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第二部 高校生編

突然の人外

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「仕事・・・?」
「そうそう、お仕事。つっても大したことはしなくていい」
「なにをさせる気だ?」

 渡辺はふっと笑い。

「ただの案山子ですな」

 そういった。

「案山子・・?」
「そう、案山子役。少し先の話になるんだが、とあるギャンブル狂いの金持ち爺とギャンブルする。その時の『わかりやすい護衛』としてお前を雇いたい。長身で筋肉質だからな」
「はあ・・・しかしギャンブルに護衛?」
「暴力で卓袱台返ししようとする奴は結構いるんだぜ?」
「じゃあなんでそんなことを?」
「部外秘だから言えなーい」

 おちゃらけた感じで笑う渡辺。

「じゃあなんで俺だ?」
「お前以外だと話が通じない。外部委託するにも最低限信用は欲しい。となるとお前しかいなくてな」

 どんな組織だ。

「組織つっても暇を持て余した超能力者が適当に集まってるだけだしな。サークルって言った方がわかりやすいかもしれん」
「・・・思ったより緩いんだな」
「規範で縛れるような奴がいないからな。それでどうする? 基本は隣で突っ立ってりゃいいし、事が起きたら逃げていい。案山子以上の役割は期待してない」
「報酬は?」
「お、意外と乗り気じゃん。まあお前にも危険がないわけじゃないし、その辺の手当ても加味して成功報酬20万円ってところか」
「随分奮発するんだな」
「そこで動く金額から考えりゃはした金もいいとこさ。あ、勤務時間は1時間未満な」

 時給に換算すれば20万以上か。
 はっきりと法外なアルバイトだ。ギャンブルに暴力に超能力者にと無法塗れである。

「給金は適当に手渡しするから所得税もつかんぞ」

 おまけに脱税か。
 まさしく犯罪のオンパレードだ。

「断ったら?」
「ハハハッ! 心にもない事聞くんじゃねーよ!」

 渡辺は心底愉快と言わんばかりだ。

「お前、笑ってるぜ」

 その言葉に反応してバッと口に触れると、口角は確かに吊り上がっていた。

「わかるぜ。見てーよなぁ? お前は俺の能力を知ってる。誓った限り絶対履行の契約。それを持ち込んでまで行うギャンブルがどんなものか・・・興味がわかねーとは言わせねーぜ?」
「・・・まるで悪魔の囁きだな」
「悪魔! 上等じゃないか! 『嘘食み』とか『Play of the liar』とか、そういう世界を生で見れる。それも特等席だ。おまけにお小遣いまで貰えるとくれば断る理由の方なんざねーだろ?」
「一応、法律に反してるって理由があるんだが?」
「理に反してる超能力者おれらのセリフじゃねーな」

 そして反論の言葉を逡巡して・・・ないことに気付いた。
 実際のところ、『見たい』と感じている自分がいるのだ。

「わかった、今回は引き受けよう」
「そう言ってくれると思ってたよ」

 ニヤニヤとしたしたり顔が何ともイラっとくる。

「細かい日取りはまだ決まってないから、決まったら報告する。それと・・・夜狐やこさん、挨拶してください」
「やこ?」

 突然あらぬ方向に声をかけた渡辺の視線をいぶかしんで視線の先を見ると、さっきまで誰もいなかったはずも場所に一人の女がいた。

 黒の着物、藤花の刺繍、不釣り合いなはずの黄金の髪は際立ち、その輝きを余すとこなく発揮している。
 そして何より髪の中で強調されるのは、頭頂部付近で屹立する動物的な耳。

 明らかに人間的でない部位に、思わずステータスを開く。
 目を通すと、書いてあったのはたった一文。

 『乙女の秘密を覗き見ようとは、行儀の悪い子だ』。

「何ッ!?」
「・・・ふふふ、なるほど、君の超能力は情報系か。発動条件は視認で、肉眼である必要はないと。とても希少なタイプの超能力者だ」

 言動からすると、こいつは俺の超能力をあの一瞬で看破し、カウンターすら仕込んだことになる。
 一番恐ろしいのは、看破した内容がおおよそ事実であるという点か。

「あー、安心院、臨戦態勢に移行しているところ悪いんだが、紹介をしてもいいか?」
「紹介、ってことは、こいつが『わかりにくい護衛』か?」
「まあそういう事だね。実際私のこんな細腕から繰り出される拳など高が知れているように思えるだろう?」

