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オメガだけど、やられてたまるか
ファースト・ストライク(2)
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テーブルを囲む男たちが注視する中、山王寺はもったいぶった仕草で、一枚ずつカードをオープンしていった。6……6……J……J……。最後のJがあらわになった時点で「おおっ」という感嘆の声が上がった。拍手する者もいた。参加者は皆、山王寺とつき合いの長い者ばかりで、当然のように山王寺を応援していた。
「……」
トーマはしばらく身動きもせず、山王寺の札をみつめていた。その様子はショックで固まっているようにも見える。
余裕たっぷりの態度で山王寺が卓上のチップをかき集めようとしたとき。
トーマが動いた。
無造作に手札をテーブルに放り投げる。適当に投げたように見えたのに、カードはきれいな扇形で着地した。7が四枚揃っていた。フォーカードだ。
室内に「うおおお」というどよめきが起こった。どうしてよいかわからずヒナタが茫然としていると、席を立ったトーマが軽やかな足取りで近づいてきた。
「俺の勝ちだ。約束通り、こいつはもらってくぜ」
ぽん、と腕を叩かれ、ヒナタは自分より少し背の低い相手を見下ろした。
近くで眺めると――その美貌に圧倒される。高級なコロンが甘く香る。ヒナタは呼吸の仕方がわからなくなり、息苦しくなった。
そのとき、けたたましいベルが鳴り響いた。
山王寺が弾かれたように立ち上がった。
ヒナタにはすぐにそのベルの意味がわかった。――それは、「宝物庫」と呼ばれている屋敷の別館に侵入者があったことを示すアラームだ。邸内のどこで異常が起きているかわかりやすくするため、場所によってアラーム音を変えてあるのだ。
宝物庫には、山王寺が金にあかせて買い集めてきた貴重な美術品が収蔵されている。
「ここはいいから、宝物庫へ急げ。早く!」
山王寺が血相を変えてわめき散らした。
土地の権利証を守るために、本来なら「宝物庫」の担当だった警備員を数名、書斎に呼びつけてあったのだ。ほんの一、二時間のことだが、その分だけ「宝物庫」の警備が手薄になっている。
室内に詰めていた警備員たちがあわただしく書斎を駆け出していった。
ヒナタもその後を追おうとしたが、肩をつかまれて止められた。
「お・ま・え・は、行かなくてもいい。……おまえはもう俺のものなんだからな」
振り返ると、微笑みながらこちらをみつめているトーマがウィンクをよこした。
大勢の護衛や警備員が廊下を走り回り、屋敷じゅうが大騒動になっていた。耳をつんざくような警報ベルがいつまでも鳴り響いていた。そんな中、ポーカーゲームの参加者たちはそそくさと屋敷を後にした。山王寺が遊んでいる場合でなくなったことは、誰の目にも明らかだったからだ。
その人の流れに乗って、ヒナタとトーマも屋敷を出た。ヒナタは荷物をまとめる暇さえ与えてもらえなかった。
駐車場に停めてあるスポーツカーに、トーマは乗り込んだ。島内に一社だけあるレンタカー会社の車だ。
とまどいながらも、ヒナタは助手席に苦労して巨体を押し込めた。
(僕、本当に山王寺さんとはこれでお別れなのか? ろくに挨拶もないまま?)
(「宝物庫」で何があったんだろう)
(このまま出て行っちゃっていいんだろうか?)
ひどく混乱しているが、山王寺とトーマがヒナタを賭けて勝負をし、トーマが勝ったのは事実だ。つまりトーマはヒナタの新しい雇い主ということになる。一緒に来いと言われるのなら、行くしかない。
車は滑らかに敷地を走り出た。山王寺邸から聞こえるけたたましい警報ベルが、すぐに遠ざかって聞こえなくなった。
カジノ島である山王寺島には高級ホテルが何か所かある。山王寺の客たちもたいていはそれらのホテルに滞在している。
トーマもそちらへ向かうのかとヒナタは思っていたが。
車は、ホテルの立ち並ぶ島の南側とは反対の、北へ向けて走った。
どんどん寂れた所へ入っていく。島の中でも、あまり開発が進んでいない地域だ。街灯がまばらになり、周囲は薄暗い。すれ違う車は一台もない。
まもなく海に着いた。
トーマは車を停めた。エンジン音が消えると、辺りの静寂が際立った。
二年も暮らしたのに、この島にこんな鄙びた地域があるなんて、ヒナタは知らなかった。山王寺の屋敷を中心に、きらびやかな商業施設や贅を尽くしたホテルが並んでいるが、そんな繁栄は島の一部にすぎなかったのだ。そういえば、島の北部は未開発のままだと、どこかで聞いたことがあった。
ここでは、山が海のぎりぎり近くまで迫っている。道路のすぐ右側には山がそびえ立ち、左側には堤防越しに海が広がっている。見渡す限り建物は一つもなく、人の姿も見えない。
満月に照らされた海に向かって、古ぼけた桟橋が一本伸びていた。
桟橋にはモーターボートがつながれている。
ヒナタは急に不安になった。
山王寺邸を出てから、トーマはひとことも口をきいてくれない。その無言も不安の種だったが。いかにも怪しいモーターボートがヒナタの警戒心をかき立てた。
普通の人は、本土と島を結ぶフェリーで、島を出入りする。
山王寺の特別な客ならば、山王寺のプライベートクルーザーで島へやって来ることもある。
