モノマニア

田原摩耶

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イレギュラーは誰なのか

醜聞と熱血漢と

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 純が運転するバイクで二ケツして、そのまま学校へと戻ってきた俺達を出迎えたのは、どことなく殺気立ったチームのやつらだった。いや、今は親衛隊なのだろうか。……どっちでもいいけど。

「お疲れさん」

 むすっとしたやつや、中には悔しそうな顔をして俺を出迎える連中の先頭。ただ一人いつもと変わらない人よさそうな笑みを浮かべるユッキーはバイクから降りる俺に近付いてくる。「ん」と返せば、小さく耳打ちをされた。

「帰ってきたばかりで悪いんだけど、ちょっといいか?」

 なんとなく、周りのやつらの様子から内容は察することができた。出来たけど、やっぱり身構えてしまう。

「別にいーけど…」

 警戒心を悟られないよう、取り繕いながら頷き返した俺は言うや否や歩き出すユッキーの後を追い掛けた。
 すると、そんな俺の後ろからついてこようとした純に気付いたようだ。振り返ったユッキーは手を振り、純を払う。

「お前は待ってろ、いいな」

 誰もついてくるな。口には出さないが、ユッキーの目にはそう書かれている。純も純で物分りが悪い方ではない。

「…さっさと済ませて下さいよ」

 不貞腐れたように呟く純と他のメンバーをその場に残し、俺達は校舎裏の裏庭へと移動する。
 中庭とは対照的に、日当たりも悪く荒れ放題のそこは人気がない。みんな、ベンチがある中庭の方が好きならしい。それでも、ユッキーは人がいなければいいようだ。

「仙道、またヒズミに突っ掛かられたって本当か?」

 裏庭にて。
 向かい合う形で佇むユッキーは単刀直入に聞いてきた。
 ある程度、何を言われるかは予測していた。
 それでも、やはり、ヒズミの名前を聞くと脈が速まる。

「……なんで」
「人伝に聞いた。…どっかから洩れたんだろうな、そいつらは口止めしておいたけど既にもう学校では仙道の噂がかなりの範囲で広まっている」

 まあだいたい、予想通り。……最悪だけど。
 苦虫を噛み潰したような渋い顔をするユッキー。震えが走る全身を落ち着かせるように深い息を吐けば、「仙道」と肩を掴まれる。
 見上げれば、心配そうなユッキー。俺は、その手をやんわりと退け微笑んだ。

「んー…そうだねぇ、どうせ、遅かれ早かれこんなことになるだろうとは思ってたんだけどねぇ…そっかぁ…このタイミングかぁ…」

 さいあく、と顔の筋肉が強張る。マコちゃんがいないときに、いやいなくて良かったかもしれない。
 そんな噂、マコちゃんに聞かれたくない。聡いマコちゃんのことだから既に気づかれてるとしても、嫌だった。

「今、親衛隊のやつらに噂の発信源を探らせてる。それと、デマだって噂も流させてるけど…」
「多分さぁ、それ、無理だよ。このタイミングでマコちゃんが動いてあいつまで問題起こしたんだから噂の信憑性はかなり高くなってるはずだし」

 そう、ユッキーを諭す自分の声は驚く程冷めていた。
 不安と混乱でごちゃごちゃになった頭は、逆に俺の脳を落ち着かせてくれているのかもしれない。それとも、感情の放棄か――自分では判断つかない。

「俺のことはもーいいから、言いたい奴に言わせておけばいいよ」
「でも」
「いいんだって。どうでも、俺のことなんか」

 どうでもいい。そう、投げやりな口調で呟いたとき、伸びてきたユッキーの手に胸ぐらを掴まれる。そのまま強く引っ張られ、鼻先が近づいた。

「おい。そういうこと、他の奴らの前で言うなよ」

 至近距離。先程までの微笑みはどこに行ったのか、不快そうに目を細めたユッキーは俺を睨み付ける。
 久し振りに見た怒ったユッキーに内心驚いたが、それくらいで怯むような性格はしていない。
 なんでユッキーがそんな顔をするのかわからなくて、俺はじっとユッキーを見つめ返す。 

「なんで」
「総長の悪口を言う奴は誰であろうと許さねー。今度そんなこと言ったら二度と喋れねえようにするから」
「…」
「なんのために俺らがいると思ってんだよ。もっと利用しろよ、気に入らねえやつがいたら『潰せ』って命令しろ。お前のためなら喜んで潰してくるやつらがいるだろうが、仙道の周りには」

「俺らを纏めてるやつが顔に泥塗られた挙句泣き寝入りなんてぜってえ許さねえから」と、吐き捨てるように続けるユッキーの手に力が入り、ちょっと息苦しい。
 本当、変なところで熱血なんだから。暑苦しーねえ。なんて思いながら、俺は「ユッキー」と胸ぐらをつかむその手に触れる。

「昔のキャラに戻ってる」
「誰のせいだと思ってんだよ」

 そこで、ようやくユッキーの手は外れる。だけど、ユッキーから怒りは消えない。

「仙道がわざわざ手を汚す必要はない。お前の手を煩わせるくらいなら俺がやる」

 ここまでユッキーが感情的になるのは珍しい。いや、昔は単細胞を具現化したようなやつだったけど、大分落ち着いている今、こうしてまた怒るユッキーを見るのは初めてかもしれない。なんとなく、俺がいない間に色々あったのだろうということが伺えた。
 触れたユッキーの手は、赤くなっている。

「とにかく、色々言ってくる奴が出てくるだろう。そうしたら、すぐに俺たちに言ってくれ」

 具体的にどう対処するかは口に出さないか、ユッキーから滲み出る薄暗い殺気に大体は予想付いた。
 一頻り気持ちを吐き出し、落ち着きを取り戻したユッキーは俺を真っ直ぐ見据える。

「余計な気だけは起こすなよ」
「……」

 俺はなにも答えなかった。余計な気とはなんのことだろう。
 俺がヒズミに殴り込む?それとも諦めて自害?……分からない。

「おい、まだかよ!」

 そのときだ、遠くから純の怒鳴り声が聞こえてくる。どうやら一向に現れない俺達に焦れたようだ。

「ったく、あいつまじで気ぃ短いな……」

 ユッキーは舌打ちし、バツが悪そうに俺を見た。

「仙道、そろそろ戻るか」
「うん…戻る」

 頷き返せばユッキーは手をこちらに差し出してくる。
 握れ、ということなのだろう。わかったが、体が動かない。
 出された手を取ることが出来ず、そのまま押し黙る俺に寂しそうな顔をしたユッキーは手を引っ込めた。

「ごめんね、ユッキー」

 ユッキーのことを信じていないわけではない。今はただ、簡単にユッキーに甘えてはいけないような気がしてならないのだ。
 ここでユッキーや他のやつらに頼ったらなけなしの自尊心が消え去ってしまいそうで、ユッキーの顔を見るのが辛くて俯いたとき、頭にポンと手を置かれた

「そういうときは『アリガトウゴザイマス』だろ」

 そう、わしわしと俺の髪を掻き乱したユッキーはそのまま俺の前を行くように歩き出した。特攻隊長の背中はひどく頼もしい。
 この場にはいないマコちゃんの後ろ姿と重なり、ちくりと痛む胸を抑えながら俺はユッキーのあとに続いた。
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