 そう言いながら振る腕は、確かにまともなダメージが入るのかも疑問出来るレベルだった。

「まま、坊やにわざわざ言われずとも自己紹介ぐらいするさ」

 坊やと言うのは・・・渡辺の事だろうか。

「改めて、私の名前は夜狐よぎつね夜狐やこ。超能力はさしずめ『狐でつまむやつ』といったところか」
「いまいち超能力の詳細が見えないが」
「君の超能力で見ればいいだろう?」

 そうはいっても、先の隠蔽を考えると出てくる情報は大分偽装されているだろう。
 正確性の薄い情報は先入観を生むので、取り入れるのはあまり好ましくない。

「やめておくよ、乙女の秘密をみだり暴くもんじゃない」
「殊勝な事だね。坊やにも君ぐらいの柔軟性があって欲しいものだ」
「勘弁してくださいよ」

 渡辺がこの夜狐って女性には敬語なあたり、上下関係がよくわかるというものだ。

「ふふふ、女性の胸をチラチラと見ない当たりは好感が持てるよ? 坊やと違ってね」
「ん”ん”ッ!」
「それにあんな献身的で美人な彼女がいるのも高評価だ。侍らせる女の価値は男の価値を象徴してる」
「あんな・・・? もしかしてあの木彫りの狐渡してきたのって」
「そう、私だ。ついでに言うと製作者もね。彼女は素晴らしい。若く、美しく、一途で、献身的で、身持ちが堅い。特に美貌では私に勝るとも劣らないレベルだ」

 言われてみれば、この女性は確かに超越的な美女ではある。

「嗚呼・・・ああいう女が愛する男を失ったとき、一体どんな顔をするのだろうね?」

 しかし性格は随分悪いようだ。

「まるでままごとの様な恋愛・・・幼き日に婚姻を約束した当時のまま・・・それをロマンチックと呼ぶか、夢想家と呼ぶかは人に寄るが・・・大人の女の魅力、試してみるかい?」

 そして薄く着物を肌蹴させてしな垂れかかる夜狐とやらに俺は我慢の限界だった。

 一瞬で強化形態に移行、そして夜狐の下あごにアッパーを叩き込む。

「うるせえ」

 全く手ごたえを感じないまま、夜狐は大きく吹き飛ぶ。
 空中でふわりと身をひるがえし、何事もなかったかのように立ち直る。

「お前がなじみにどんな価値を見出したのかは知らないが・・・あいつが苦しむようなことをするなら、たとえお前だろうと、殺す」

 あまりにも当然の様に出てきた『殺す』という単語。
 倒すより直接的で、潰すより明確な殺意。

「安心院」

 渡辺が何やら言ってくるが、無視だ。
 夜狐・・・こいつは俺でも排除しきれるか分からない危険因子。
 手の届く今のうちに、最大限を叩き込むべき。

 そんな俺に対してしばらく怪訝な顔を向けていた夜狐だが、表情を微笑みに変えて言い放つ。

「わかった! 私が悪かった。少し興がのって言い過ぎてしまったな。謝罪する。すまなかった」
「ちょっと男子ー」
「渡辺お前現状理解してる?」

 渡辺のボケと謝罪で、少し毒気が抜けた。

「ちょうど坊やもいることだし、天秤に誓って私は君やその彼女に未来永劫危害を加えないと約束しようじゃないか」
「良いのか?」
「君はそれぐらいでもしないと納得せんだろう。あれほどの逆鱗とは・・・愛されているね、なじみちゃんは。坊や、早く」
「はいはい」

 渡辺の助力もあって、無事に誓いは終わった。
 誓いの文面は俺が作ったし、これで問題ない・・・とは言い難い。

 そもそも俺は天秤の超能力自体、そこまで詳しく知っているわけでないのだ。
 夜狐が気軽に発動するのも、何らかの抜け道があって事かもしれない。

 その仮定を捨てるだけの根拠がない以上、警戒は続けることになるだろう。
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