こんな夜中にモーターボートで島を出ようとするのは、明らかにまともではない。
トーマは明朝のフェリーまで待つつもりはなかった、ということだ。あらかじめこうやってモーターボートを用意してあるのだから。
「……」
トーマはしばらく身動きもせず、山王寺の札をみつめていた。その様子はショックで固まっているようにも見える。
余裕たっぷりの態度で山王寺が卓上のチップをかき集めようとしたとき。
トーマが動いた。
無造作に手札をテーブルに放り投げる。適当に投げたように見えたのに、カードはきれいな扇形で着地した。7が四枚揃っていた。フォーカードだ。
室内に「うおおお」というどよめきが起こった。どうしてよいかわからずヒナタが茫然としていると、席を立ったトーマが軽やかな足取りで近づいてきた。
「俺の勝ちだ。約束通り、こいつはもらってくぜ」
ぽん、と腕を叩かれ、ヒナタは自分より少し背の低い相手を見下ろした。
近くで眺めると――その美貌に圧倒される。高級なコロンが甘く香る。ヒナタは呼吸の仕方がわからなくなり、息苦しくなった。
そのとき、けたたましいベルが鳴り響いた。
山王寺が弾かれたように立ち上がった。
ヒナタにはすぐにそのベルの意味がわかった。――それは、「宝物庫」と呼ばれている屋敷の別館に侵入者があったことを示すアラームだ。邸内のどこで異常が起きているかわかりやすくするため、場所によってアラーム音を変えてあるのだ。
宝物庫には、山王寺が金にあかせて買い集めてきた貴重な美術品が収蔵されている。
「ここはいいから、宝物庫へ急げ。早く!」
山王寺が血相を変えてわめき散らした。
土地の権利証を守るために、本来なら「宝物庫」の担当だった警備員を数名、書斎に呼びつけてあったのだ。ほんの一、二時間のことだが、その分だけ「宝物庫」の警備が手薄になっている。
室内に詰めていた警備員たちがあわただしく書斎を駆け出していった。
ヒナタもその後を追おうとしたが、肩をつかまれて止められた。
「お・ま・え・は、行かなくてもいい。……おまえはもう俺のものなんだからな」
振り返ると、微笑みながらこちらをみつめているトーマがウィンクをよこした。
大勢の護衛や警備員が廊下を走り回り、屋敷じゅうが大騒動になっていた。耳をつんざくような警報ベルがいつまでも鳴り響いていた。そんな中、ポーカーゲームの参加者たちはそそくさと屋敷を後にした。山王寺が遊んでいる場合でなくなったことは、誰の目にも明らかだったからだ。
その人の流れに乗って、ヒナタとトーマも屋敷を出た。ヒナタは荷物をまとめる暇さえ与えてもらえなかった。
駐車場に停めてあるスポーツカーに、トーマは乗り込んだ。島内に一社だけあるレンタカー会社の車だ。
とまどいながらも、ヒナタは助手席に苦労して巨体を押し込めた。
(僕、本当に山王寺さんとはこれでお別れなのか? ろくに挨拶もないまま?)
(「宝物庫」で何があったんだろう)
(このまま出て行っちゃっていいんだろうか?)
ひどく混乱しているが、山王寺とトーマがヒナタを賭けて勝負をし、トーマが勝ったのは事実だ。つまりトーマはヒナタの新しい雇い主ということになる。一緒に来いと言われるのなら、行くしかない。
車は滑らかに敷地を走り出た。山王寺邸から聞こえるけたたましい警報ベルが、すぐに遠ざかって聞こえなくなった。
カジノ島である山王寺島には高級ホテルが何か所かある。山王寺の客たちもたいていはそれらのホテルに滞在している。
トーマもそちらへ向かうのかとヒナタは思っていたが。
車は、ホテルの立ち並ぶ島の南側とは反対の、北へ向けて走った。
どんどん寂れた所へ入っていく。島の中でも、あまり開発が進んでいない地域だ。街灯がまばらになり、周囲は薄暗い。すれ違う車は一台もない。
まもなく海に着いた。
トーマは車を停めた。エンジン音が消えると、辺りの静寂が際立った。
二年も暮らしたのに、この島にこんな鄙びた地域があるなんて、ヒナタは知らなかった。山王寺の屋敷を中心に、きらびやかな商業施設や贅を尽くしたホテルが並んでいるが、そんな繁栄は島の一部にすぎなかったのだ。そういえば、島の北部は未開発のままだと、どこかで聞いたことがあった。
ここでは、山が海のぎりぎり近くまで迫っている。道路のすぐ右側には山がそびえ立ち、左側には堤防越しに海が広がっている。見渡す限り建物は一つもなく、人の姿も見えない。
満月に照らされた海に向かって、古ぼけた桟橋が一本伸びていた。
桟橋にはモーターボートがつながれている。
ヒナタは急に不安になった。
山王寺邸を出てから、トーマはひとことも口をきいてくれない。その無言も不安の種だったが。いかにも怪しいモーターボートがヒナタの警戒心をかき立てた。
普通の人は、本土と島を結ぶフェリーで、島を出入りする。
山王寺の特別な客ならば、山王寺のプライベートクルーザーで島へやって来ることもある。
こんな夜中にモーターボートで島を出ようとするのは、明らかにまともではない。
トーマは明朝のフェリーまで待つつもりはなかった、ということだ。あらかじめこうやってモーターボートを用意してあるのだから。
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