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オメガだけど、やられてたまるか

ファースト・ストライク(3)

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 二人は船に乗り込んだ。操縦席に収まると、トーマは慣れた様子でエンジンをかけた。船は猛スピードで夜の海を走り出した。黒々した水面に広がる白い泡の軌跡が不吉に見えた。

「あっ、あのっ。僕、ヒナタといいます」

 とりあえずは自己紹介からスタートすべきだろう。
 ヒナタは礼儀正しく名乗り、会釈したが、トーマは名乗り返してくれなかった。まっすぐ前方を見据えたままだ。

「どこへ行くんですか、これから?」

 ヒナタの問いに対し、トーマは、島から最も近い本土の町の名前を口にした。

「今夜はそこに泊まって、明日K市まで移動する。山王寺の追手がかかる前にこの県を出ちまいたいからな」

 トーマが答えてくれたので、ヒナタはほっとした。また返事がもらえなかったらどうしよう、と思っていたのだ。わずかに甘さを含んだトーマの声は、耳に心地良かった。

 しかし、答えをもらえたのはいいが、その中身はなかなか不穏だ。
 追手とは何のことだ? ヒナタを取り返すために、山王寺が追跡隊を出してくれるということか?

「どうして、権利証の代わりに、僕なんかを? ボディガードなんか、お金さえあればいくらでも雇えるのに……」
「さあ。なんでかな。俺にもよくわかんねーや」

 軽い口調だったが、そのつぶやきには意外と本音がこめられているように思えた。
 トーマは初めて前方から視線を外し、ヒナタをまともに見た。

「山王寺は、実業家というのは表向きだけで、陰じゃ色々あくどい事に手を染めてるって噂だ。香港マフィアともつながりがあって、やりたい放題だと。おまえだってずいぶん汚い仕事をやらされてきたんだろ、山王寺の命令で?」
「……」

 思いがけない指摘に、ヒナタはなんとなく視線をそらしてしまった。山王寺に命令されてこなしてきた、警護以外のさまざまな仕事のことを思い出したのだ。

 ヒナタは何事にもこだわりを持たないたち・・だ。来るものをそのまま受け止め、流されるままに生きてきた。
 強い願いも持たない。それと同じく、正義や常識に対するこだわりも持ち合わせていない。
 深く考えずにやらかしてきた行為を、正直それほど後悔もしていない。けれども、澄んだ目を持つこの人に、自分がどう思われるかは気になった。

 トーマの口から、さらに意外な言葉が飛び出してきた。

「そういうのから、きっぱり足を洗ったらどうだ? これを機会に」
「……どういう意味です?」
「金をやるからさ。故郷にでも帰れよ。山王寺の手の届かない場所で、一からやり直すのもいいんじゃねーか?」

 相手の言葉に、ヒナタの心を故郷の風景がよぎった。そしてこれまで通ってきた道筋も。
 帰りたい場所など、どこにもなかった。

「僕を……あなたのボディガードにしてくれるんじゃなかったんですか?」
「いや。俺は自分の身ぐらい自分で守れる。ボディガードなんか必要ない」

 トーマの言葉に、ヒナタは目の前が真っ暗になるような気がした。

 あてにしていたのに雇ってもらえなかった、という失望だけではない。
 この絶望は、もっともっと深い。これまで経験したことがないような絶望だ。
 生まれて初めて心惹かれた相手に突き放される、というのは。 
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