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第十四章

第254話 レイの夢

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 王国へ帰国したアタシとレイは、内定済みの騎士団試験を受験。
 これでもAランク冒険者だ。
 余裕で合格した。

 レイは騎士団に入団すると、すぐに数々の手柄を立てる。
 さらに騎士団の理念すら変えていった。

 弱者も、貧困者も、全ての人に等しく手を差し伸べる。
 不正を許さず、力を正しく使う。
 それはナタリーが描いていた騎士団の姿だった。

 レイは史上最速、最年少で隊長に就任。
 騎士団では誰もがレイを尊敬した。
 年齢など関係ない。
 レイの姿を見るだけで、全騎士が身も心も正される。
 不正に手を染めたものは心から懺悔し、騎士団のため、いや民のために尽力すると涙した。
 レイは「人は過ちを犯す。一度の過ちはやり直せる」と全てを許す。
 もちろん、二度目はないのだが。

 騎士団の精神、騎士団のあるべき姿を体現したレイ。
 クロトエ騎士団にレイ・ステラーありと、その名は王国を超え、美しさとともに世界に知られていくことに、そう時間はかからなかった。

 その傍らで、近衛隊を志願したアタシも小隊長へ昇格。
 任務は王家の護衛だ。
 すでに隊長だったレイだが、アタシの小隊長昇格は自分のことのように喜んでくれた。

「リマ、おめでとう。あなたが小隊長なんて本当に嬉しいわ」
「フハハハ、レイの方が凄いけどな。でもナタリーの言った通り、アタシは警護が向いていたようだ」
「ええ……そうね」

 今もナタリーの名前が出ると、寂しそうな表情になるレイ。
 アタシも極力ナタリーの名前は出さないようにしていた。

 そしてアタシはついに、国王陛下から勅令で近衛隊の隊長に昇格。

 ――

 それから数年経ち、ある日王城で偶然レイとすれ違った。
 最近は会える日がめっきり少なくなっている。
 レイは任務で常に王国内を飛び回っているからだ。
 アタシがレイに会えるのは、隊長会議くらいだった。

「リマ! 久しぶりね!」
「レイ! 元気だったか!?」
「ええ、そうね。あなたも元気そうで良かったわ」
「アタシは元気だよ」
「ねえ、もしかしてまだギャンブルやってるの? リマお姉さん」
「え? い、いいいいや。ア、アタシは隊長だぞ! やってるわけねーだろ!」
「ふーん」

 レイの目は完全に疑っている。
 まあ今もギャンブルはやってるが、さすがに隊長ともなるとそんなに暇じゃない。
 それよりも、未だに姉と呼んでくれることが何よりも嬉しかった。
 騎士団内でも、アタシたちの関係は特別なものと認識されている。
 だが、ギャンブルを追求されるのは面倒だ。
 話題を変えよう。

「そうだ、レイ。アタシに剣の稽古をつけてくれよ」
「え? ……嫌よ、私は剣を教えないわ。だって……人を殺す技だもの」

 ナタリーはレイに剣を教えたことを悩んでいた。
 当時のレイは、カル・ド・イスクの狂戦士バーサーカーの影響があったとはいえ簡単に人を殺していたからだ。
 だが、今のレイは力を正しく使っている。
 ナタリーは間違っていない。

「なんだよ! いいだろ! ナタリーだって今のオマエを見れば喜ぶはずだ! ナタリーと同じ一番隊隊長なんだぞ!」
「ナタリーお母さん……。やっぱり嫌よ。それに、あなたに教えることなんてないもの。あなたは十分強いわ」
「な、なんだよ。分かってるじゃねーか。フハハハ」
「そうよ。当たり前じゃない。私はね、あなたのことなら誰よりも知ってるのよ。ふふふ」

 レイの言葉が本当に嬉しい。
 アタシは絶対にレイと離れない。
 一生レイについて行く。
 そして、ナタリーの代わりにアタシがレイを幸せにすると決めている。

 ――

 月日が経ち、レイは二十一歳で騎士団団長に就任。
 王国千二百年の歴史でも異例の出世だ。
 だが、誰もが当然のことだと考えていた。

 レイは王国で最も影響力があり、最も民から慕われている英雄だ。
 剣の実力、政治力、駆け引き、頭脳、そして美しすぎる容姿と全てが抜きん出ている。
 ヴィクトリア女王陛下すら、レイを姉として慕っていた。
 一部の界隈では、レイはジョンアー前陛下の隠し子という噂も流れたほどだ。

 レイが率いれば、クロトエ騎士団の体制は盤石なものになる。
 犯罪組織は史上最高となる巨額な懸賞金をレイにかけた。
 それは裏を返せば、レイがいる騎士団に手が出せないからだ。
 さらに列国もイーセ王国に手を出せなくなると思っていた矢先に、レイは二十二歳で突然の退団を発表。

 アタシは団長室へ殴り込んだ。

「レイ! 何で辞めるんだよ! 陛下のことは残念だったけど、辞める必要はねーだろ!」
「もう決めたのよ」
「じゃあアタシもついていく!」
「ダメよ。リマは騎士団に必要な人材よ?」
「ふざけんな! オマエだってそうだろ! いや、オマエこそ騎士団の未来だ!」
「ありがとう。嬉しいわ。でもね……違うのよ。私の未来は別のところにあるのよ」
「は? ど、どういう」
「リマ、ごめんなさい。私には叶えたい夢があるのよ」
「夢?」
「そうよ」

