていると、俺はカミラさんの代理で来ていたことを思い出した。

「そうだ! すっかり忘れていた。ファステル。カミラさんとデイヴの結婚を聞いたよ。出産も控えていて本当に驚いたよ。おめでとう」
「ふふ、ありがとう。まさかカミラさんが私の義妹になるとは思わなかったわ。でも、カミラさんはいつまでも大恩人だし、本当に大切な家族よ」

 キルスがファステルを見つめる。

「そういえば、カミラから手紙が来ていたな。レイのドレスも製作中だそうだぞ」
「え! そうなのね。レイとお揃いのブランドは嬉しいけど……。レイが着るとなると……私より目立つわね。ふふ」

 ファステルの言葉を聞いたレイが苦笑いしている。

「何言ってるのよ。ファステルはとても綺麗よ?」

 反応したのはキルスだった。

「もちろんそうだが、私はお前たちの結婚式の様子を聞いたぞ。レイのウエディングドレスを見て気絶者まで出たとな」
「それは言いすぎよ。ねえ、アル」

 今やレイのエピソードとして都市伝説になっているが、これはまぎれもない真実だった。

「いや、あの時は本当に気絶者が出ていたよ」
「ちょっと! アル!」
「あはは。でもファステルのウエディングドレスだって、驚くほど綺麗になるさ」

 俺がファステルを見つめると、少し意地の悪い表情に変化した。

「アル。本気で着飾った私の姿を見て、好きになってもいいからね?」
「あはは、大丈夫だよ。だって世界で一番綺麗な花嫁はレイだから」
「ふーん。惚気?」
「あ、ち、違う! 違うよ!」

 俺が焦る姿を見て、キルスとレイは笑っていた。

「さて、結婚式は三週間後だ。お前たちはしばらく宮殿に滞在してくれ。最高級の部屋を用意する」

 その後も食事を楽しみ、夜は更けていった。
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