あなたと食べるふたりご飯。

真柴理桜

文字の大きさ
3 / 10

土用の丑の日

しおりを挟む
 休日の昼下がり。満たされたお腹と心でソファに転がりながら奈々ななはお気に入りの短編集をペラペラとめくる。
 特に予定のない休日は昼前くらいにじゅんと遅めのブランチを取って、後は各々好きに過ごすことが多い。
 在宅ワーカーの潤は仕事をしていることもあるようだが、基本的には奈々に合わせて仕事はせずに、一緒にリビングで過ごす様にしてくれている。
 今も潤はフローリングに引かれたラグに腰を下ろし、ソファの肘掛けにもたれる様にして雑誌を捲っていた。
 静かな部屋で聞こえるのは雑誌のページを捲る音と、エアコンの微かな稼働音。
 何か会話があるわけでもなく、お互いがお互いのやりたいことをして、ただ同じ空間にいる。それだけのことだが、この穏やかに過ぎていく時間が奈々は好きだった。
 ちらりと何の気なしに潤の捲る雑誌を目にとめる。この辺りの店を色々紹介しているタウン誌で、そこに載っていたのは……。

「美味しそう……!」
「ん?このプリンアラモード?」
「うん!」

 それはとあるホテルのラウンジが掲載されているページだった。
 卵の黄色とカラメルの褐色のコントラストが映えるカスタードプリンを中心にリンゴやバナナやメロンにオレンジ、それからバニラアイスとホイップクリーム、プリンの上には真っ赤なチェリーが飾られた正統派ともいえるプリンアラモードの写真と人気メニューの文字が踊る。

「食べに行く?」
「行くー!!」

 潤の問いかけに奈々は即答する。今日のおやつはこれに決まりだ。





 出かける準備をして2人揃って外に出た。目的のホテルは徒歩10分程の近所にある。ついでに夕飯の買い出しに付き合ってと笑う潤に奈々は頷く。

「今日の夕飯なに?」
「内緒ー」
「えー!一緒に買いに行くのに?」
「ヒントは土用の丑の日でーす」
「あ!わかった!」

 歩きながら交わす他愛もない会話が楽しくて、奈々と潤はクスクス笑った。





 ホテルのラウンジでプリンアラモードとコーヒーを堪能し、ふかふかのソファで優雅な気分を味わい、窓から見える中庭の緑に癒されて。午後の一時をのんびり過ごした奈々と潤は少し遠回りをして、潤が予約していた蒲焼きを鰻屋へと取りに行った。
 それを片手に帰路につき、夕飯の準備を始めた潤の背中を奈々はリビングから見つめる。
 平日は仕事に出ていて出来ないから、これは休日だけの楽しみだ。
 料理をしている潤を眺めているのが奈々は好きだ。
 リズミカルな包丁の音。炒めものの油がはぜる音や煮物のくつくつとした煮炊きの音とか。野菜、肉、魚、それぞれの食材が潤の手で色々な料理に変わっていく。その過程を見ているのは面白い。
 あぁでも。今日はそんなに作るものはないようだ。そうだな。今日はメインは買ってきている。
 大きな蒲焼き1枚をフライパンで温めて、適当な大きさに切ったら炊きたてのご飯にのせれば完成だ。

 鰻丼とワカメと豆腐のおすましにレタスとキュウリのグリーンサラダ。それから白菜のお新香。
 ダイニングテーブルに並んだメニューに奈々はいただきますと手を合わせた。

「あ!待って。これも」

 そう言って潤が持ってきたのはわさびとネギと刻み海苔。それからお銚子にはいったお出汁だ。

「鰻丼もいいけど、私はこれでうな茶にするのも好き」
「それ美味しそう!」
「美味しいよー。おすすめ」

 笑いながら箸を取り、潤もいただきますと手を合わせた。
 ふっくらとした鰻は肉厚で柔らかく、甘辛いタレとの相性も抜群だ。ご飯と一緒に口の中に入れれば鰻の香ばしさとタレの甘さとしょっぱさが広がる。

「んー!美味しい!」

 眉尻を下げながらほんのりと頬を上気させる奈々。緩む口元が幸せそうで潤も見ているだけで幸せな気持ちになってくる。

「でもなんで土用って鰻食べるの?夏バテ防止だっけ?」
「そうだね。丑の日に『う』の字がつく物を食べると夏負けしないなんて言われてるし」

 でも鰻を推したのは平賀源内だよと潤。

「知人の鰻屋さんに暑くて売れない、どうしようって相談されて『本日丑の日』ってのぼり立てたら?って提案したのがきっかけだとか」
「そうなの?」
「らしいよー。『う』のつくものでいいならうどんや梅干しなんかが夏にはさっぱり食べれていいよね」
「梅うどん!美味しそう!!」
「じゃあ二の丑は梅うどんにしようね」
「やったー!」

 楽しみだー!と笑いながら、奈々は鰻を口に運ぶ。半分ほど食べたところで薬味をのせて一口。ネギが鰻を引き立てるいいアクセントのなっていて、わさびの爽やかな風味がタレと絡み合い鼻を抜けていく。美味しい。最後はだし汁をかけて。タレの深い味わいと薬味のアクセントはそのままにさっぱりとした味わいになる。さらさらと食べられるお茶漬けは締めには最強だ。

「ごちそうさまでした!美味しかったー」

 一つの丼で三つの味を楽しめるとは思わなかった。満足げに息をつく奈々に潤もごちそうさまと手を合わせる。

「はぁー。ご飯が美味しいって幸せだね。いつもありがとね、潤」
「どういたしまして。奈々が喜んでくれたら私も嬉しいよ」

 二人で顔を見合わせて笑い合う。今日も明日も明後日も。二人で食卓を囲んで、一緒に食べるご飯は美味しくて幸せだ。
 ご飯を美味しいと思えるうちは夏バテなんてしないだろうなと奈々は思う。
 あれ?潤のご飯が美味しくなかったことある?ないな。
 それなら、この夏もきっと潤と二人、夏バテ知らずで楽しく過ごしていけるだろうな。そんな予感を胸に奈々は食器をキッチンへと運んで行った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃった件

楠富 つかさ
恋愛
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃうし、なんなら恋人にもなるし、果てには彼女のために職場まで変える。まぁ、愛の力って偉大だよね。 ※この物語はフィクションであり実在の地名は登場しますが、人物・団体とは関係ありません。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

処理中です...