 レイの顔が少し赤くなっている。
 あまり感情を表に出さないレイにしては珍しい。

「笑わない?」
「え? オマエの夢を? わ、笑うわけねーだろ! アタシはオマエの保護者だぞ!」
「ふふふ、そうだったわね」

 少しうつむき、下に真っ直ぐ伸ばした左手の肘を右手でさすっている。
 これは私しか知らない、レイが照れている時の癖だ。

「あのね。その……お嫁さんに……なりたいの」
「お嫁さんって……」

 突然のことにアタシは固まるほど驚いた。
 だが、すぐに思い出す。

「はっ! そ、それって、ナタリーが言ってた?」
「そう……ね」

 その時、十五歳のレイの姿が重なって見えた。
 ナタリーが「レイは世界で一番綺麗なお嫁さんになるんだ」と言った時と全く同じ姿だ。

 しかし、レイが結婚するなんて許せない。
 アタシの元からいなくなるなんて考えたくもない。
 怒りがこみ上げてきた。

「ふざけんな! この間も他国の騎士団団長に求婚されて断ってただろ! 相手なんていねーだろ!」
「私が一方的に想ってるの」
「は? レイが片想い? う、嘘だろ! んな奴いねーだろ!」
「いるのよ」
「誰だよ! 連れてこいよ! アタシが叩き殺してやる!」
「ふふふ。あなたも会ったことがあるし、そもそもあなたはもう負けてるわよ?」
「は? アタシが負けるわけねーだ……あ!」

 いる!
 レイ以外でアタシが負けた人間がいる!

「ま、まさか、アル君か?」
「……ええ、そうよ」
「た、確かに良い子だが、ほんの少ししか会ってねーだろ! アル君のことなんて何も知らねーだろ!」
「ちゃんと分かってるわよ。私は……アルと結婚したいの。こんな気持ちになったのはアルだけよ」
「クソッ! アタシと一緒にいるのじゃダメなのかよ!」
「リマ。本当にありがとう。あなたはいつも一緒にいてくれたわね。あなたがいなかったら今の私はなかった。感謝してる」
「じゃあ、一緒にいてくれよ!」
「あなたは本当に頼りない姉で、ダメな親友で、私にとって三人目の優しい母」

 レイがアタシの正面に立つ。

「あの子は、アルは私の全てよ。人生をかけて一緒にいるわ」
「レ、レイ」
「これからナタリーお母さんと、本当の両親へ報告に行く。そして、アルの元へ行くわ」
「ア、アタシも行く!」
「ダメよ。あなたこそ騎士団に必要な人材ですもの。……私の最後のワガママよ。許して、リマお母さん」
「クソッ! クソッ! なんでだよ!」
「お願いよ」

 レイが離れていくなんて想像できない。
 だけど、レイのワガママは叶えてやりたい。
 ナタリーと一緒にいるというワガママを、叶えてやることはできなかったから。

「ク、クソッ! 分かったよ! でもいつかまた絶対についていくからな!」
「ふふふ」

 レイは笑ってごまかしていた。

 アタシはレイを強く抱きしめる
 レイが巣立っていく。
 これが親離れなのか。
 こんなの辛すぎるだろ。

 アタシの気持ちを察したのか、レイも強く抱きしめてくれた。

「ありがとう、リマお母さん。愛してるわ」

 ◇◇◇

「ふうう、もう少しでアフラだ。やっと着くぞ」

 アタシが王都イエソンを出発して二ヶ月近く経過。
 王国内の道中では一度もモンスターや盗賊に遭遇することはなかった。
 レイやジル団長が行ってきた活動の賜物だろう。
 それも元を辿れば、ナタリーの理念だった。

「まあ色々あったけど、またレイと一緒にいられるんだ。これでナタリーとの約束も守れるってもんさ。フハハハ」

 しかし、まさか本当にレイが結婚するとは思わなかった。
 あれほど美しく完璧な女なんて見たことがないからだ。

「でも相手はアル君だからな。あの子はもはや何でもありのレイ以上の化け物だ。フハハハ」

 アル君なら納得だ。
 素朴で、素直で、純粋で、強くて、そしてレイを心から愛している。
 あんないい男は見たことがない。
 男に興味がないアタシでも惹かれるほどだ。

 アタシは大きく息を吸った。

「ナタリー! レイは強く美しく、自分に正直に生きてるよ! そしてアンタの言った通り、世界で一番綺麗なお嫁さんになったぞ!」

 空に向かって大声で叫んだ。
 それを聞いた周りの隊員たちは驚いていた。

「さて、アフラが見えてきたぞ」

 アタシの人生は、またレイと一緒になる。
 もう絶対にレイから離れない。
 アタシがレイの今の母親だからだ。

「ナタリー。アタシはアンタの分まで生きるよ。見ててくれ」

 アタシはレイに会えたこと、アル君に会えたこと、そして本当に素敵な女性だったナタリーに会えたことに心から感謝した。
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